パンドラ
ぜひ最後まで読んでください!
夕方。
やることがなくてすっかり暇になってしまったけれど、竜の件のせいで外に出ることは許されない。
仕方なく、クリスティア宮殿本館と廊下で繋がる北館へ向かった。
廊下を歩いていると、左右の庭に咲いた我が国の国花ピンクコスモスがよく見える。
まるで地面が全て花に変わってしまったかのようで、ここは天国かと見間違うほど美しい光景だ。
思わず数秒立ち止まって眺めていると、後ろに立ったメイドのセイラが「どうかされましたか?」と聞いてきた。
「とても…綺麗だから」
息を呑みながらそう答えれば、セイラも花を眺めて返した。
「結婚に、相応しい季節でございますね」
「…えぇ」
そうして二人でまた歩き始めた。
北川の入り口では兵士が二人、見張りを行なっている。
彼らは私の顔を見るとすぐに手に持っている槍で扉を塞ぐことをやめ、敬礼をした。
「ご苦労様」
労いの言葉を一つ投げて、中へ入る。
塔のような造りになっている北館は、その外観からは予想もできないような巨大な螺旋階段と大量の本棚で埋め尽くされている。
全部で五階まである建物は、螺旋階段のみで上り下りができる。いくつものテーブルと椅子もあって、本を自由に読めるのだ。
ただし、ここには絶対的なルールが二つ。
一つ、許可を受けた者しか入ってはならない。
つまり、一般市民は言うまでもなく入れない。さらには王族が命じれば、貴族たちですら出入りが禁じられるのだ。
三大貴族のみが、王族の許可なしに出入りが可能であり、また、王族の特権によって立ち入り禁止になることもない。
二つ、本の持ち出し禁止。
この大図書館は、正式名称はアストレア目録大図書館である。その名から予想できる通り、アストレア王国の知識という知識の全てが詰まっているのだ。
それが何者かによって外へ漏れれば、国家を超えて国際問題である。
読んだ本の内容を部外者に話すことさえ重罪。
この二つが、古代より変わらぬ禁忌だ。
「何をお探しになるのですか? アグリアお嬢様」
探し物を伝えないまま二階へ上って行く途中、セイラがそう聞いてきた。
「少し、気になったの。異能の出どころが」
「異能、ですか」
昨日、人生で一番異能を使った。
そして、ふと思ったのだ。
この世界には確かに神がいる。
神話も伝説もある。
《魔王》や《聖女》という存在があるのだから、神くらいいるだろう。
けれど。
「《魔王》は竜を喰らい、異能を手にした」
ならば、《聖女》は?
「《聖女》は、王妃の祈りを神が聞き入れたと言われているわ」
でも、それは本当だろうか。
神々に祈るならば、あんな、私のように全てを捕らえ焼き尽くす力でなくても良かったのではないか?
戦争を終わらせたいならば、治癒でも、あるいは時間の巻き戻しでも、終戦でも良かったのではないか?
──こんな異能を後世に残せば、死者を増やすだけだ。
「何より、神が聞き入れたのはなぜ? 人間の世界に介入することが可能なの? 何の見返りもなしに?」
神話の神は、まさに昨日の私のように世界を焼き尽くし、戦を楽しみ、あるいは女や酒を好む。
神というだけであって、感情を持たず、利益を求めないわけではないのだ。
だというのに、アストレア王国の祈りだけを聞き入れたのはなぜ?
考えるほど、自分の持つ異能のことが気になってくる。
「でしたら、こちらの方に置かれているのではないでしょうか。三大貴族といえど、異能について調べることは危険です。わたくしが見張りをいたしましょう」
「ありがとう。お願いするわ」
彼女がこちらに背を向けて、辺りの警戒を開始する。
ポニーテールにされた長いブロンドの髪がふわりと揺れる。その背中が、頼もしい。
「さて、早く探しましょう」
ボロボロの本、背表紙が破れかけた本、効果があるのかよく分からない怪しげな魔術の本。
その中から、目的の内容が書かれた本を探さなければ。
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