故郷への帰還
用事がありまして投稿があまりできませんでしたすみません。
記念すべき第100話目!こんなにも長編になるとは!
皆様のおかげでこれからも書き続けられます!
アグリアの気の強さを再認識できる回です!
次回からまたストーリーが進み、そのままこの世界の分岐点と言うべき出来事が起こりますのでこれからの展開に期待を!
さすがのアストレア王国も、すぐに結婚式を執り行うことはしなかった。どうせ私たちに反発して周りから批判されているのに結婚を公表したんだろう。国王も息子に言われたらいいよって頷きそうだし。結婚式は約一ヶ月後の12月1日とのこと。一ヶ月もあればオーランド帝国の復興をだいぶ進められることを考えれば、好都合だった。式には私とヴィルヘイム王子、そして国王と王妃が参加となる。他の王族は帝国に待機だ。
竜害からわずか数日でノストラダム宮殿はすっかり元通りにまで回復し、いつも通りの暮らしができるようになった。国民はまだ家が壊れているものも多いが、皆で団結することで食糧と仮の寝床の確保は出来ていた。国民も王族がアストレア王国の結婚式に行くことは賛成してくれていて、「こんな時に他国に媚び売るな!」みたいな意見は少ないらしい。むしろ「他国に弱っているところを見せるな!」とのこと。頼もしい民たちだ。
雨の影響でやや時間がかかったため五日間の旅をした。そうしてあと二日というところでアストレア王国内へと入国した私たちは、二十人の騎士を連れてクリスティア宮殿内部に泊まることとなった。久しぶりに見る故郷の国だけれど、溢れてくる思い出は特になかった。両親は忙しいみたいで結婚式当日の会食で会えるかどうか、グレアム国王とリアム国王は初日の今日から早速酒を交わして会食をするようだけれど私は五分ほどしか会っていない。あとはと言うと、宮殿内部へ案内してくれたのがアレク兄様だったくらいだ。とはいえ仕事中のアレク兄様と話すことはなかった。
「ふぅ……」
部屋へと入った私は旅の疲れを癒すべくソファに深々と座っていた。ちなみに、ギャングウルフも旅に同行している。私の乗る馬車の隣をのっそりと歩きながら付いて来ていたのだ。最初は国に置いていくつもりだったけれど、付いていくと言って聞かなかったのだ。なんでも騎士はそばにいてこそ騎士なんだとか。
ちなみに、あの後すぐギャングウルフに名を与えた。その名はロア。神話の物語の一つ、『ロアの天空塔』から取ったものだ。女神のそばに常にいる神話上の狼の名がロアなのだ。その狼は四つの尻尾と黄金の瞳を持つ真白の巨大な姿をしていたそうで、灰色狼のギャングウルフとは少し違う。が、まあ、《聖女》持ちの隣にいる狼にはロアという名が相応しいだろう。
『くぅん』
そんなロアは今私の隣で伏せをしている。体力のあるギャングウルフはそうそう疲れないが、雨に濡れたのは気分が下がることなのだろう。一応アランが大きなシルクのタオルで拭いてあげたから水分は取れたと思うけれど。
『コノ後ノ予定ハ?』
毛繕いを終えたロアがそう聞いた。カタコトな言葉遣いももう聞き慣れたものだ。
「今は両国王が会食をしているから、私たちは夕食まで暇ね」
外はもう夕方。沈み始めた太陽が王都を赤く照らしながら消えていく。夕食まであと三十分ほどだろう。
『……むふぅ』
時間まで少し眠る気になったのか、ロアは鼻息を立てると顔を伏せて目を閉じた。耳は立ったままだから何かあればすぐに飛び起きることだろう。
私もちょっと疲れたし、目を閉じた。竜害が落ち着いたとはいえ、まだ気にかかることは多い。精神的にも疲れていた。あれから、強大すぎる力が暴走したら困るから常に感情を抑えることを意識していたし、体に残る棘の紋様も落ち着いて薄くなって、ドレスを着ていれば見えないくらい小さくなったとはいえまだ分からないことが多い分、注意している。
思えば、この国の最後の思い出といえば、自分の結婚式だろうか。閉じ切った瞼の裏に、あの日の光景が色鮮やかに映る。白竜が飛んでくる結婚式場なんて、世界中探してもあの時だけだろう。
「そういえば、オーランド帝国ではなんであんなにも大きな竜害が起きたんだろう………」
目を開けて、上を見た。天井から吊るされたシャンデリアの光が想像以上に眩しくて、顔を顰める。手を挙げて光を遮ると、ようやく視界が楽になった。
「やっぱり、アストレア王国みたいに誰かが竜を誘き寄せたのかしら」
クレアの二番手みたいな人物がいるとすれば、やはり竜害の多い地域に住む貴族かしら。竜害の怖さを王族が知れば、各地への支援が増える。それは言葉で表すよりもずっとずっと大きな利益になるのだ。
例えば田舎の領地には農家が多い。竜害のせいで農業ができなくなればその土地は貧しくなり、飢饉が起きて餓死が増える。そうして翌年も生活が苦しくなり、人手が減ったせいで竜がいないにも関わらず仕事が捗らなくなる。食も人も仕事も、何もかもを失うのだ。あるいは竜害によって地形が変わったり、土砂災害や火事、洪水が起きて村が滅ぶときもある。
「何が正義とも言えないけれど、王族が死んでしまうと大変なのよねぇ」
恐怖を知ってもらいたいのは分かるけれど、王族の命と天秤をかけるべきではないと私は思う。王族一人一人の命には、国民の命が乗っているのだ。長男が欠けると次期国王の座を争うことが増えるし、現国王や王妃に何かあれば国が傾く。最悪、竜害の前に他国に攻め入られることになるのだ。
