クレアの悪巧み
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アストレア王国の中央に位置する、王家の住むクリスティア宮殿。
その外庭に、多くの民が集い、ざわめき合っていた。
彼らが見つめる王国掲示板には、一枚の紙が貼られていた。
『アストレア王国三大貴族アグリア・レーランド・ファナとオーランド帝国第一王子ヴィルヘイム・オーランドの結婚が確定した。式は聖歴1672年10月1日に行う。この日は祝日とし、両国で盛大に祝うこととなる』
そう書かれていた。
「魔王と薔薇姫の結婚か」「お似合いじゃないか?」「レオハルト殿下に婚約破棄されたと聞くぞ」「もしかして、もっと前からヴィルヘイム王子と繋がってたんじゃないの?」「それはないだろ、ヴィルヘイム王子がこの国に来たことなんてほとんどないじゃないか」
二人の結婚を疑う者もいれば、どういう状況であれ一人の少女と青年の結婚を祝う声もあった。
□■□■□
その光景を、新たなるレオハルトの婚約者クレア・シーランドは宮殿の二階から眺めていた。
「……はぁ」
一体、どうしてこうなったのか。
レオハルトよりもヴィルヘイム王子の方がよっぽどイケメンで将来有望、魔王という名の通り怖さはあるけれど、馬鹿の相手よりもいいはずだ。
それがなんで、あのアグリアの夫になるんだか。
「このままいけば私はアストレア王国の王妃で、アグリアがオーランド帝国の王妃か」
クリーム色の髪を指でいじりながら、そう呟いた。
それにしても、気に食わない。
せっかく三大貴族を馬鹿にできたっていうのに、これじゃあ意味がないじゃない。
「なんか面白いことないかしら」
田舎から出てきて、レオハルト殿下に見つけてもらうように仕向けて今は宮殿暮らし。
けれど、思っていたより楽しくない。
もっと、きらびやかな生活かと思っていた。
けれどマナーだのなんだのと覚えることばかり。
「……そうだぁ」
ニヤリ、と頬を歪めた。
「良いこと思いついちゃった」
──お父様に相談しましょ。
というか、クレアに王家に嫁ぐよう言い出したのは父だ。クレアの考えにはきっと反対しない。
いつまでも田舎の貴族じゃないわ。
我がシーランド家がなければ、この国はとっくに竜に滅ぼされているのだと示してみせる。
そのうえで、シーランド家が竜を倒せばみんな感謝してくれるはずだわ。
国王だって、何らかの形で褒美をくれるでしょうし。
「ふふふ…」
アグリアの結婚式は、我が国で行われたのち、二日後にオーランド帝国で再び行われるという。
「オーランド帝国へは行けないわよ、薔薇姫様」
秋ならば、翼竜が出る季節だ。
この国に、大いなる悲劇を。
同時に、英雄の誕生を、示そうじゃないの。
思えば、アグリアとの出会いは偶然だった。
この地に来てまだ右も左も分からない頃、パーティーでひとりぼっちになっていた時、同じようにベランダに出てきたのがアグリアだった。
こんな記憶、アグリアは覚えてないでしょうけれど。
『あなた、あまり見ない顔ね』
そう言ったアグリアが三大貴族であることは知っていた。
だから、挨拶とお辞儀をしようとしたのだが。
アグリアはそれを止めた。
『堅苦しいのは嫌いよ。それに、レーランド家がすごいのはお父様の活躍であって、私はまだなにもしていないわ』
強い人だと思った。
貴族に生まれた人は大抵、私はすごいのだと、そう言う。生まれただけで、すごいのだと。自分は周りと違うのだと。
けれどアグリアは、違った。
眩しいと思った。
クレアの狭い世界に、差し込んだ光だった。
だから。
「光が強いほど影もまた強まる、なんて、どこの学者の言葉だったかしら」
だからクレアは、嫉妬した。
そんな態度をとれるのも、余裕ぶってられるのも、良い家に生まれたからだわ。
僻地の貴族が、竜にどれだけ苦しめられることか。
王家は何もしない。
中央に竜が来ない限り、軍隊も何も出はしない。
「必ず、あなたを超えてやる」
こんな世界、間違っている。
──わたしが全て塗り替える。
この平和ボケした国を牛耳って、シーランド家が王家に成り代わってやる。
「薔薇姫様は枯れる時間だわ」
その呟きを聞く者は、誰もいない。
そこに、レオハルトが訪ねて来た。
「クレア!」
馬鹿みたいに笑って抱きつこうとしてくる。
クレアはそれを見て、すぐに表情を明るく染めた。
「レオハルト殿下!」
笑顔でハグに答えて見せる。
「今しがた、アグリア様の結婚が発表されたとか」
次に、不安そうな顔でレオハルトを下から覗くように見つめる。
レオハルトは単純な男だ。自分よりも背の低いクレアに見つめられて、か弱そうなその姿に心を射止められる。
「大丈夫だよ、相手はあの魔王と名高い男だ。きっと、行く場所がなくて、悪役同士で結婚になったんだろう」
魔王ヴィルヘイムには良い噂がない。
戦ばかりで、日々鍛錬しかしない。
レオハルトのように花を愛でることもなければ、動物と戯れる時もない。
蛮族や侵略者、反逆を企む民族と戦うばかりの血濡れた日々を送る男。
それが、アストレア王国での魔王のイメージだった。
「でも、せっかく結婚されるんですもの。幸せになれると良いですわね」
控えめに笑うクレアを見て、レオハルトは涙を浮かべそうになった。
「君はなんて優しい人なんだ……! やはり、君との結婚を決めてよかった」
それを見るクレアの心の中が、どれほど黒く染まっているかも知らずに。
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