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魔王と暗殺者

ぜひ最後まで読んでください!


 アグリアの部屋へ入る時とは違って、アランは豪勢な扉の前でノックをした。

 すぐに中から男の声がする。低い声だ。


「失礼する」


 失礼ではないが丁寧とも言い難い言葉遣いは、目の前の男に舐められないためだ。


 ──信用すべきか、見極めろ。


 アランは心の中でいつもと変わらない誓いを立てる。


 ──全ては、レーランドのために。


 アランは軍人でも兵士でもない。

 オーランド帝国の王族個人に所属する近衛兵と同じ。

 アランは、レーランド家のアグリア・レーランド・ファナに仕えているのだ。


 初めて仕事についたのは、十歳の時だった。父親であり先輩に当たるダグラス・ローレンの命令でガラティス・レーランド・ファナの仕事部屋へ行った時、彼にこう言われたのをアランは忘れない。


『我が命に背いてでも、アグリア・レーランド・ファナに仕えよ』


 そう言ったレーランド家当主の意志の強さにアランは心を打たれたのだ。


 だから、例えオーランド帝国の敵になったとしても、アグリア、そして彼女の夫に嫌われたとしても、自分は、自分だけは、決して間違えてはならないのだ。


 その思いを、金の瞳に込めた。


「……堅苦しいのは嫌いだ。お前のように純粋な獣のほうが俺は接しやすくて助かる」


 その思いを汲んでかは知らないが、男、ヴィルヘイム王子はそう告げた。


「好きに座ってくれ」


 言われた通り、目の前の黒いソファにアランは座った。

 さすが一国の第一王子なだけあって、部屋に置かれた物の全てが高価だ。

 ここは我が国の宮殿だけれど、王子用に用意され、さらにいくつかのものはヴィルヘイム王子が持ち込んだ物。壊せば何億ヴォンの支払いになるだろうか。一般市民の一年間の平均所得が1500ヴォンだから……あ、オレが一生働いても返せない、ヘマすれば最悪処刑だな、とアランは他人事のように考えた。


「オレはアグリア・レーランド・ファナに使える『執事』のアラン・ローレンだ。以後お見知り置きを、ヴィルヘイム王子」


 机を挟んで向かい側のソファにヴィルヘイム王子が腰掛けた。


「ああ、よろしく頼む」


 アランが顔に笑顔を張りつけながら挨拶をしても、ヴィルヘイム王子は鉄のように硬い表情を崩さない。


 ──愛想笑いもしないってかよ、《魔王》は。


 まあ、バレバレの嘘を吐かれて如何にも仲良くしたいみたいにされるほうが虫唾が走る。

 こうして素直すぎるくらいに媚びない人間というのは仕事はやりにくいが、人としては信頼できるものだ。


「…部屋、誰もいないけどいいのか? オレがうっかり手を滑らせてヴィルヘイム王子を殺しちまうかもしれないぜ」


 広い部屋の中には、メイドも執事もいない。

 初対面のアランと二人きりというのは、王族の身の安全を確保できていないのではないかと思い冗談混じりにそう言った。


 けれどもやっぱりヴィルヘイム王子は表情を変えない。

 アランの『殺す』という台詞が冗談だと気がついてか否か、「平気だ。《魔王》に勝てるのは《聖女》だけだからな」と答えた。


 ──舐められてんのか? オレ。


 なんだか腹が立ってきた。

 あまりにも整ったヴィルヘイム王子の顔が一気に薄気味悪いものに見えてしまう。

 アランは自分の顔が整ったものだと知っているし、時にはそれを利用して街で噂好きな女性から話を仕入れることもある。

 だから普段はイケメンに出会っても『オレの方が上だ』と調子に乗ったり、あるいは『ああいう男になりてぇ』と尊敬したりするのだが。


 ──なんか、人形を見てるみてぇだ。


 神が願いを込めて美青年を作ったらこうなるのだろうか。

 感情を持たない、見た目だけが満点の人形が。


 ──これ以上話しても無駄だな。こいつはどうせなにも情報を話さない。


 早いところ話を切り上げようと、アランは腰を上げた。


「申し訳ないけど、忙しくてな。失礼する」


 そうして出口に向かうが、その背中にヴィルヘイム王子が声をかけた。


「…アグリア姫は、怪我をしていなかったか」


 アランは思わず目を大きく開いて、猫のような金の瞳でヴィルヘイム王子を凝視した。


 ──こいつ、アグリアのことが好きなのか?


 聞いた話ではヴィルヘイム王子のほうからアグリアに婚約を申し込んだそうだが、アランはそれを、どうせレーランド家との繋がりが欲しいのだろうと思っていた。


「…無事だ。あいつはそんなに弱くない」


 ぶっきらぼうにそう答えれば、そうか、と小さな返事がした。


 あとはもう何も言わずに部屋を出る。


 ──信じちゃいけねぇ。


 カツカツとブーツの音を立てて廊下を急いだ。


 ──アグリアにとっての最善を選べ。


 そう唱えても、先ほど見たヴィルヘイム王子の顔が脳裏を離れない。


 ──アグリアを心配するふりしてるのかもしれねぇ。


 そうして自分を仲間に入れようとしているのかも。


 ──だが、だが、あれは。


 自分がアグリアの無事を伝えた時、ヴィルヘイム王子は。


 ──安堵するように、暖かい雰囲気を漂わせていた。


 仕事柄多くの人と会って、裏切り裏切られ、人の弱さを見て、人の汚さを見た。

 だからこそアランは分かってしまう。


 ──あれは、女に惚れている男の顔だ。


 果たしてアグリアがどこまでヴィルヘイム王子の想いを知っているのかは分からない。

 ただ、もしも本当にヴィルヘイム王子がアグリアに惚れていて、そして、アグリアのためなら世界も壊すというならば。


 実際にヴィルヘイム王子にはそれができる力がある以上、アランは、アグリアのために……。


 ──もしもの時のために、ヴィルヘイム王子を殺す覚悟をしておかなくちゃならねぇな。


 自室へ辿り着いたアランは、これから先の未来を思って深いため息をついた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら嬉しいです!

感想等お待ちしています。


他作品もぜひ!

六波羅朱雀をどうぞよろしくお願いします!

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