ハーラリオンと夢の話
ぜひ最後まで読んでください!
その夜、十一時を過ぎた頃。
大量の書類に目を通すという午後の仕事を終えたヴィルヘイム王子が寝室へと入ってきた。
ベッドで二人隣に並ぶのも、少しだけ慣れてきた。ヴィルヘイム王子が私に手を出したりしないことや、子供を作る必要がまだ無いということで安心しているのもあると思う。信頼できるのだ。
「昼の話の続きだったな」
あまり接点のないまま結婚した私たちは、互いの国や互いのことを知るために毎日寝る前に少しだけ話をする。
昨日は互いの好みについて話した。
アストレア王国では紅茶が主流で、逆にオーランド帝国ではコーヒーが主流だから今度飲み比べてみようとか。好きな花はお互い故郷の国家だとか。
異能があるからこそ便利なことや不便なこととか。たとえば、私の《聖女》は今のところ薔薇の花ならば咲かせられるけれど棘は誰かを傷つける可能性があるし、他の植物に影響を与えてしまうことがある。逆に《魔王》は炎以外を扱えないから、火力を間違えたり獣を退治した後の火消しが大変になることがあるそうだ。
「どこまで話したか……」
「ハーラリオン国王が竜を退治したところまでは聞きましたわ」
「ああ、そうだったな」
そして彼は続きを語り出す。
「ここから先は、その光景を見た兵士の話だ。証拠はない。大袈裟に語っただけかもしれん。ただ、何百年も王族の間で静かに語り継がれている以上、何かしら重要な部分があるのだろう」
□■□■□
勝利したハーラリオンの髪は赤く染まった。
それ以来、オーランド帝国の王族の髪は赤系になることがほとんどだ。その者が男であれ女であれ、ハーラリオンの血が受け継がれていれば赤に染まる。
国王が赤竜を倒した。その話はすぐに国中に広まった。
もう竜に悩まされる夜はない。誰もが、そう歓喜した。眠れない夜は去った。夜中に空気を震わせる悲鳴も咆哮もなくなった。軍に所属する者の戦死者数は減って家族は喜んだ。俺は竜害を生き残った兵士だと誰もが誇った。
それまでは、竜害を止められない兵士の一人と呼ばれていたから。ハーラリオン一人で赤竜を倒したとはいえ、それまで各地で奔走したのは国民一人一人で、国の復興を担ったのも彼らだ。
そうして誰もが幸せになった。
──ただ一人の男を、除いて。
□■□■□
ヴィルヘイム王子には人を話に引き摺り込む才能がある。
より分かりやすく、より情景を思い浮かべられるように語られる内容に私は引き込まれた。
「その男というのが、ハーラリオン国王?」
「ああ、そうだ」
□■□■□
ハーラリオンは異能を得たその日から毎日毎晩、うなされたそうだ。
部屋の見張りの兵士が彼の呻き声を聞いて部屋の扉をノックする音で起きて、その度に「大丈夫だ」と返したという。
兵士たちは日々繰り返されるそのやり取りから国王に何か異変があると考えて医者を呼ぶよう言ったそうだが、誰が見てもハーラリオンに異常はなかった。戦いで負った骨折も火傷もヒビも切り傷もなかった。髪は赤くなったものの本数が減ったわけでも白髪が生えたわけでもない。その点から、ストレスはないと考えられた。
竜害による公務で疲れているのだろう。
そう結論付けられた。
ただ、それが一年も続けばおかしい。
ある兵士がハーラリオンに話を聞いたらしい。何か困っていることがあるならば、ぜひ、と。その兵士は軍のナンバーフォー、つまり異能を抜けばハーラリオンに並ぶほどの実力の持ち主であり共に前線で戦った仲だったこともあり、ハーラリオンは話をすることにした。
『毎日同じ夢を見る。何時に寝ようと変わらない。ただ、赤々と燃える男がそこにいる。我に向かって何かを言うのだが、炎のせいで姿はよく見えず、炎の音で何を言っているのかも分からない。それでも、あまりにもその姿が儚くて、苦しそうで、何かしなければと思ってしまう。そして我は手を伸ばして、届かない己の手を呪いたくなるのだ。そして、目が覚める』
