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第8話 再転生した厨二病男子は断れない〜中編〜


「…ぐるくん、廻くん」


ハッ!


「大丈夫かい?」

「あっ、うん。もう平気。ありがと」

「にしても…まさかバスだとこんなに時間がかかるなんてさぁ…」


流石の楠さんも、1時間以上、この左右にうねり続ける山道に揺られて体力を削られたようだ。まぁ、そういう僕は、早々に車酔いしてしまい、気付けば眠ってしまっていたようだ。


「こんなことなら家の車が出せればよかったんだけどね。あいにく今日は全車出払ってて」

「それはそれで気を遣っちゃうから大丈夫だよ」

「そうそう、高級車の中じゃあ、メグルっちが気軽にゲロれないもんねぇ」

「いや、今日も吐いてないから!」


―え〜、次は、幻ヶ峰(まぼろがみね)登山口〜、幻ヶ峰(まぼろがみね)登山口〜


「ようやく着いた〜!んにゃあ!」


扉が開くや否や、外に飛び出す楠さん。


「ちょっと!楠さん!お金!」

「大丈夫。僕が払っといたから」


こういうさりげない所も光生くんがモテる所以なんだろうなぁ…


「そうそう、メグルっちも見習いなよ〜」

「ちょ、僕の思考を勝手に予想しないで!」

「いや〜、恋する乙女のような眼差しでスメラギっちを見てたからさぁ。お姉さん、そっち系の話も嫌いじゃないよ♪」

「そっちってどっちだよ!」

「はいはい、2人とも。時間も遅くなってきたし、チャッチャと行こうか」


そう言って光生くんは僕らに懐中電灯を渡してくれた。


「ここからの道は、街灯が全くないみたいだからね」


そう言ってライトを登山口と書かれた看板の方へ向ける。


「ゔっ、マジかぁ。これは予想外だわ」

「ここからは歩きなの?」

「そうだよ。調べた所、ここから山道を登って20分って書いてたかなぁ。

「え〜、そんなにかかるの〜」

「こういう情報ってサバを読みがちだから、実際は30分位かかるかもねぇ」


そして、僕らは真っ暗な登山口へ足を踏み入れた。




「メグルっちぃ、怖〜い!」

「楠さん、そういうセリフは笑顔で言っても説得力ないんだけど」

「だって退屈じゃ〜ん。そりゃメグルっちをからかいでもしないと間が持たないよ〜」


登山開始15分。僕らの周り以外は、本当にただ暗闇が続く道を、ひたすら登り続けている。獣道に近いその道が整備されていないのは、ちょっとした修練の為らしい、と光生くんが教えてくれた。

鬱蒼(うっそう)と生茂る木々に隙間は見られず、森一帯が完全なる暗闇に覆われている。約10メートル間隔で設置された、灯りの消えた石灰製の灯籠だけが、この道が教会への順路であることを示してくれている。


「それにしても、ちょっと意外だねぇ」

「何が?」

「いや、メグルっちならもっと震えながら歩きそうだな、って」

「まぁ、慣れてるからねぇ」

「ん?慣れてる?」

「え、いや、あの、家でゲームする時、部屋の電気消してやってるからさ!暗闇には慣れてるっていうか、ははは」

「ゲーム会社としては、部屋は明るく健全な楽しみ方をお願いしたい所だけどね」


そう。僕はこういう暗闇の森の類には慣れていた。それに、この森の闇は、どこかあの森を彷彿とさせる。魔王城へ続くあの瘴気の森を。森全体を覆う瘴気とモンスターどもの不気味な奇声こそ聞こえないが、一度迷い込んだら二度と戻ってこられないような、深淵への誘惑。風が揺らす草木の音、時折聞こえる羽虫の羽音が不安心を煽る演出を担っている。


「光の柱、かぁ」


僕の脳裏にふと、魔王との最後の瞬間がよぎる。魔王の背後で輝く、光の柱。

そう言えば、あの後一体どうなったんだ?


そう思った瞬間、僕の背筋は凍りつく。なんでこんな大事なこと、今まで考えなかったんだ!

今の生活に馴染むことに頭がいっぱいで、最も重大な結果のことを思考することを僕は怠っていた。


あの後…魔王は倒せたのか?


「着いたー!」


楠さんの歓喜の叫びが、そんな僕の思考を遮った。


「しっ、楠さん。誰かいたら、まずいから静かに」

「ごめんごめん、つい」


小声で光生くんに返事する楠さん。だけど、彼女が思わず叫んでしまった気持ちも分かる。


僕らの目の前には、想像よりもずっと大きくて立派な、年代物の西洋風教会がそびえ立っていた。教会の周りだけ切り開かれており、まるで暗闇の修練を終えた信者を祝福するかの如く、月と星々の光が降り注がれていた。

その美しい光景に、前世の世界へ戻ったのでは、と錯覚しそうになる。


「さて、どこから調査を開始しますかねぇ」


ここに辿り着くまでの苦行でストレスが溜まり切った楠さんの目は、ヤル気に満ちているみたいだ。月の光がメガネに反射して、不気味に光る。


「教会内は、万一、人が居るとまずいし、とりあえず、周辺を探ってみようか」



教会の幅は約20㎡位。その脇には幅2m程度の石畳が教会を囲っている。石畳と森の境界は高さ1.5mほどの木板の柵で覆われていて、足元こそ石畳のお陰で足音が目立たないまでも、柵を越えて敷地に浸食しようとする枝に注意を払いながら、僕らは教会の外周を一周することにした。


