異能を持たぬ戦士
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軍人と兵士の言い方の差って難しいですよね。
アレクサンダーは、一歩後ろへ引いた。
それは、断じて竜に恐れ慄いたのではない。戦略的な一歩だ。
右足を後ろに置いて体を少し深くすると、前のめりになり、両手で重い剣を構えた。そして、ダンッと。両足同時に地面を蹴ったように思える速度で竜に駆け寄る。
相変わらず青き炎を吹く蒼竜ではあるが、所詮は下から二番目の強さの竜だ。
アレクサンダーはその炎に焼かれることを恐れなかった。
──この炎の威力は大したことではない。
問題があるならば、戦闘が終わった後、どのようにして炎を消し帰路につくかだろう。
──異能がなくとも、関係ない。
己には日々鍛えてきた闘志と肉体がある。
──蒼竜などよりも、エースの方が強い。
アレクサンダーのいうエースとは、軍隊ナンバーワンのことである。誰も近づけない雲の上の存在。今のところ、アレクサンダーが勝てない人間などエースのみだ。
異能を持たぬエースは、暴君であり英雄。後輩には恐れられ、先代には嫉妬される対象だ。
「……はぁッ!」
アレクサンダーは強い一振りで、竜の鱗を薙ぎ払う。
エースのことを考えているからか、いつもより感情的になっている。その一振りは、鱗に阻まれ致命傷にはならなかったものの、蒼竜の咆哮によって貴族たちの元へ行きかけていた翼竜たちがアレクサンダーの元に集まった。これは、翼竜が自分より強い竜に従う習性があるからだ。
──好都合だ。
人間離れした跳躍力を持って空へ飛んだアレクサンダーは、剣の先を下へと向けて重力に従い、真っ逆さまに落ちた。その光景を見た貴族たちはなんて無茶な戦いをと思ったが、やはり軍人たちだけはそれがいつも通りの彼の戦い方だと分かっていた。
「楽に死なせてやろう」
落ちながら、そう呟いた。
そうして、蒼竜が咆哮を上げてアレクサンダーへと炎を撒き散らす。
その炎の中を通るように落ち続けて、グサリ。
ついに、剣が蒼竜の額を貫いた。
貫いたその状態で、剣を手から離さぬまま、両膝を蒼竜に付けた。そして少しだけ首を動かし、辺りに集った翼竜を睨みつける。その時の黄金の瞳の鋭さといったら、もう、鬼の形相とでもいうしかない表情だった。
蒼竜が負けたことで、翼竜たちは従うべき相手を失い、ふらふらとそれぞれの方向へ飛び去った。
その場には、近衛兵たちが倒した三体の翼竜と、蒼竜。そして青き炎だけが残っていた。
無論、炎の中を通っていたアレクサンダーの姿も青に包まれている。
熱いと言うわけでもなく、アレクサンダーは青を纏ったまま淡々と指示を出した。
「強力な炎を扱う《聖女》の方にお願いいたします。青き炎を上書きするかのように炎を放っていただきたい。通常の赤い炎でしたら、水の異能で消せますので」
蒼竜の炎をより強力な炎でかき消して、水では消えにくいという蒼竜の炎特有の性質を失くそうという素晴らしい案だった。
が、残念なことにアレクサンダーが求めているほどの威力を出せる《聖女》がここにはいない。
蒼竜が下から二番目のランクの竜だとしても、竜は竜だ。人間よりも強い。
──アグリアがいれば良かったが……。
今はオーランド帝国にいる妹の不在を嘆くも意味はない。
しかし幸運なことに一人、女性が名乗りをあげた。
「わたしが、異能を使いましょう」
「おお! なんと!」
「ありがたい…!」
名乗ったのはレイ王子の妻でありアレクサンダーの妹、ミレイアだ。つまり今はもう王族。普通ならばそう簡単に異能を使わないのだが……。
「アグリアお姉様ほどではありませんが、蒼竜の炎を消す程度でしたら問題ないかと。アレクサンダーお兄様、いかがでしょうか」
