純白の準備
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「そっちお願い」「了解です」「ドレスは?」「こちらに」「持ってきて」「分かりました」
結婚が発表され、確定したものとなったその日から、屋敷中で準備が進められていた。
「アグリア様、ドレスはキツくありませんか?」
「ええ、ちょうどいいわ」
私が身に纏うのは、我が国での結婚式に使用する純白のウエディングドレス。
けれど。
「サイズはちょうど良いけれど、胸元の花飾りが微妙だわ。別のドレスにしましょう」
なかなか良い品が見つからない。
「承知しました」
メイドは連日の準備で疲れているのか少し不服そうな顔をしたが、生涯で一度しかない結婚式だからと張り切って他のドレスを取りに行ってくれた。
「はぁ……」
他のメイドが私の着ているドレスを脱がしてくれる。
もう三着目だ。
さすがに私も疲れてきた。
周りを見れば使用人たちも疲れ始めている。これでは、作業する速度も効率悪くなるだけだ。そろそろ休憩しよう。
「休憩して。一時間後にまた始めるわ」
「ですが、アグリア様」
「二度言わせるの? 休憩しなさい」
「…はい」
作業の三分の一しか終わっていないからだろう。
あるいは、薔薇姫様とまで呼ばれる私が休憩しろという優しさを見せたからか。
とにかく、何名かは驚いた表情をしたが、私がもう一度言うと黙って使用人部屋へ向かった。
一人自室に残った私は、あたりに散らばった家具や衣類を見た。
「やっぱ多いわね」
全部オーランド帝国に持っていく品だ。
女の結婚には多くのものが必要だし、三大貴族として惨めな姿を晒すわけにはいかない。
流行りの櫛、花飾りの付いた簪、ネグリジェ、パーティ用のドレスに普段使いのワンピース、ネックレス、ピアス、淑女には欠かせないレースの付いた白の手袋。
その多くが新品だ。
他にも、これまでの十七年間で得た宝物たちだって。
幼い頃にお母様から貰ったガーネットのピアス。
あまり話したことのない兄が私の十歳の誕生日祝いに送ってきた銀の髪飾り。
お父様が今回の結婚祝いにくれた、リングの飾りが付いたネックレス。
家族たちは私の結婚を祝ってくれているし、使用人たちは、当たり前だが反対はしない。
だが、私の結婚は、王家にとって歓迎されているのだろうか?
多分、意見は半分半分だろう。
殿下との結婚が破棄された以上、居場所がないわけではないがなんとなく気まずい私がいなくなるのだから、歓迎されているのかもしれない。
そうでなくとも、他国に嫁ぐというのは有益なことが多い。
逆に、殿下が結婚破棄した相手がすぐに、他国の第一王子との婚姻が決まるのだから、王家としては屈辱かもしれない。
殿下は田舎貴族と結婚、その反面、元婚約者は他国の第一王子と結婚。言い方を変えれば、殿下が捨てたはずの女の方が良い婚姻を果たすというわけなのだから。
「まぁ、私にとってはプラスね」
ある意味、クレアには感謝しなければならないのかもしれない。要らない馬鹿殿下をもらってくれるのだから。
だが、この国を乗っ取ろうというのならば私はヴィルヘイム王子がこの国を侵略するほうを応援するだろう。
あの女が王妃となるのは何となく気に触る。
「あの子って、昔からあんなだったかしら」
パーティで何度か見かけたことがある程度の、影の薄い、地味な子だったと思う。
薔薇姫様が気の弱い田舎貴族の娘をいじめたというウソを誰もが信じたのはそのせいだ。
私の評判の悪さが、ウソに信憑性を持たせてしまった。
「……やっぱりムカつくわね、あの子」
あの日、婚約破棄された瞬間、レオハルト殿下の隣にいたクレアのいかにもか弱いですって感じの様子が頭の中でチラついた。
「何がしたいのかしら」
クレアは私が嫌いなの?
まあ、三大貴族として偉そうに見えるところとかがないとは言わない。
私だって、薔薇姫様と呼ばれるのはこの愛想の無さが理由だと分かってはいる。
理解したうえで、他人に媚びる必要はないと思っているのだ。見えすいた愛想笑いをするなら、何もせずに真顔の人のほうが好きだから。
その方が、ああ、この人はウソをつかないと思える。
まあ、これは私の好みの問題で、うまく笑って世渡りできる人もすごいと思うが。
「あの子はこの国が欲しいのかしら」
殿下に本気で惚れているとは思えない。
それだったら、もっと違う方法があるはずだから。
私を悪者にせず、普通に宣戦布告しに来ればいい。
国が欲しいのならば、目的は……。
「かつての戦争の再現?」
《聖女》と《魔王》。
その二つの力が生まれたかつての戦争。
結局、決着がつかないまま和平で終わったせいか、純粋に戦争は金になるからか。
時が経った今でも、未だに戦争の決着をつけようという、いわゆる過激派みたいな人たちは存在する。
「とにかく、ロクなことにならないわね」
……んん?
私が嫌いなら、私の幸せな結婚を許せないはずだし。
もしも戦争がしたいなら、アストレア王国出身でオーランド帝国に嫁ぐという、二国が戦争をした際に和平に向かう架け橋となる可能性がある私を放っておく訳がない。
ならば、私を消すか?
私があちらの立場の人間ならば……。
「結婚式で殺す」
結婚式前に殺すと、まるで結婚破棄して用済みになった私の存在を王家が暗殺したみたいになる。
それに、オーランド帝国に報復される可能性がある。花嫁が何らかの不手際で死ぬのだから。
私はあまり街に出ないから、事故に見せかけることは難しい。私が屋敷で死ねば、使用人が首を吊らなければならないかもしれない。
そういった点から、結婚前に殺すことは難しい。
逆に結婚式ならばどうだ?
当日警備に着くのはアストレア王国だけではない。オーランド帝国の者もいる。
万が一何かあっても、両国の警備の責任だ。王家も我が国も疑われない。不運な事故で花嫁が死んだ、そうなるだろう。
「後で、執事を呼ばなきゃね」
□■□■□
「アグリア様、作業を再開いたしますね」
「ええ、お願い」
一時間が経ち、再びドレス選びが始められる。
「こちらはどうです?」
「うーん、ちょっと丈が短くないかしら?」
「確かにそうですね、では、こちらはいかがです? 程よく長くて、大人っぽくて可愛らしいですよ」
メイドがにこりと笑って別のドレスを見せてくれる。もはや自分の結婚のように楽しんでいるみたいだ。彼女たちには、クレアか王家が何か仕掛けてくるかもしれない、なんて言わないほうがいいだろう。
「そうね、それなら良さそう。一度着てみましょうか」
「はい!」
鏡の前に立ち、自分の姿を見る。あまり外に出ないせいで白いままの肌は、肩のあたりにかかるレースで少しだけ隠されている。露出が多いと王国の淑女として良くないが、これならば良さそうだ。胸元の花柄のレースが綺麗で、大人らしさと愛らしさが滲み出る。
「これにしましょうか」
「ええ、お似合いです! それじゃあ、こちらのドレスで準備を進めますね!」
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