「難しいわね」
私みたいな強さを持つ者が各地域に一人ずついればいいと思うけれど、さすがにそれは無理があるだろうから仕方ない。
と、あれこれ考えているうちに時間になったようで、部屋の外からノックの音がした。セイラだ。ドアを開ければ正装である青のドレスを来た彼女が立っていた。私はそれに付いて行って、会場へと向かう。セイラの隣にはアランも立っていて、入れ替わるようにして私の部屋に入って行った。私が不在の間ロアの世話をするためだ。本来は令嬢、それも結婚している王女の部屋に男が入ることは良くないのだけれど、ロアの世話をメイドがするのは不可能だ。ヴィルヘイム王子が許可を出していることもあって、アランだけは許されている。
そうして久しぶりに宮殿内を歩き回り、進んでいく。ピンクコスモスを見るのは随分と久しぶりな気がした。薔薇姫様の私からすれば、オーランド帝国の国花であるブルーローズの方が安心感がある。
会場はいつもと同じ場所だった。すでに多くの貴族たちがいて、私が入るとチラチラとこちらを見て来た。
「竜害を止めたって…」
「知ってるわ、白竜と蒼竜、翼竜がいたそうよ」
「《聖女》持ちとしては素晴らしいけれど……」
「ここまでくると、ねぇ」
「化け物としか、言いようがないわよね」
こそこそとそんな声が聞こえてくる。相変わらず噂好きの暇なご婦人たちだ。大した異能を持たない、王族から遠い血筋の彼女たちは私みたいに目立つ者を嫌う。異能に理解があまりない。可愛い花を咲かせる便利な機能くらいにしか思っていないんだろう。とはいえもう少し上手く内緒話が出来ないものか。
「あ、こっちに来ているわ」
「派手なドレスね、下品だわ」
「王女になったから調子に乗っているのよ」
「さすが薔薇姫様は違うわね」
「「「ね〜」」」
頭が悪すぎてうんざりする内容を聞きながらも、挨拶をしないわけにもいかないから近づいてみる。
「私がどうかいたしました?」
あくまでも笑顔を顔に貼り付けたまま、怒っている風でもなくただ会話が聞こえたフリをしてそう声をかける。すると、相手の一人が気が強かったのか、あるいはみんなの心の声を代弁することで人気者になりたかったのか、はたまた馬鹿なのか。こう言った。
「さっすが薔薇姫様は派手な色のドレスだなぁと。わたしたちと違って王女になって、竜害を止めて。大層鼻が高くなっていらっしゃるのかしら? やっぱり、『私はみんなとは違う』と言いたいので?」
下級貴族に、たまにこういう人はいる。自分は貴族だからと民に権力を見せつけて、そして私みたいな一匹狼に喧嘩を売りにくる人が。要するに親に甘やかされて育った勘違い貴族様で、教育が行き届いてないのだ。
扇子の奥でニタニタとニヤつく笑みを浮かべているその女の名がなんなのかも知らない。ただ隣にいるのが中流貴族だからその取り巻きなのだろう。中流貴族の女も止めることなく眺めているだけだから、このメンバーは皆頭が悪いらしい。少なくとも、ギャングウルフとは比べ物にならない馬鹿。
「ええ、そうね」
だから私は平然とそう言い返した。いや、もはや言い返すにも当てはまらない。事実を返すのみだ。
「私は三大貴族の生まれで、強力な異能を持ち、オーランド帝国第一王子ヴィルヘイム様に嫁いだ。確かに貴方たちと比べてはならないわね」
黒の扇子を上品に持って、勝ち誇ったように笑うわけでもなく、変化のない笑みを貼り付けたまま言えば相手は瞼をピク付かせて言い返した。
「あらあらあら、薔薇姫様の性格はオーランド帝国へ行っても変化がないようで結構なことですわねぇ。けれどわたしはやはりヴィルヘイム王子よりもレオハルト殿下の方が好みだわぁ。……あのお方が薔薇姫様と結婚なさらなくて良かったわ、ほんと」
なるほど、レオハルト殿下のファンといったところか。確かに顔だけはいいものね。顔だけは。
「私もそう思うわ」
「は?」
思わず本音が漏れてしまった。うっかり。
「だって、私よりもクレア・シーランドの方がレオハルト殿下にはお似合いでしょう? それに私はヴィルヘイム王子が夫で良かったもの」
相手が嘘偽りのない私の言葉に呆気に取られていると、ようやく両国王陛下が姿を現した。その隣には噂をすればなんとやら、レオハルト殿下とクレアが並んでいる。いつの間にか会場へ来ていたヴィルヘイム王子が私のそばに寄って来て、並ぶ。目の前の貴族たちは初めて間近でヴィルヘイム王子を見たのか、そのハンサムな顔立ちに見惚れていた。
この貴族たちもそうだけれど、今日はなんだか普段よりもたくさんの貴族を呼んでいるらしい。結婚祝いだろうか。それにしても多すぎる。私が知らない人が多い。当主と長男だけでなく、第二、第三の娘や息子まで招待されているのだ。
──嫌な予感がするのは、気のせい?
でも、人が増えたところで何かを出来るものなのか。全力で言えば私とヴィルヘイム王子がいる時点でアストレア王国に勝ち目はない。では、一体。
私の考えすぎだろうか。悪い癖だ。ここには陛下がいる。それに、いくらなんでもレオハルト殿下とクレアの結婚祝いで不幸なことは起こさないだろう。
「アグリア姫、大丈夫か?」
上から視線を落とすヴィルヘイム王子がそう言った。
「ええ、平気ですわ」
この国ではロクなことが起きないなんて、いつもの事じゃないのよ。
第100話記念でここまでの面白さやキャラの良さをぜひ下の星⭐︎で現してみよう!なんつって。