第9話 再転生した厨二病男子は断れない〜後編〜
聖堂のステンドグラスから差し込む月光に照らされた彼女は、聖女の名に恥じぬ神々しさを纏っていた。
教会には来客用の応接室があり、光生くんと楠さんにはそこで待機してもらっている。状況が色々と混乱してしまったので、一度、彼女と2人で話たいという僕の申し出を、2人は何も言わずに了承してくれた。
「先ほどは、失礼しました」
「気にしないで。それにしても…本当に、マリアなの」
「はい。正真正銘マリアンヌ=セレナドです。リント=ネルフェス様と共に魔王討伐を志した、あのマリアです」
リント=ネルフェスは、前世での僕の本名。みんなからはリンネという愛称で呼ばれていて、実はイマファンのアカウント名もそれを流用している。
魔王討伐を志した、その言い方に少し違和感を感じたけど、僕は彼女に質問を続けた。
「それで、マリアはいつこの世界に来たの?僕と同じタイミングってわけじゃないよね」
「私がこちらへ来たのは20日程前でしょうか。リンネ様と違い、転生魔法を使ってこちらの世界に来ました。」
楠さんも、聖女様降臨の噂が流れ始めたのは最近だって言ってたし、時期は一致する。
それにしても、なぜ彼女はこの世界へやってきたのだろう。
「状況を教えてくれるかい?」
彼女は、優しく微笑みながら深く頷き、丁寧な口調で語り始めた。
「あの時、リンネ様と魔王の最後の一撃は拮抗していました。私は残りの魔力をリンネ様へ送ろうとしたのです。その直後、激しい閃光と衝撃が走り、気が付いたら私たちは、崩れ去った魔王城の跡地に倒れていました。そして、魔王とその配下のモノたちは居なくなっていました。」
少し重い口調から、おそらく魔王を仕留めきれなかったんだと察した。
「魔王の生死に関しては、分かりかねる状況です。ただ、あの戦いの後も各地の魔物たちの侵略の勢いは収まらないことを考慮すると、おそらく…」
僕は唇をかんだ。悔しさが体中に走る。
「私たちも一度、王国へ戻りました。あっ、安心してくださいね。剣聖アステルも賢者アギアニーも無事ですよ」
そうか。彼らも無事だったか。強ばっていた僕の表情の力が少し和らぐ。
「異変に気付いたのは、王国に戻って1週間が経ってリンネ様がお目覚めになられた時です。あっ。リンネ様というと話がややこしくなりますね。ここからは、彼のことを廻様とお呼びします」
それはそれでややこしいけど。その話を今出すと話の腰を折る気がしたので口にしなかった。
「最初は、リンネ様が戦いの後遺症から意識が錯乱されたのかと思ったのですが、廻様のお話を伺ううちに、そうでないことが分かりました。廻様は、私たちの住む世界エルグランシルではなく、別の異世界からリンネ様に転生されたこと、廻様も前世で激しい衝撃を受けたこと。そこから私たちはお二人の魂が入れ替わったのでは?という仮説を立てたのです。」
「そこで、僕が死んでしまった…とは思わなかったの?」
つい純粋な興味で質問する僕に、ムッとした表情を浮かべてマリアが答える。
「最初、リンネ様ではなく廻様だと知ったときは絶望しました…。それに先ほどリンネ様に実際お会いできるまでずっと…ずっと不安でした…」
「ご、ごめん…」
無粋な質問をしてしまった。そんなばつの悪さを察した彼女はニコリと笑みを浮かべて、再び語り始めた。
「ですが、王国魔道士の中に、転生魔法の言い伝えを知るものが現れたのです。魂と魂を入れ替える転生魔法のこと。存在すら夢物語でしたが、藁にもすがる想いで、王国中の魔道士総出で世界中を探しました。」
そして、その伝説を彼女は現実にした。
「探し出すのに4ヶ月、そして魔法の顕現にさらに2ヶ月。世界中の優秀な魔道士の叡智を結集させて、私はこの世界にやってきました。リンネ様の生存を確認する為、そして、リンネ様を元の世界へ連れ戻す為に」
「僕は元の世界に戻れるの!?」
気付けば彼女の表情は、少し険しいものに変わっていた。
「理論上では…可能です。ですが、完全な転生魔法を発動させる為には、いくつか厳しい条件を満たす必要があります。」
彼女の言い方が引っ掛かった。
「完全な?」
「そうです。リンネ様の時、そして私の時、2回とも不完全な条件で発動した為、生じる結果が術者の意図したものではなかったのです。結論だけお伝えすると、条件を満たせば、望んだ2名を入れ替えることが可能なのです。」
「その条件って?」
「転移先、双方で転移魔法陣と…魔力結晶が必要になります」
魔力結晶…そんなものがこの世界に存在するのか?
