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灰色の姫

ぜひ最後まで読んでください!


 残る白竜はあと一匹。

 近衛兵が翼竜に対応し、他の兵士も含めた両国の軍人が民を非難誘導しているものの、すでに街は三分の一が崩壊。

 翼竜の大きな翼が、人々が築き上げた伝統の街並みと幸福で溢れるはずだった今日を簡単に壊していく。


 その様が、醜い。


 ──死になさい。


 心の奥で毒を吐いて、前に突き出した手をぎゅっと強く握る。

 その途端強まった火力が白竜を包み込んだ。


 神話のようだと言うには生々しく、魔法のようだと言うには荒々しい光景。

 やがて何処からともなく現れた(いばら)が、白竜の全ての脚を掴んで離さない。


 ──燃えろ、燃えろ、もっと熱く。


 やがて、ヴィルヘイム王子がやったのと同じように、白竜はあまりの熱に耐えきれず、灰になろうとし始めた。

 白銀の羽は赤く渦巻き、地獄から這い上がる罪人のような雄叫びだけが辺りに轟く。


 ──ギィエエエエエエエエァアエエエえぇあぁぁぁ…


 そしてついに、白竜は死んだ。

 地面に向けて墜落し、その途中で炭となった。皮肉にもその炭は突如吹いた大きな風によって、数多の貴族たちが避難したクリスティア宮殿に舞い落ちた。


 もちろん、宮殿の前に立っていた私の元にも灰は平等に降り注ぐ。

 純潔を示すように真白であったウエディングドレスは、灰によって染まりゆく。いくらその竜の姿の通り、白い灰を被ったとはいえ、あまりの量に私の姿は灰色になっていく。


 その場の全ての人が、煤に塗れた姫の姿を、悪魔を見るような目で見ていた。


 ──《聖女》とは、こんなにも禍々しいものだったのか。


 誰もがそう思っているのが瞳から伝わってきた。


 魔女のように笑う私の隣で、ヴィルヘイム王子が満足そうな顔で立っていた。

 強さこそが美しさだと考える軍事国家オーランドの王子から見れば、妻となる姫君が自ら戦っている姿は誇らしいのだろうか。

 我がアストレア国民は、それを野蛮と呼ぶのだろうけれど。



□■□■□



 灰が振るその光景を宮殿内の窓から見ていたクレア・シーランドは、内心舌打ちをしていた。


「大丈夫かい?」


 兵士たちの報告を受け終わり、隣に戻ってきたレオハルトがそう聞けば、クレアはすぐにか弱い少女のような笑みを浮かべて「大丈夫です」と言った。

 このような緊急事態にも微笑んでいるクレアを見て、なんと強い人なのだろう、周りの者を不安にさせないようにしているのか、だなんてレオハルトは思っていた。


「アグリアと婚約を破棄して、本当によかった」


 特に考えなしにレオハルトがそう零した。

 その途端、クレアはあからさまには機嫌が悪くなった。

 すぐに表情を戻しても、レオハルトがその顔を見た後だった。

 けれど、問題はない。


「ごめん」


 レオハルトは、アグリアがクレアを虐めていたと思っているのだから。

 アグリアの名前を出したのは良くなかったと、自ら謝った。クレアとしては単純に、アグリアの名を聞いて、自分よりも強い《聖女》であるという事実を今しがた突きつけられたせいで機嫌が悪くなっただけだったのだが。


 ──本当に、馬鹿な王子。


 そう思っても、口にはやっぱり出しはしない。


「大丈夫ですよ。気にしないでください」


 健気に笑うその姿に、近くに座っていたグレアム国王陛下さえも騙されるのだった。



□■□■□



 広場では、二匹の白竜が倒されたことで翼竜は統率を取れなくなっていた。

 そうなればもうこちらのものだ。

 オーランド帝国リアム国王陛下の近衛兵たちが、街で暴れる翼竜をすぐさま退治した。やがて家々から煙が上がったものの、街での死者はゼロという奇跡的な成果を上げた。


 ──やはり、軍事国家の近衛兵は我が国の兵士とは違う。


 その場の判断の速さ、臨機応変に武器や兵士の並びを変えること、指導者の頭の良さ、武器の使い方。

 そのどれを取ってもオーランド帝国には敵わないということがよく分かる。


 ──戦争になれば、確実にアストレア王国は敗北する。


 その事実に王族が気がつくには、まだ時間がかかるだろうけれど。


 人々が自分は生き残ったのだと安堵を感じる中で、ヴィルヘイム王子が一歩前へ出て剣を天高く掲げ叫んだ。


「我が婚姻の儀は、忌々しき竜によって混乱に陥った! しかし、我が剣と我が妻、そして両国の兵士の強さによって、最悪の事態は免れたのである! 皆、恐れることは何もない! 婚姻の儀は、奇跡ではなく、我らの強さによる必然の結果で終えたのだから!」


 その言葉に、人々は心を打たれた。

 けれども私だけが、そこに込められた皮肉のようなメッセージに気がついていた。

 我が剣と我が妻、そして両国の兵士。

 その言葉に、私たち二人を除く貴族や王族は含まれていないということを。

 真っ先に逃げた我が国の国王たちは、強くないのだと言っているのだ。

 オーランド帝国の王族を含めなかったのは純粋に、どちらか片方の王族のみを讃えれば一部の人間に批判されるからという理由と、オーランド帝国はあくまでこの会場に招かれた側だからという理由だろう。


 リアム国王陛下が近衛兵を貸し出し、そしてグレアム国民陛下が宮殿内へ逃げたという話はきっとすぐに市民の間に出回る。

 街で救助された人はオーランド帝国の近衛兵に感謝し、その恩を一生忘れることなく子どもたちに語るだろう。


 ──オーランド帝国は、恩を売るのが上手いわね。


 戦争になった時、我が国民の者たちは、『オーランド帝国には恩がある。戦いたくない』と言い出すかもしれない。


 ──ねぇ、クレア・シーランド。


 私たち二人は安全確認のため、兵士によって宮殿へと連れて行かれた。

 そうして、奇跡のような『必然』を残してアストレア王国での結婚式は終わりを告げる。


 ──いつか、未来で、貴女が王妃になるアストレア王国と、私が王妃になるオーランド帝国は、戦争をするかしら?


 家へ帰る国民たちは、夕日に照らされた街を見る。

 兵士によって瓦礫が片付けられ、燃え盛る場所は消火された。

 そうして少しずつ興奮した心は落ち着きを取り戻し始めて、夕飯を食べる頃にはただただ今日のことを家族と語り合っている。


 ──もしもそうなったら、確実に私が勝つわ。『必然』ですもの。そしたら貴女、泣くかしら?


 オーランド帝国へ行くのは予定よりも二日遅らせることとなった。いつまた竜が出現するか分からないからだ。

 私とヴィルヘイム王子は、クリスティア宮殿に泊まることとなった。


 ──私がアストレア王国の王妃だったら、戦争に負けることはないでしょうにね。


 そもそも国民の前で《聖女》の力が使われること自体が珍しいのに、棘と炎を最大の強さではないにせよ思う存分披露したのだから、これから一ヶ月はアストレア王国はこの話題で持ちきりだろう。


 それに、国民がいることや宮殿があることを考えて力を制御した状態であの強さならば……。

 もしも戦場で、何もかもを焼いていい状況で《聖女》の力を使ったなら、私はどうなるのか。


 考えれば考えるほど心臓がやけに高鳴って、この日はベッドに入っても、あまり、眠れなかった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら嬉しいです!

感想等お待ちしています。


他作品もぜひ!

六波羅朱雀をどうぞよろしくお願いします!

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