二人の夜
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その夜、九時頃。
どうにも寝られない私は、メイドのセイラに言って庭へ出た。
何かあった時のためにアランも連れている。
相変わらずセイラはアランのチャラついた雰囲気が嫌いなようで時折睨み付けているが、強さは信頼しているのか「アランがいるならば」と夜の外出を許可してくれた。
クリスティア宮殿の庭はとても広くて、幾つもの木や花が植えられている。
なかでも今はピンクコスモスが美しい。月夜によく映えている。
「そんで、アグリア。珍しく夜にお出かけとは何かあったのか?」
三歩後ろをついてくるアランがあくびをしながらそう言ってきた。すかさずセイラが「アグリアお嬢様、ですよ」と訂正を入れるが、アランは「相変わらずセイラはこまけぇな」と気にもしていない。
その様子に苦笑しつつ、私は答えた。
「まあ、色々あってね。アラン、明日はアストレア目録大図書館について来て」
「あー、図書館かぁ」
気だるげにアランが返事する。
「何か予定でもあった?」
「いや、図書館って堅苦しくて苦手っつーか」
一応聞いたけれど、すごくどうでも良かった。
「アグリアお嬢様、わたくしもお供してよろしいですか? アランだけでは心配ですので」
「おい、それはどーゆー意味だよ!」
「いいよ、セイラ」
「なっ! アグリアまで!」
アランが不服そうな顔をする。
なんだか子犬のようだ。となると飼い主は私だろうか。
アランの方がセイラより年上だというのに、セイラの方が一枚上手に見える。
「あら、アグリアお嬢様、あちらにいらっしゃるのは……」
突然驚いた声でそう言ったセイラの視線を辿れば、反対側にある薔薇の植えられたエリアに見覚えのある人物がいた。
というか、ヴィルヘイム王子とラムロスだ。
「ヴィルヘイム王子と……もう一人の方は誰でしょうか?」
ラムロスを知らないセイラは首を傾げた。
「ラムロス・メフィスト。ヴィルヘイム王子直属の執事よ」
本当はアランと同じで暗殺者なのだが、セイラにはそれを伏せておく。
代わりにアランは「ははぁ、なるほど」と納得していた。
あちらの二人もこちらに気がついたようで、ゆっくりと歩いてくる。
アランが少し緊張したように雰囲気を変えた。相手が暗殺者と分かったからだろう。
「まさかアグリア姫にこのような所でお会いできるとは、思わなかった」
ヴィルヘイム王子が真顔で言ってくる。いや、彼としては笑いかけているつもりなのかもしれない。
ヴィルヘイム王子の少し後ろに立つラムロスは、静かにお辞儀をした。なのにアランはお辞儀をしない。今度礼儀を学び直しさせようかしら。
セイラはメイドとして百点満点のお辞儀をしていた。
「そちらはアランと……メイド殿かな?」
「えぇ、メイドのセイラ・エルフェンです。オーランド帝国に連れて行くメイドの一人なんです」
両手を前で合わせてセイラは再びお辞儀をする。両手を前に出すのは、何も武器を持っていないことを相手に示すためでもある。
「そうか。ところで、この宮殿の花は実に美しいな」
「お褒めに預かり光栄です。庭師たちが喜びますわ」
「我が国のノストラダム宮殿は、城というよりも要塞に近い。慣れるまで、アグリア姫は退屈になるかもしれないな」
「あら、そんなことはないと思いますよ? 新鮮で楽しいはずです」
私たちが他愛もない会話を交わしているのを、アランは内心面白くないと感じていた。
「ところで、こんな時間にアグリア姫は何を?」
「上手く寝付けなくて…ヴィルヘイム王子は何を?」
「俺も似たような理由だ。慣れない土地に来るとどうにも落ち着かない。それに、滞在期間は短いからな。色々見てみたいと思ったんだ」
「なるほど、そうでしたか」
「今日はグレアム国王の計らいで宮殿内を見させてもらった。実に豪華で、美しかった」
──ああ、グレアム国王は竜騒ぎの際にリアム国王たちを放って真っ先に逃げたから、その分オーランド帝国に恩を売りたいのね。
「そうでしたか。明日も何かご予定が?」
「明日はアストレア王国の王子たちと会う予定だ。アグリア姫は?」
となると、レオハルト殿下とも会うのね。
なんだかヴィルヘイム王子とは馬が合わなそう。
「私は、セイラとアランと共にアストレア目録大図書館へ行く予定です」
「本が好きなのか?」
「はい。本には知らない知識が載っていて、飽きないですから」
今回行くのは異能について調べるためだが、本好きというのは嘘ではないから良いだろう。
「そうか。ノストラダム宮殿内にもグリモア目録大図書館という図書館がある。自由に出入りできるよう手配しておこう」
有り難い話しである。
長い間あまり友好関係にない二国間には、知識や技術に差がある。
ゆえに、こちらにはない異能の話しが記されているかもしれないのだ。
「ありがとうございます! 楽しみです!」
その日一番の笑みでそう答えた私を見て、ヴィルヘイム王子は頬を緩ませたのである。
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