「この世界に転生してまだ日が浅いですが、この世界にも魔力の元になるマナは存在します。ですが、この世界のマナはエルグランシルと比べて遥かに少ないんです」
彼女がこの2週間程度で分析・検証を重ねて判明した、2つの世界における魔力に関する情報を伝えてくれた。
「魔力とは生まれ持ったものの他、生物の生命力であるマナを術式により魔力変換する方法があります。何らかの方法でこの世界の生物が死に絶えない程度の微力なマナを集積して結晶化させれば」
何だか、途方もないほどの莫大な年月がかかりそうな話だ。だが、おおよそ実現しない不可能にも思える所業を成し遂げなければならない理由があるのだろう。
「ひとつ、質問したいんだけど」
「なんでしょう?」
「僕がエルグランシルに戻る必要があるのって、魔王の生死が分からないからだよね?」
「そうです。魔王が生存している限り、唯一対抗できる存在であるリンネ様のお力が必要なのです」
「今、あっちの世界にいる廻くんの宿った僕では、ダメってことなのかな」
今の自分の名前を口にするのも違和感があるな。たった半年ではあるが、僕もこの世界に馴染み始めつつある。ひょっとすると彼も…
「リンネ様が転生して半年、色々お気付きになられていると思いますが、魂には個人の情報…つまり知識や経験や感覚、そう言った物は魂に準ずるのです。つまり…」
「中学生である彼だと、僕本来の力が発揮出来ない…ってわけか」
「その通りです」
「なるほど…色々教えてくれてありがとう。状況は大体掴めたよ」
口ではそう伝えたが、正直、色々整理する為には、もう少し時間が欲しい。目を背けてきた自分の置かれた状況を改めて正確に把握したことへの戸惑い、それに実現できるか定かではない、途方もない難題をいかに解決するか。そして何よりまず…
「この状況を、2人にどう説明したらいいものか」
−
「随分話し込んでるじゃん、あの2人」
「どうやら色々訳ありみたいだったからね」
「で?スメラギっちはどう思う?」
「というと?」
「そんなの決まってるじゃ〜ん。2人の関係だよ」
「女子は本当に好きだよね。その手の話(笑)」
と言っても、彼女の真意は別にあることは分かっている。普段、調子良い振る舞いで包み隠しているが、楠千鶴子はものすごく頭が切れる。不可解な光の柱の存在、マリアと名乗る少女の纏う説明し難いあの空気感…間違いなく、彼女の興味はそちらにあるはず。
「それにしても、ちょっと意外だったよ」
「な〜に〜が?」
応接室のソファに大きくもたれかかりながら、彼女は答える。
「楠さんのことだから、ここで大人しくするフリをして2人の話を盗み聞きしたがると思って」
勢いよく体を起こし、ニヤリと僕に挑発的な笑みを浮かべて彼女は答えた。
「スメラギっちもなかなか野暮な発想するねぇ」
「普段の君を見てたら、誰でもそう思うんじゃないかなぁ」
淡々とした口調で僕も応対する。
「そういうスメラギっちはそんな風に思ってないみたいだけど」
「高く買い被って貰えて光栄だね」
「スメラギっちこそ、普段、他人に無関心なのに、珍しく興味津々な顔、してるよねぇ」
「ひどいなぁ、まるで僕が普段は人でなしみたいに聞こえるよ」
「ま、それはお互い様ということで」
こう言った腹の探り合い、嫌いじゃない。
「まぁ、今回はちょ〜っと事情の込み入り方が私の手には余りそうだからねぇ」
そう言って彼女は不敵に笑う。面倒ごとには巻き込まれたくない、ってところかな。
「それで、どうするのさ。スメラギっち」
「どうもしないかな。僕らは、廻くんの言うことを素直に受け入れれば良いと思うよ」
「ま、そりゃ同感かな」
本心を隠して、そう即答する彼女には、やはり油断ならない存在であることを感じさせた。
−
あれから3日が経った。
あの後、光生くんが呼んでくれた迎えの車中で、2人にこう説明した。
彼女の名前は神林真理亜。ゲームでのフレンドで、彼女には僕の身体的特徴を以前、話したことがあり、あまりにも想像通りで感極まったそうだと。
あの光に関しては、礼拝時の儀式に使う一種の仕掛けだそうで、魔法陣の書かれた布を、地面に埋め込まれたライトを使って下から照らす、そういう仕組みだと。その仕掛けの動作チェックをしていた時に、たまたま僕らが出くわした…
こんな苦しすぎる僕の言い訳を、意外にも2人はすんなりと受け入れてくれた。
「あ〜あ、私も会ってみたかったなぁ。噂の聖女様」
「ミキ姫があの場にいたら、軽く修羅場だったかもねぇ」
「どういうこと?」
不思議そうな表情を浮かべる天崎さんに、ニヤニヤと含み笑いを向ける楠さん。
昼休みの平和な時間。僕は今後のことを考えながら、途方に暮れていた。
「だったら今週の日曜日、彼女に会いに行ってみる?」
「え?」
突然光生くんが口にしたその言葉に、僕らは口を揃えて聞き返した。
「と言っても、神林さんに会うのはついでになるけどね。廻くんと楠さんに、ちょっと見せたいものがあるんだ」
そう話す光生くんの口調は、いつもより少し、得意げな含みを感じさせた。