アランの報告
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後日。朝早くに目を覚ました私は、まだ少しだけ昨日の興奮が残っていた。
落ち着こうとメイドに紅茶を用意させ、ハーブの香りを堪能しながら口に含んだ、その時。
「入るぞ」
ノックも無しに声だけが聞こえた。
「どうぞ」
アランだ。疲れているのか、眠いのか。あるいはその両方か。金の目と口元はあくびと涙を堪えようと必死だ。ちょっとだらしない顔に見える。
「この間の件の報告だよ」
アランは一つの封筒のような物を見せた。
私はその場にいたメイドに目配せをする。すると優秀な彼女はお辞儀をして部屋を出た。
「私ももう王子の妻ですもの。他の男性と二人きりというのは良くないから、五分で話して」
「了解だ。ほんじゃまぁ、早速本題に入るが」
彼は封筒を開いて、中から取り出した手紙を私に渡した。
一行目には、『G.Mへ』と書かれている。
「これは?」
目線を手紙から外し、アランに問う。
「昨日の竜騒ぎについて調べたんだがな、最初に会場に農場で働く兵が助けを求めて来ただろ?」
そういえばそうだ。
一人の兵が『竜が来た』と言って、それで式を早く終わらせたのだった。
「そいつと、あと農場で働く奴らに話を聞いたんだが、竜に突破されるのは少なくともこの五十年は初めてなんだと。それだけ、農場の隣であり国境に位置するシーランド領地が竜を止めているわけだ。それがどうしてか、今回は簡単に突破された」
今頃、シーランド家のトップは国王に謝罪をするため馬車に乗ってこの宮殿へ向かっている頃だろう。あるいはもう着いたところか。
「普通は突破されないわね。白竜がいるとはいえ、二体だもの。シーランド領の兵士は皆、竜退治に長けているから、王都の軍人よりも経験があるはず」
「ああ、その通りだ。怪しいと思ってシーランド領に行ってみりゃあ、変なことがあったぜ」
アランがニタニタ笑ってそう言う。
「アイツら、兵士の誰も怪我をしてないんだ。おかしいだろ? 竜を止めようともしなかったわけだ。まあ、止める気がなかったっていうのが真実だろうな。けどよ、普通は頑張って戦いました〜っていう証拠のために一人二人は怪我しとくもんだけどな。そこがアイツらの頭の悪さだ」
ふむ。
「まさかそんなに早くシーランド領に来る奴がいるとは思わなかったんでしょうね。あるいは…」
私はそこで言葉を止めた。
誰かに聞かれるといけないと思ったからだ。例え、メイドたちであっても。
けれども、空間の認識に長けるアランは廊下にも天井にも誰も潜んでいないと分かっている。だから続きはアランが言った。言ってしまった。
「あるいは、王族がグルか」
シーランド家の長が竜の件で謝罪をし、竜を止めなかった理由を宮殿に話しに来る。
けれども、例えそれがどんなに現実味のない、『いや、嘘だろ』と突っ込みたくなるような物であったとしても、王がグルならば誰も文句を言えまい。
「近年では、レーランド家が王族よりも優秀になってしまっているから。王族から見れば、私たちの存在は邪魔になっているんでしょう」
私のような強い《聖女》は男である国王にとって邪魔だ。
さらに、レーランド家は正しさを好む。ダラダラと暇して女や酒に溺れ権力に浸っていたい王族とは相性が悪いのだ。
「それでシーランド領の兵士の部屋に侵入してみたんだが、出てきたのがその手紙だ」
差出人は分からないが、宛先人の頭文字だけは分かるわけだ。
「G.Mってのは、多分グラハム・マーガンのことだろうな。シーランド領の兵士のトップだ。まあ、確証はないから国王に訴えたって無意味だろうが」
「しかし、そうなると兵士たちはシーランド家の方針に納得しているわけね」
手紙には、『兵士たちに竜を素通りさせるように命じろ。地位の高いものには事情を話し、低い者には、白竜退治は不可能とし、不要な負傷者を控えるためだと言え』とある。
気になるのは、なぜ事前に白竜が来ると知っていたか、だ。
白竜は本来、自ら攻撃に来るものではないのに。
「もしかしたら、喧嘩を売ったのはシーランド家だったのかもな。白竜は攻撃されれば絶対に喰らいつくからよ。現時点でレーランド家がシーランド家を訴えれば逆効果だ。アグリアによるイジメってのがまた噂になる」
「ええ。それにしても、手紙を燃やさないっていうのは、あちらには頭の良い指導者がいないというわけね。アラン、引き続き調査をお願い」
「了解だ、人使いの荒いお嬢様」
五分ギリギリで話を終え、私は椅子から立ち上がり、アランは扉へ向かった。
手紙を厳重に隠すため、私だけが鍵の在処を知っている箱に入れようとした時、こちらに背中を向けてドアノブを握っていたアランが「そうだ」とわざとらしく話し出した。
「仕事中だから遠くからしか見えなかったが、ウェディングドレス、似合ってたぞ。結婚、おめでとう」
アランの耳は少しばかり赤くなっている。
昔から知っている私の結婚を祝うのが恥ずかしかったのだろう。
「ありがとう、アラン」
私は彼の不器用さが微笑ましくなって、笑顔でそう答えた。
「相手の王子、なかなかハンサムじゃねぇか。身体も鍛えてるみてぇだし、実際強い。軍人のトップってのは、肩書きだけじゃねえみたいだな」
「ヴィルヘイム王子がいなければ、被害はもっと大きくなっていたでしょうね」
「……これから、ガラティス様の命令でヴィルヘイム王子に挨拶に行く」
「お父様の命令で?」
アランから滲み出るオーラが、急に硬くなった。こうなるのは彼が真剣になっている時だけだ。命を賭けて、未来を見据える時だけ。
「ああ。オレは仕事柄、お前と二人になることもあるからな。潔白な関係だって言いたいのもあるんだろう。レーランド家としては、オーランド帝国とは親睦を深めたい」
「…気をつけて」
ヴィルヘイム王子は悪い人ではないが、オーランド帝国を一番に考えているのも確かだ。
「お前もな、アグリア。もしかしたらあっちからも誰か挨拶に来るかもしれねぇ」
「そうね……アラン、挨拶が終わったら今日はもうゆっくりしなさい。昨日は式にも参加して、さらには一日足らずでシーランド領と農場も見てきたんでしょう? 疲れすぎているわ。明日の朝まで休みなさい」
「はは、昼間から寝れるとはありがたいな。そんじゃ、早いところ挨拶終わらせてくる」
そう言うと、アランはいつものようにチャラい雰囲気を醸し出して帰っていった。
私は今度こそ手に持った手紙を宝石のついた箱にしまい、鍵をかける。
「さて、アランの言う通り、あちらからも誰か訪問しにくるかもしれないわね」
そうなればきちんとしたドレスに着替えなければ。
ネグリジェでないとはいえ、今着ているのは私服のような物だ。
私は残っていた紅茶を飲み干して、メイドを呼んだ。
「紅茶、冷めすぎていたわね」
もっと早く飲むべきあった。
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