炎の剣
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眉間を貫かれてなお、白竜は死なない。
けれど炎を吐くことを止められただけでも良かった。
隣でヴィルヘイム王子が剣を抜いている。
軍人として所持し、戦争でも使う正式な剣だ。不要な物の全てを取り外した、刀とも呼べる剣。黒い握り手を掴んだヴィルヘイム王子は銀に光り輝くその鋭い切っ先を迷いなく、眉間を貫かれた白竜へ向ける。
ここから白竜までの距離は結構ある。私の炎は弓矢となって飛ぶことができるが、果たして剣で遠距離攻撃などできるものなのだろうか。
《聖女》と《魔王》。
この二つの力が生まれたきっかけである戦争以来、国民の前でこの力が振るわれたことはない。
故に私が放った炎の矢を国民は奇跡でも見るかのようにぼうっと立ち尽くして眺めている。
私自身自分の力の限界は知らないし、《魔王》の力も良くは知らない。
《魔王》の力は炎を操ることだ。それはいつの時代も変わることなく初代から受け継がれている。
対して《聖女》の力は不安定だ。
血筋が初代の王妃に近いほど強くなるのは分かっているが、私が炎を弓矢として飛ばすのに対し、水を飛ばす者もいる。
実際貴族の娘であるはずのクレア・シーランドは国民たちと同じように驚いている。
私が炎の使い手であり、的確に、さらに三代貴族としての威力も誇っていることを知らなかったのだろう。
噂では彼女は水の使い手だった気がする。
──まあ、炎と水では水が有利とはいえ、私の威力では水の方が先に蒸発するでしょうけれど。
さらには、私が出来ることは炎を飛ばすことだけに留まらない。
棘を生み出せるのだ。
こちらは炎ほどの威力ではないが、表向きには私は棘の使い手として名高い。炎を人に見せるのは火事などのリスクがあるから、小さい頃から何か一芸を見せなければならない場では棘を操って見せたのだ。
そういうこともあって薔薇姫様でもある。
さて、ヴィルヘイム王子の剣は何が出来るのか。
オーランド帝国軍隊トップなのだから、地位だけの見せかけの存在でないことは確かだ。
王子が軍を率いて戦場へ向かうなんてことは滅多にないから。
「バルハント神父、貴族の方々を城の中へ避難させてください」
突如現れた竜に驚いていたバルハントにそう命じれば、彼はすぐに気を取り直して来賓席へ向かった。
──あ。
彼の姿を目で追っていけば、クレア・シーランドの隣に立つ男に気がついた。レオハルト殿下だ。王族の席は別の場所だというのに、わざわざクレアを心配して来賓席まで来たのだろう。
──そうだ、妹はどこに……。
二人いる妹のうち、十六歳のミレイアはアストレア王国第四王子のレイ王子と結婚している。
──王家の席にいるのかな…。
もう一人の妹カレンはすぐに見つけられた。
来賓席の一列目、一番端に座っていた。
まだ十四歳というあどけなさの残る性格もあって、ただでさえ緊張する結婚式での緊急事態にどうすればいいかと淡いピンクのドレスの裾を握りしめていた。
──ミレイア、どこ?
来賓席にはすでにアストレア王国の兵士たちが向かっている。
大抵のことは彼らでなんとかなるだろう。
視線を彷徨わせて、辺りを見回す。
──あ、いたわ!
王家の席の二列目だった。
最前列はもちろん、我が国の王族とオーランド帝国の王族だ。
花に囲まれたその場所で、妹は手を上品に膝に乗せたまま、ポーカーフェイスを保っていた。結婚して王族の一員になった彼女に相応しいピンクコスモスの色のドレスを身につけて、顔には控えめな化粧を施している。
隣には正装を着た夫レイが座っている。レイ王子と私は同じ十七歳だが、彼は私とは違う度胸を持っているように見える。第四王子という立場は、相当なことがない限り王位が回ってこない。
むしろどの兄を応援するかで未来が決まるのだ。
──良かった、近衛兵がいる。
彼らには王族直属の人間が警備に当たっているようだ。
さて、ここからどうするかだけど……。
ちらり、と隣を見れば、ヴィルヘイム王子が口を開いていた。
彼の力がどんなモノか、この一度で見極めなければ。
《聖女》と《魔王》が共闘するなんて、歴史上いくら探してもこの一度きりだろうから、二つの力の相性は果たしていいものなのか分からない。
「……」
無言を終えて、ヴィルヘイム王子が目を閉じた。
「喰らい尽くせ、紅蓮」
私と似たような必殺技みたいな言葉を吐いた。
その途端、彼の剣は炎に呑まれた。
神話で神が使う剣のように、赤く赤く、強く燃える剣。
──私の炎とは、違う。
私の炎が薔薇をモチーフとした美しさならば、彼の炎は…。
剣の炎が最も濃くなった時、その先から竜が生まれた。剣と繋がったまま、竜は白竜を目指して飛んでいく。細い尾のような繋がりだけが、それが本物の赤竜でないのだと教えてくれた。
彼の炎は、竜のような狡猾さを持っている。
口を開いたその竜は、ついに白竜の場所まで届いた。大きな口を開き、白竜の喉元に噛み付く。
──ぎぇぇえええええっえええええ
この世のものとは思えない咆哮を上げた白竜は、なんとかして赤い竜を止めようと必死に噛み付き返す。けれども炎でできた竜を食い破ることなど不可能だ。あれが水を操る蒼竜でなかったのも幸いした。
この場でコントロールのできる炎は、最強だ。
──この戦、私たちなら、勝てる。
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