第7話 再転生した厨二病男子は断れない〜前編〜
「里尾くん、頭、大丈夫?」
「ミキ姫、それじゃあメグルっちの頭がやばいみたいじゃーん!」
放課後に立ち寄ったファーストフード店で、楠さんの笑い声がケタケタと響く。
「ち、違うよぉ、そんな意味じゃなくて!」
「ハハッ、心配してくれてありがと、天崎さん。軽い脳震盪だから大丈夫」
「ほんと、こっちが笑い堪えるの必死で大丈夫じゃなかったよ〜!」
「え?女子の方まで聞こえてたの!?」
「あ、でもでもほとんど聞こえなかったよ!精霊とか…具現せよとか…」
天崎さん、むしろその辺りが聞いて欲しくなかったんだけど…
「それにしても、私生活に影響をきたすなんて、なんだか僕の方が申し訳ないよ。」
「なーに言ってんのよスメラギっち。あんなスキル、イマファンにないよ」
「そうだっけ?」
「そうそう。そもそも呪文詠唱なんてないんだもん。ねぇ、メグルっち」
楠さんがニヤニヤとこちらに目を向ける。
「え、いや、え〜っと、あれじゃないかなぁ。そう!最近読んでるラノベのさ!なんかカッコ良かったからつい…ははは」
「怪しいなぁ…ひょっとして…記憶が戻り始めたとか!?」
「そ、そうなの!?」
「いや〜残念ながら、そんなことは」
「だ、だよねぇ」
少しシュンとした天崎さんに、なぜかこっちが申し訳なくなる。微妙な空気を察して、光生くんが話題を変えた。
「そういえば、最近、楠さん好みな噂が流れてるよね」
「さっすがスメラギっち。もう知ってたかぁ。今日の私のメインディッシュだったのに、その話題」
「ちょうどその近くにうちの研究所があってね、職員の中でもちょっと話題になってて」
「千鶴子ちゃん、噂って?」
「お?気になってくれるかい?姫〜」
そう言いながら、楠さんが天崎さんに抱きつく。僕は思わず2人から視線を外す。
「それがさぁ、何やら最近、ネットで噂になってるんだよねぇ」
こないだの件もあるし、楠さんが持ってくる噂話…嫌な予感しかしない。
「あんまり大声じゃ言えないんだけどさぁ」
楠さんは辺りをキョロキョロ見回すと、僕らに顔を近づけろと言わんばかりに手招きする。
僕らは一斉に顔を近づける。目の前の天崎さんの顔が一段と近くなる。僕と天崎さんが同時に目を伏せる。
「ちょっと〜ご両人〜。ちゃんと聞く気ありますか〜」
ニヤニヤと楠さんがからかってくる。
「あ、あるよ〜」
「そ、そうだよ」
「はいはい、それでね…」
楠さんが声のボリュームを落とす。
「聖マリアンヌ教って宗教、知ってる?」
「う〜んと、確かあの幻ヶ峰に教会があるところだよね」
「そそそ。そのマリアンヌ教でさぁ、ある騒ぎが起きてね」
「騒ぎ?」
「さて、メグルっち。なんだか分かるかね?」
「え!?僕?」
そんなの分かる訳ないじゃん!…待てよ?わざわざ楠さんが僕を指名した理由…
「確か最近のイベントの報酬で、聖女マリアンヌの首飾りってあったよね。まさかそれと関係が?」
ニヤリッ。楠さんが不敵な笑みを浮かべた。
「ザンネーン!ってメグルっちそんなこと言ってるからいつまで経っても厨二病キャラから抜け出せないんだよ〜」
計られた!ケタケタと笑う楠さんを睨み付ける。僕の答えは、楠さんが望む満点の答えだったようだ。
「ちょっと、千鶴子ちゃん!」
「ごめんごめん〜、メグルっちなら絶対そう答えると思って〜」
「どうせ、僕なんて単純ですよ」
「ヒーヒー、ごめんごめん」
そう言いながら、メガネを外して涙を拭う楠さん。僕にはすべての厄災は彼女から生まれてくる気がしてきた。
「それで、その騒ぎってのがね。どうやら…」
一段と声をひそめる楠さん。
「聖典に伝わる聖女さまが降臨したんですって」
「は?」
「え?」
僕と天崎さんは、同時にキョトンとした表情を浮かべた。すでに話を知っていた光生くんは、そんな僕らを微笑ましそうに見ている。
「楠さん、そんなこと信じてるの?僕のこと、厨二病だってバカにできないじゃん!」
ここぞと言わんばかりに僕は言い返す。
「まぁ待ちたまえ、廻少年。この話には続きがあるんだよ」
再びニヤリと笑みを浮かべる楠さん。どうやらここまでが彼女のシナリオ通りなんだと気付く。
「楠さん、盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ時間がなくなってきたから続きは僕が話すね」
「ちょ!スメラギっち!いいとこ取りしないでよ!」
一気にふてくされる楠さん。ざまぁみろ、だ。
「その話の真偽はともかく、教会でね、不可解な事件が多発しているんだ。」
「事件?」
「まぁ事件っていうのは少し大袈裟なんだけど・・・夜になると教会の辺りで光の柱が目撃されるみたいなんだ。不定期に、だけど」
「光の柱?」
「そう。山奥だから別に周囲に迷惑になっている訳でもないんだけど、職員が面白おかしく騒ぐもんだから僕も少し気になってね。そんな時、楠さんから実際に正体を突き止めにいかない?って誘われてね。」
「そーいう訳だよ♪」
いつの間にか楠さんが得意げな表情を浮かべていた。
「ってな訳で、今からみんなで噂の真相を探りに行かない?」
「え?今から?」
「私は門限あるから厳しい、かな」
「メグルっちはもちろん行くよね?ね?勇者クンとしてはほっとけないよね?」
どこから突っ込んでいいやら…僕が複雑な表情を浮かべていると、
「廻くん、僕からもお願いできないかな?流石に僕も、夜中に女の子と2人で、あんな人気のない山奥に行くわけにはいかないからね」
「そーいう意味では、私の方が怖いんだけどねぇ。帰り道でスメラギっちファンクラブの子に刺されちゃう〜」
言葉とは裏腹に、彼女は満面の笑みを浮かべながら怯えた仕草を見せる。
ハァ〜ッ
「そういうことなら、いいよ。光生くんにはいつもお世話になってるしね」
かくして僕ら3人は、ファーストフード店の前で、気をつけてね、と心配そうに手を振る天崎さんを残し、日が暮れ始めて紅く照らされる駅の方へ歩き出した。
幻ヶ峰の山中にあるという聖マリアンヌ教会へ向かうために。