「ああ。お願いする」
「では皆さま、馬車の中へお戻り願います。護衛の方々も、少々離れていただきたく。アレクサンダーお兄様は、念の為そばにお願いします」
蒼竜は死んでいるが、万が一ということがある。それに翼竜が戻ってくる危険もあるのだ。ミレイアの判断は正しいものだった。
両手を前に出したミレイアは、目を閉じて、念じた。
すると、淡い赤色の炎が現れる。夕焼けのような優しい色だ。姉のアグリアの異能とは違う熱を持っている。
少しずつ、青き炎が赤に蝕まれていく。
滅多に見ることのできないその神秘的でさえある光景に、人々は目を開いた。
アレクサンダーは妹の異能を間近で見ながら、思う。
──この国で一番の炎の使い手は恐らく、ミレイアだ。
今この場には有力な権力者ばかりがいる。そしてそういう者たちは、言い方を変えれば王族に近い血筋であり、《聖女》の力が強いといえる。
それでも、蒼竜の炎を塗り替えるのはミレイアくらいしか出来ない。アグリアのいない今、最強の炎使いはミレイアといってもいいだろう。
──戦になればやはり、この国は……。
誰もが目の前の景色と竜に気を取られている中で、そんなことを考えているのはアレクサンダーだけだった。
「出来ました、アレクサンダーお兄様」
「ありがとう。では、水を使う《聖女》の方は、お手数ですが異能を使っていただきたく」
今度もまた、アレクサンダーの言葉に一人の女が答えた。
「わたしがやりますわ!」
クレア・シーランドだ。
──王族から離れているため大した異能はないが、炎を消すには十分だろう。
すぐにそう判断したアレクサンダーは、クレアに頷き返した。ちなみに、レオハルトはクレアを心配して馬車を降りようとしたが、兵士によって止められている。
「では、始めさせていただきます」
いちいち丁寧にそう言うクレアは、か弱そうな腕を前に伸ばして何処からともなく水を出した。
詠唱が必要ないのは、異能の良き点だろう。
──詠唱がないとは、実に戦闘向きだ。
もしも神より授かった異能を用いるのに毎回詠唱が必要だったら、その隙に異能を持たぬ者の剣か弓によって体を貫かれてしまう。
「出来ましたわ、アレクサンダー様」
「さすがだ、クレア!」
アレクサンダーが何か言う前に、レオハルトがそう叫ぶ。実際には大したことではないし、ミレイアがいなければ何も出来なかったわけなのだが、レオハルトの一言によって誰もがクレアを褒めねばならない状況になった。
「さすが、クレア様です」
「さあ、早くこちらへ、クレア様」
「異能を使ってお疲れでしょう、クレア様」
そういう貴族たちに、クレアは少し満足げである。
──レーランド家の結婚式、軍ナンバーツーはレーランド家の長男、火を塗り替えたのもレーランド家の娘。
あまりにレーランドばかりが活躍してしまっているこの環境で、自分が出しゃばることでアグリアは自分を虐めた女だと思い出させると同時に、わたしも《聖女》だとアピールしたかったのだろう。
──まあいい。先を急がねば。
ここから先は、さっき逃げた翼竜がいないかも確認しながら進まなければならない。
正直、時間がかかる。夜までには城へ着かねばならないし、そうでなくとも日が暮れるまでにはこの山を抜けたい。皆、腹も減ってきている。
──早く帰って、訓練をしたい。
今しがた竜と戦ったというのにも関わらず、アレクサンダーはまだ暴れ足りていなかった。否、暴れ足りないのではない。言葉では表し難いが、何と言えば良いのだろうか。スリルが足りないとでも言うか、退屈だとでも言うか。
アレクサンダーの本能が、収まらないのだ。
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