どうせ、大した発見はないだろう、と内心僕はたかを括っていた。だけど、その予想はいとも容易く裏切られた。

僕らの先陣を切っていた楠さんが、教会の裏手をじっと見つめながら固まっている。ライトの光はある一点から全く動かない。

続いて僕らもその光が照らす先に視線を向ける。


「これは…」

「魔法陣…だね」


教会の裏手には、10㎡ほどの庭があった。そしてその中心に、直径5mほどの石灰で書かれたであろう魔法陣が描かれていた。

隣で楠さんが、歓喜の声を挙げそうになるのを必死に堪えて身震いしていた。普段冷静な光生くんですら、月光に照らされたその表情に戸惑いを浮かべていた。

今にも駆け寄りそうな楠さんを、咄嗟に僕は腕を掴んで止めた。と同時に2人にライトを消すよう促した。


「ちょっ、メグルっち。なんで止めるの!」


小声で楠さんが糾弾する。


「待って、楠さん、あれを見て」


教会の裏側は勝手口のような裏口と、全面ガラス張りの窓で仕切られた廊下が見えた。


「なるほど、ね」


瞬時に光生くんは察してくれた。不服そうな膨れっ面を浮かべた楠さんも理解してくれたようだ。

あれだけ大きな窓だと、こちらから見えない廊下の先まで光が漏れる。万一、人がいれば、こちらの存在が容易に勘付かれる。僕らは一度、正門へ戻ることにした。


「さぁて、どうしたものかねぇ」


まるで財宝を前にした海賊のように、腕組みをした楠さんが下舐めずりをする。


「まぁ、日を改めて明るい時間に来るのが妥当だろうね。夕暮れ時ならこの辺だと十分明かりもあるだろうし。とりあえず収穫もあったわけだし」

「な〜に悠長なこと言ってんのスメラギっち!その時には魔法陣が消されてたらどうするのさ!」

「ちょ、楠さん声が大きいって」


そんな押し問答に決着をつけたのは、一つの物音だった。


−バタン


先ほど、僕らが警戒した勝手口のドアが閉まる音が微かに聞こえた。僕ら3人はその場で身動きを止め、息を殺す。そして、ゆっくりと山道の方へ後退りする。流石に2人の表情から余裕のなさが汲み取れた。僕らはそのまま、教会には背を向けず、後ろ足で足元の安全を探りながら、忍び足でその場を去ろうとする。



後、数歩で再び闇夜の森へ身をくらますことができそうな瞬間、再び僕らは足を止めた。


目の前に突然、光の柱が現れたのだ。


「…」


光生くんは唖然としていたが、楠さんは目を燦々(さんさん)と輝かせていた。目の前の神秘的な光景。普通、こんなものを目の当たりにしたらこうなると思う。

だけど、僕はそうじゃなかった。僕には見覚えがある。この光の感じ、懐かしい、暖かい光…


−バキッ



すぐさま光の柱が消える。

どうやら、楠さんがしでかしたようだ。普段、狡猾冷静な楠さんですら、目の前の非現実に興奮を抑えきれず、地団駄を踏んだ勢いで、足元の枝をへし折ったようだ。それほどまでに、楠さんは好奇心という欲望を剥き出しにしている。


とっさに光生君が僕らの腕を掴み、山道へ駆け出そうとする。


「お待ちください」


裏庭の方から聞こえた澄んだその声に、僕らは三度、身動きが取れなくなった。怒りも、驚きも、恐怖すらその声色からは感じられない。落ち着きと慈しみに満ちた、そう、どこか神々しさすら感じるその声に、僕らはまるで魂を抜かれたように、その場に立ちつくしていた。



彼女は決して駆け寄ることはなく、静かにゆっくりと僕らに近づき、教会の陰からその姿を見せた。

腰まで綺麗に伸びた色素の薄い髪、透き通るような白い肌、宝石のような大きな瞳に整った小顔。背丈は155cm位の小柄で、少し大きめの神官用法衣を(まと)い、手には背丈より大きな錫杖しゃくじょうを持っていた。


「あなたがたは、ここで何をしているのですか?」


再び、優しい声で彼女は語りかける。だけど、僕らの思考はすでに完全に凍結していて、静寂がその場を支配している。


「この人が…聖女さま」


僕らをゆっくりと見定めようとする彼女を見て、どうにかポツリと楠さんが声を絞り出した。


その瞬間、彼女の表情が変わった。正確には、楠さんの言葉に対してではなく、僕と視線があった瞬間だった。

途端に落ち着きを放っていた彼女の宝石のような瞳から涙が溢れ出した。


「…ンネ様」


掠れた声でよく聞き取れなかったが、彼女は名前のような言葉を発した。

その瞬間、彼女は僕を目掛けて駆け寄る。いよいよ眼前へ辿り着こうとする矢先、法衣の裾を踏ん付けて、僕に向かって彼女がよろめく。咄嗟に彼女を支えようと肩に手を伸ばしたが、その手をすり抜けて勢いよく彼女は僕に抱きついた。


「リンネ様!リンネ様!」


僕の胸元で泣きじゃくりながら、何度もそう呼ぶ彼女。先ほど、光の柱から感じた懐かしい暖かさ。


「ひょっとして…マリアなの?」


彼女は、涙でクシャクシャになった顔に精一杯の笑顔を浮かべ、そして再び僕の胸に顔を埋めた。

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