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緑夜(ろくわ)

 僕の心は確信めいた何かを訴えていました。


「ごめん、人違いだったみたいだ……、君は……君は誰なの?」

 たまらず僕はそう尋ねていました。


 彼女は不思議そうに僕を見つめ、

「私はエリナ、あなたは?」

 リゼよりも厚みのない声で質問を返してきました。


 良く見ると彼女の肌はリゼよりも白く、どこか儚げで、やはり僕の知るリゼとは別人であることに疑いの余地はありません。


「僕はマキト……、君に良く似た人を探しているんだ。知らないかい?」

「ごめんなさい。分からない……」


 彼女は少し目を伏せて首を左右に小さく振りました。そして、彼女は動揺する僕に再び問います。


「あなたはお医者さんなの?」

「お医者さん?」

「だって、白衣を着ているじゃない?」

「違うよ。僕はリゼを探しているだけなんだ……」

「その人は、あなたにとって大切な人なの?」

「うん、とても愛しているんだ。誰よりも愛している」


 彼女はなぜか頬を紅く染めて僕から視線を逸らし、

「……私に似た人がこの病院にいるのか、看護師さんに訊いてみるね」

 声をうわずらせて、頻りに亜麻色の髪を指先に巻き付けていました。


「君はここで何をしてるの?」


 早くリゼを探さなきゃいけないのに、彼女にそう訊いたことを今でも不思議に思います。


 ですが、それはもはや運命だったのだと、今では確信しています。


「私は手術するの」

「手術? どこか悪いの?」

「……うん、心臓が悪いんだって」

「そうなんだ……」


「でも、手術すれば元気になれるって先生が言ってくれたんだよ」

 彼女は澄んだ笑顔を浮かべました。


 その笑顔はまるでリゼ本人のようでした。

 別人であることは確かだけど、とても他人とは思えませんでした。別人だけど他人ではないという奇妙な解が僕の中に渦巻いていました。


 しかし、この子は僕のことを知らない。それが、彼女がリゼではない何よりの証拠なのです。


「私のお父さんも私と同じような手術をしたのよ。だから手術なんかちっとも怖くないわ」


 彼女はどこか嬉しそうでした。父親から愛情を受けて育っているのだろうと僕は思いました。

 強がる彼女の姿が再び僕の心にリゼを思い起こさせます。


「……君のお父さんは、いつ手術したの?」


 その質問に至ったのは全くの偶然だと思います。なぜそう訊いたのかは今でも解りません。

 根拠のない漠然とした僕の問いに瞼を瞬かせた彼女は、「五年くらい前かな? 病気になったから臓器を新しくしたんだよ」と落ち着いた口調で言いました。


 彼女の言葉を聴いた僕の心臓は、激しく拍動し強く脈を打ちました。身体が揺れていると感じられるほど勢いよく、血液が全身を駆け巡っていたでしょう。その後、急激に血の気が引いていき、手足の指先から心臓に向かって冷えていくのが分かりました。


 呆然と立ち尽くす僕の頭の中で繰り返されたのは、半生で得てきた様々な言霊キーワードでした。


『神の使徒』

『天に召される』

『僕らの世界と神々の世界』

『僕らと使徒の関係』

『リゼとエリナの存在』

『五年前に天に召されたリゼの父親と五年前に手術をしたエリナの父親』

『臓器を新しくした』


 僕の中で皮肉にもそれらの単語の持つ意味が繋がってしまったのです。



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