こうしてハーラリオンは、死ぬまでその夢に悩まされることになる。もしかしたら、今でも永遠の眠りの中でうなされているのかもしれないな。
国の英雄ハーラリオンには、死後の世界くらい安らかに眠ってほしいものだが。
そしてこの話には続きがある。
今もなお、《魔王》はその夢を見るんだ。そしてそれはハーラリオンの直系、つまり王族であればあるほど確率は高まる。もっといえば、《魔王》が強ければ強いほど、だ。
そして不思議なことに、その時代に存在する最強の《魔王》のみが夢を見る。一つの時代に一人ということだな。
つまりは王族であり長男である俺が今、その夢を見る。
□■□■□
「嘘……毎日…?」
「いや、ハーラリオン以外の人は、その夢をあまり見ない。ただ、年々夢の回数は増えているらしい。俺は異能を使えるようになってからどんどん火力が上がっている。それに比例して夢は増えて、今は週五回くらいだ。ハーラリオンを除けば、最も夢を見ていることになる」
「じゃあ、昨日も?」
「ああ」
なんてこと!
私はそんなことも知らずに呑気に朝まで熟睡を…!
「気にしないでくれ。ハーラリオンと違って俺は何かに感情移入することがあまりない。燃やされている何者かを可哀想と思ったことはないし、うなされたこともない」
何でもないことのようにヴィルヘイム王子はそう語った。
実際、嘘をついているようにも思えない。本当にあまり気にしていないのだろう。
「言い伝えでは、ハーラリオンは最後まで同じ夢しか見られなかったそうだ。だから俺は手を伸ばそうとはせずに、彼と違う夢を見ようとしている。だが、今のところ相手が誰で何を言っているのかはさっぱり分からん」
「そう、ですか」
彼の話を半分くらい聞き流して、私は別のことを考えていた。
毎日毎晩同じ夢を見るということが、一体どれだけ苦しいだろうか。
そういえば、ハーラリオン国王は何歳で亡くなったのだったか。早く亡くなったと言われても、驚かない。ロクな睡眠を取れないなんて、人間として破綻してしまうから。
「余計なお世話かもしれませんが……」
私がそう話を切り出せば、ヴィルヘイム王子は首を傾げた。人形のような無表情の顔だ。前よりも饒舌にはなってくれたけれど、表情のパターンは減った。感情を見せてくれたのは結婚式くらいだ。
「もしも夜中、いつもと違う夢に怖くなってしまったら」
果たして紅蓮の魔王が何かを恐れる日が在るのだろうか?
でも、炎帝ハーラリオンがうなされたのだから彼にもきっとそう言う時が来るはずだ。
「その時は、私を叩き起こしてください。幸せそうに寝ていても、叩き起こしてください。私たちは夫婦です。王子と王女です。私はその夢を見られないけれど、夫を抱きしめることくらいできます」
「………はは」
顔は変わらないけれど、掠れたような声で夫は笑った。
「何がおかしいんです?」
我に返った私はちょっと恥ずかしくなって、口を尖らせてそう聞いた。
「いやなに、口付けも共に寝ることも恥ずかしがっていた姫君に、抱きしめると言われるのが、何だか、こう、不思議でな」
そう言われて気がついた。裏切りが怖くて友情も愛情もあまり築いてこれなかった私が、半分政略結婚のような形で一緒になった人を抱きしめると言ったのだ。
──私はこの生活が、嫌いじゃないんだわ。
その日の夜、夢を見たのか。
それはきちんと次の日の朝彼に聞いた。
「今日は見なかった」
それが返答だった。
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