恋バナ
それから一週間が経ったその日、一枚の手紙が届いた。
第一王女キャサリンから私へ、パーティの招待状だ。
ヴィルヘイム王子には姉がおらず、妹は彼女一人だから、キャサリン王女はオーランド帝国王族で唯一の王女になる。
……まあ、私も一応オーランド帝国の王女にはなるけれど。
年齢は確か十五歳だったか。
王族としてはもう一人前と呼ばれ、結婚が近いなんて言われる年齢だ。
結婚式で顔を見かけはしたものの、話すのは初めてになる。
セイラが他のメイドから聞いた話だとキャサリン王女は甘え上手な、いわゆる妹タイプらしい。
「失礼があるとまずい、わよね」
アストレア王国で王族に婚約破棄されてきた私は、一部の人の間ではまだ悪いイメージがついている。
また、私が強力な《聖女》であることもある種の問題点なのだろう。
アストレア王国がオーランド帝国へ送り込んだ刺客なのではないか。あるいはスパイか。
そう思われるのも無理はない。
とはいえ、いくら薔薇姫様の私でもヴィルヘイム王子が不利になるような行動を取ってわがままであり続けるのはいけない。
キャサリン王女からの招待を断るという選択肢は無しだろう。
「セイラ、返事を書くわ。便箋を頂戴」
「はい、アグリアお嬢様」
優秀なセイラはすぐに便箋とペンを棚から出してくれる。
持っているなかでも最も高価な便箋だ。封筒は流行りの柄で、この国の国花ブルーローズとアストレア王国の国花ピンクコスモスが絡み合うような柄になっている。私とヴィルヘイム王子の結婚を祝う柄として広まっているそうだ。
自室の机の前、椅子に座って、返事を考える。
『キャサリン・オーランド王女へ
この度はお茶会へのご招待、誠にありがとうございます。
オーランド帝国へ来てから月日が流れているにも関わらずこちらからご挨拶出来なかったことをお詫び申し上げますわ。』
そこまで書いて読み直す。
うん。悪くない。
「お茶会でしたら、紅茶を淹れて差し上げるのはいかがでしょうか?」
「そうね。挨拶が遅れているし、何か手土産が必要だわ」
セイラの提案をそのまま用いることとした。
再びペンを走らせる。
『当日はアストレア王国より持って参りました最高級品の紅茶をご用意いたしますわ。オーランド帝国ではコーヒーが主流とヴィルヘイム王子から聞いておりますけれど、きっと喜んでいただけると思います。
アグリア・オーランドより』
何かに自分の名前を書くのは結婚以来初めてかもしれない。
アストレア王国にいたころはお父様やアレク兄様が不在の時に長女としてサインすることがあったけれど、ここではまだ大した公務もないから、うん、やっぱり初めてだ。
ペンでサラサラと書いた筆記体の名前を眺める。
「苗字がオーランドっていうのはまだ慣れないわね」
「アグリア・オーランドって音の響き、わたくし好きです」
セイラがはにかみながらそう言ってくれる。
「セイラもいつかは結婚するのでしょう?」
そう言えば、耳まで真っ赤にした。可愛い。
「そんなっ、ことはっ、決してございません! 相手がいませんし、それにわたくしはアグリアお嬢様の一番のメイドです! 一生です!」
すごい気迫だ。
「ありがとう。でもセイラももう十八歳だし、真面目な愛らしいその性格を殿方に隠し通すのは無理があるわよ?」
セイラは今、私の一番のメイドとして相応しい淡い青色のドレスを着て仕事をしている。
メイドとしての動きやすさや身分をある程度考慮したドレスのためパーティなどに出るための服装ではなく、ただシンプルな作りで装飾もない。
が、逆にそのシンプルなところが彼女の派手ではなくやや後ろに引いているような奥ゆかしさが引き立てられていて魅力的だ。
実際、私との会合に来た貴族の人が私の後ろに静かに立つセイラを見て「彼女は?」と聞いてくることは少なくない。
その度に「私の大切なメイドのセイラですわ」と扇子で口元を隠しつつ若干牽制しながら答えるものだ。
そこで相手が「綺麗な人だね」なんて言って終わることが多いけれど、「あとで僕の部屋に来て欲しい」なんて言う人もいる。
タチの悪いことに、そういう人は私を通さずに去り際にセイラの耳元にそう伝えていくのだ。
純粋なセイラは応じてしまうし、メイドという身分のため貴族連中の言葉を無視することもできない。
そして部屋へ行けば、まあ、よくある話ではあるけれど、メイドを愛人あるいは遊び相手として迎えたいその貴族が待っていてメイドを襲うのだ。「メイドごときが僕に逆らえるとでも?」なんて言って。
しかし問題はない。
セイラはその小柄さを活かした短剣使いなのだから。
アランと違って暗殺者ではないけれど、アランの父ダグラスによって護身術を完璧に身につけている。
狩りも徴兵もなく女遊びをして怠惰な生活を送っているような男には負けない。
それでも相手の方が体格が大きかったり、複数人いたりする時もある。
でも問題はない。
年齢はセイラの方が一つ上だけれど、私だってセイラのことは姉妹のように思っているのだから。
ただでさえ自分のメイドが襲われるということが私のプライドを傷つける。だって、私の部下に手を出しても許されると思われているということなのだから。舐められるのは嫌いだ。
この人はセイラを狙うかも。そう感じた時はセイラが相手の部屋へ呼ばれて行く時にアランに付いて行くように命じる。
そしてセイラ一人では厳しい、あるいはセイラ一人で倒せたけれど相手が「僕に手を上げるなんて…訴えてやる!」なんて言い出した時には彼の出番だ。
暗殺者としてではなく、通りすがりの執事として駆けつけたと言えば問題ない。「貴族の男性はか弱い女性に手を上げるのですね」なんて言えば効果的だ。
「でも、恋愛は、ちょっと……」
頬をかきながら彼女はそう零した。
「好きな人がいるなら、言いなさいよ? 仕事の融通だってきかせるし、結婚式も最高にするわ」
「おりませんよ!」
「でも、男性が怖いわけじゃないんでしょう? アランとだって普通に話しているし……」
「アランの名前なんて出さないでください」
食い気味にそう言われて驚いた。
二人が犬猿の仲だとは知っているけれど、ここまでだったかしら?
「アランったらこの三日、ずっとメイドを口説き回っているんですよ? そんな暇があるなら庭掃除でもしてほしいくらい。オーランド帝国へ来たのは私と彼の二人だけで、だからこそ力を合わせてアグリアお嬢様をサポートしなくちゃならないのに」
メイドを口説きまわっていた、ということは暗殺者としてその顔の良さを生かして情報収集をしているのだろう。
でも、アランが執事であると信じているセイラからすると遊んでいるようにしか見えないらしい。
「アランもアランでオーランド帝国に馴染もうとしているのよ、きっと。それにアランがメイドを口説いたことで揉めたことって、ないでしょ? 決して恋愛関係には持ち込まない奴だから、大丈夫」
「むぅ…………でも、不思議なんですよね。いっつもヘラヘラして女性といるのに、恋人は作らないし、恋愛もしないなんて」
頬を膨らませたセイラは、急に思いついた顔をして言った。
アランの正体は分からなくても、何かを察したのだろうか?
「もしかして、女性の心を弄んでいるのかしら…!?」
違う違う、そうじゃないわ、セイラ。
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