咲き誇れ
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グレアム国王陛下ならば逃げた。
父をはじめとする親族、その他の貴族や王族はバルハント神父が宮殿に避難誘導してくれている。
国民は指示を守って、敷地を出ていないようだ。
あとは街にどれだけの被害があるか気になるが、なるべく早く倒すに越したことはない。
「父上」
隣で剣から伸びる炎を操りながら、ヴィルヘイム王子が近くに寄ってきた男性にそう言った。
いわゆる貴族、王族といった黄金の服装を纏う我が国の国王とは違い、オーランド帝国の軍服を少しばかり王族用にした、とでもいうような服装の男性だ。
「我が近衛兵を街に出したゆえ、街のことは気にせずやりなさい」
低い声で相手がそう返す。
その正体は誰が見ても明白である。
なぜならば、男性がリアム国王陛下だからだ。彼自身がヴィルヘイム王子に匹敵するほど強い《魔王》であるから、近衛兵は必要なかったのだろう。
城に逃げた我が国の国王とは大違いだ。
「翼竜は近衛兵に任せよ」
時に、この世界には魔弾と呼ばれし銃弾がある。
《聖女》や《魔王》といった存在が強すぎるゆえ、あまり兵士の武器が発達していない中、魔弾だけは昔から存在している。
所有できるのは近衛兵だけだ。
《聖女》と《魔王》という、一般的には異能と呼ばれる力が生まれた頃、同時に生まれたのが魔弾である。
なんてことはない銃弾に、異能の力を込めたものだ。そうすれば銃弾は二倍三倍の威力を得るうえ、異能の属性を引き継ぐ。たとえば、私が力を込めれば、その銃弾は放たれると共に炎を纏う。
近衛兵になれるのは、異能の持ち主に信頼されているごく一部の軍人だけ。
そして、魔弾を悪用すれば一族全員が処刑される。それくらい責任重大な物なのだ。
ちなみに、私の力を込めた魔弾を所有するのは王族でいう近衛兵に当たるポジションのアランだけだ。
「感謝します、父上」
暴れる白竜を炎で制しながら、ヴィルヘイム王子がリアム国王にそう礼を言う。
──国王の魔弾を持つ近衛兵が翼竜を抑えてくれるなら、最強の支援だわ…!
「ありがとうございます、リアム国王陛下」
私は丁寧にドレスの前で手を揃え優雅にお辞儀して彼にそう告げた。
──この方が我が国の王だったなら、どれだけ心強いことか。
口に出せばグレアム陛下に処刑されかねない気持ちだが、そう思わずにはいられない。
「ヴィルヘイム王子、私がもう一体の白竜を抑えます」
リアム国王陛下は我が国の軍人に言われて、城の中へ去って行った。
彼に何かあったら大問題どころではないのだ。確実に戦争になる。
ヴィルヘイム王子は私の言葉に頷いた。
私は目の前を見据え、手を前に突き出した。
遠くに見える王都を、翼竜が飛び回って荒らしている。
幸い最も位の低い竜である翼竜は炎を吐けない。その翼で破壊して回るだけだ。それでも国民は泣き叫び、逃げ惑っている。甲高い悲鳴があちらこちらから聞こえて、耳を塞ぎたくなる。
──幸せな、結婚式のはずだったのにね。
紅蓮の魔王と薔薇姫様の結婚式には確かに相応しい、地獄のような阿鼻叫喚の式になってしまった。
目の前の光景から目を逸らしたくなるのを堪えて、そっと呟く。
「咲き誇れ、火炎」
その途端、手から溢れ出した炎が花弁のような赤を散らして白竜に向かった。
同時に、もう一つの力を使う。棘だ。
今日だけ特別に解放されているため開け放たれたままの城門を目指して、地を這うようにそっと伸び始めた棘はすぐに辿り着くと、門を固く塞いだ。
幾十もの棘が壁となり、翼竜が敷地に入ろうとするのを防ぐ。
薔薇の炎は白竜の手足を捕らえた。
暴れ回って抵抗する白竜は、あまりにも美しい銀の翼で抵抗する。
口を開き、咆哮を一つ。
──ぐぁぁぁぁああああラああらアァ!!!!
力強い叫びを上げるその口の奥に力が込められていく。火を吐きたがっているのだ。だが、そうするであろうと予測していて許す私ではない。
その口に薔薇を一つ、咲かせてやる。
その言葉の通り、炎でできた薔薇だ。
熱く熱く、灼熱に燃える花。
その光景を見た国民は、恐ろしき白竜の口から陽炎で目が眩むような赤い薔薇が咲いたと驚いた。
けれどそれは確かに、私の炎が薔薇の形を形成しただけなのだ。
──ぐあ、あ、あ、あ、ああ、あ…!
口を開きたくても上手く開かず、声は薔薇に焼かれくぐもってしまい、さらには吐こうとした白く凍てつく炎は圧倒的な《聖女》の熱量の前に溶けてしまう。
この土地に、温くて冷たい、なんとも言い難い空気が広がった。
少し視線を逸らしてもう一体の白竜を見れば、ちょうど良いところだった。
──ヴィルヘイム王子が、白竜を倒したのだ。
最後まで何もできずに喘いだだけの白竜は、少しばかり哀れに見えた。
彼はといえば、白竜の炎よりも冷たい視線を己が倒した竜の亡骸に注いでいた。
血を垂らすでもなく、炎で焼かれた白竜は、天空からの墜落を始め、地面に真っ逆さま。そのままでは下にいる街の者が危ないのは誰が見ても明白だった。
だが、その不安は杞憂となった。
火力を強めたヴィルヘイム王子は、そのまま白竜を焦がし尽くし、灰としたのだ。
普通、灰やら炭やらといった物は人間には悪だ。しかし竜は神秘的な生き物。よって竜の灰は人間の肺には無害である。そうして無事に一体が崩れた。
白竜に従ってここまで来ていた翼竜の統率が、少しだけ崩れる。白竜が一体死んだことで命令が行き届かなくなったのだろう。
翼竜は生き残るために、今そばにいる自分よりも強い竜に従う傾向がある。だからその立場の竜が死んでしまったら、翼竜にとっての王はいなくなるのだ。
死してなお王を敬愛するなんて、人間くらいだろう。
──さて、私もそろそろ倒さなくちゃ。
翼竜のせいで壊れた街に、白い灰が降り注ぐ。
必死に市民の救助と翼竜への抵抗を行う近衛兵が見える。
赤い薔薇は咲き誇ったまま、白竜の炎を溶かし続けている。
──よく見てなさい、クレア・シーランド。
「貴女の計画は、私が焼き尽くすわ」
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