砂漠の暗殺者
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メイドに手伝われ、私は部屋で着替えを終えた。
赤色のドレスを身に纏い、一人、ソファに座る。
そのまま時間が流れ、昼が近くなっていく。
メイドが一人、私の後ろに立っている。別に、私は《聖女》なのだから一人にしても大丈夫なのに。
窓から見える景色は、昨日のことなどまるで忘れてしまったかのように晴れ渡っていた。
と、その時。
「失礼します」
ノックと共に男の声が聞こえた。
ヴィルヘイム王子とも、アランとも違う声だ。もう少し年上のように思える。
「どうぞ」
私の声を聞いた男はドアノブの音を立てることなく、静かに部屋に入ってきた。
重い扉すら、一音も立てない。
男は長身だった。ヴィルヘイム王子と同じくらいで、アランより少し高い気がする。もちろん、私と比べれば二十センチ近い差が生まれる。
肌は日に焼けている。それが生まれつきなのか、あるいはただ焼けただけなのかは分からないが、この国では珍しい。
エメラルドのような眼光は真っ直ぐ射抜くように私を見つめて捉えている。
──アランが言っていた、挨拶しにくる人、かしら。
男が頭を下げ、右手を左胸に当てれば、それに合わせて黒混じりの金髪がゆったりと揺れた。
やがて、男の口が開かれる。
「お忙しいところ、失礼致します。オーランド帝国第一王子ヴィルヘイム様に仕えます、ラムロス・メフィストと申します。ご挨拶に伺いました」
しなやかな筋肉を宿す細めの身体は白と黒の色をしたスーツを違和感なく着こなしている。
「別に忙しくないわ。わざわざご丁寧にありがとう」
そう返し、後ろに立つメイドに視線で『部屋を出て』と伝える。
一瞬『男ですよ?』というような反論が見えたような気がするが、気にしない。
メイドが優雅にお辞儀して、部屋を出ていく。扉が完全に閉まった音がして、私は再び目の前の人物に向き直った。
姿勢を戻した彼は、「いいのですか? わたしも男ですが」と聞いてきた。
暖かくも冷たくもない、心の底が読めない声音だ。
「問題ないわ。それとも、二人になったら私を襲うのかしら?」
強気に返せば、本当に僅かだが、彼の雰囲気が変わった。
「ふふ。やめといた方がいいわよ。私は、自分で言うのもおかしな話だけれど、我が国で今一番強い《聖女》よ。襲えば最後、跡形もなく燃やされるわ。昨日の白竜みたいにね」
笑顔を絶やさずに、けれども強者であれば確実に気がつけるほどの殺気を込めて言い切った。
少しの沈黙が流れ、ラムロスは笑わないまま声を出した。
「……三大貴族のご令嬢とのことでしたから一体どのような方かと思いましたが、なるほど、ヴィルヘイム様が求婚したのも頷けます」
そしてラムロスは九十度に背中を曲げた。見事なまでの綺麗な謝罪の姿である。
「先ほどの発言、謝罪させていただきます。わたしは、ヴィルヘイム様の未来を守るため、アグリア様のことも、この命を賭けてお守りすると誓います」
「別に、気にしてないわ。それより貴方……」
なんだか、彼の姿には既視感を抱く。
ああ、そうか、アランに似ているのだ。
アランはそのルックスと器用さを武器に生きている。
色恋も女性の心もお手のものだ。
だから、目の前の使用人とはまったく似ても似つかないはずなのに。
「貴方、私の執事と気が合いそうね。アランっていうの。さっき、ヴィルヘイム王子に挨拶に行ったわ」
「アラン、ですか。近いうちにお会いできることを楽しみにしています」
──アランとラムロスの主人に対する誓いの強さというのはきっと、私たちが想像もできないほど固いのだろう。
「立ってないで、座ったらどう?」
手を差し出して向かいのソファを示せば、ラムロスは申し訳なさそうにしながら座った。
「ヴィルヘイム様とは、長い付き合いなの?」
あの堅物な人が私への挨拶に向かわせるほど信頼している人物だ。きっと幼なじみみたいに昔から一緒に違いない。
「わたしが十四、ヴィルヘイム様が十の時に出会いましたから、ちょうど十年間共におります」
ということは、ラムロスは今二十四歳か。
……年齢以上に大人びているように見える。
なんというか、この世の全てを知っている人みたいだ。
「そう。どんな出会いだったの?」
私の純粋な疑問によって投げられた質問に、ラムロスは黙ってしまった。
──焼けた肌。ということは、もしかして。
すぐに自分の失態に気がついて、質問を取り消した。
「ごめんなさい、聞くべきではなかったわね」
「いえ、とんでもない。決して悪い思い出ではございませんから」
焼けた肌は、オーランド帝国の西に位置する砂漠地域、グレイスの出身の者の特徴だ。
彼らはグレイス人と呼ばれていて、資源はあるものの文明の発達が非常に緩やかであった。そのためオーランド帝国の七割を占めるオーランド人によって差別され、奴隷として扱われていたのだ。
今でもオーランド人とグレイス人の対立はあって、今でこそ法律は奴隷の存在を批判しているけれど、問題の解決には至っていない。
「わたしは奴隷として売られていたのですが、そこへ視察に訪れていたヴィルヘイム様に見つけていただき、購入という形で救われました。屋敷へ連れられてからは一人の使用人として食事も給金も部屋も与えていただきましたから、私にとって運命のような出会いでした」
「そう」
「それに、ヴィルヘイム様とリアム国王陛下による法律の改正のおかげで奴隷制度は廃止されましたから」
表向きには、だけれど。
奴隷とは違うけれど、酷い環境や低賃金で働かされているのはグレイス人が多い。
たった三十年程度では世界を変えられないのだ。
もちろん、これから先はヴィルヘイム王子がリアム国王陛下の政策を受け継ぐのだろうし、ラムロスはその架け橋となるだろう。
もしかしたら最初からラムロスを平和の象徴とするために助けたのかもしれない。
…いや、それはないか。当時のヴィルヘイム王子は十歳なのだから。
「じゃあ、貴方はヴィルヘイム王子に恩を感じているのね」
「はい。何があっても、お守りしたく」
「素敵ね。これから先の未来が穏やかであることを私も願うわ」
時計を見れば、時はちょうど昼。
「では、もう時間ですので。わたしはこれにて失礼いたします」
「ええ。貴重なお話、ありがとう」
「こちらこそ」
最後まで至って平穏に話を終え、ラムロスはヴィルヘイム王子の部屋へ戻っていった。
「さて、私は昼食を取らなければいけないわね」
アランは上手く挨拶を終えたかしら。
あいつ、熱くなると面倒な性格だものね。
器用なくせに、信念を曲げられないところは不器用というか。嘘をつくのが上手なくせに、大切なことは嘘を言えないというか。
そこが、アランの良いところでもあるけれど。
「ま、何とかなってるわよね」
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