第2話 再転生した厨二病男子は屈しない〜中編〜
「えっと…レオさんは…インはしてるみたいだね」
ゲームを立ち上げてまずやること、それはフレンドのイン率の確認。リアルでもそうだが、僕はあまりフレンドを増やさない。量より質派…これは決して負け犬の自分への言い訳ではない。もちろんみんなでワイワイプレイするのも楽しいが、毎日長時間、共に過ごす相手だからこそ信頼のおける相手と絆を深めたい。
レオさんは僕が最も信頼するフレンドさんで、彼との時間が今の生活で一番楽しい時間なのだ。というわけで、今日もまず彼と合流するところから始まる。
僕は、ホームタウンから離脱し、世界樹ユグドラシルへ向かう。ユグドラシルは高難易度ダンジョンへの入り口となっていて、大抵そこへ行けばレオさんに会える。
マップの入り口からダンジョンの入り口であるユグドラシルのふもとまで歩き始めたところ、後方から甲高い声が聞こえてきた。
「お〜〜〜い!リンネ少年〜!」
声の方へ振り返ると、背中に杖と大弓を背負ったメガネ三つ編みエルフの女性が駆け寄ってくるところだった。
「くす…ブラックスワンさんも来てだんだ」
「こらこら、個人情報は漏洩禁止だぞぅ」
「ご、ごめん。リアルの友達とプレイするのにまだ慣れなくて…スワンさんは今インしたところ?」
「君のことだから、そろそろインしてくるところかなってね、リンネ少年♪」
「え?何そのストーカー的発想」
「いやいや、厨二病全開の君みたいな少年が、私のような美人エルフを惚れさせるとでも?」
おいおい、個人情報は漏洩禁止じゃなかったっけ…と言い返そうとしてすぐ諦めた。僕なんかの語彙力じゃ、楠さんを言い負かせれるわけがない。
クラスメイトの楠さんとちょくちょくプレイするようになったのは、先週くらいだったかな。強敵レイドボスと戦うために、レオさんとランダムマッチングしたパーティーでボイスチャットしてたら、その翌日学校で「リンネ少年♪」と彼女から話しかけられたことがきっかけだ。彼女曰く、話し方の癖でピンと来た!…らしく、相当なドヤ顔をされた。
ここら辺で一つこの大人気MMORPG「幻想物語」について紹介しておこう。
発売して2年近くになるこのタイトルだが、全世界で1億7000万人を超えるプレイ人口を有する超ヒット作品だ。
この作品の人気の理由はいくつかある。まず、キャラクターが使用する武器。幻想筒と言われる拳サイズの筒を握り、頭の中で創造したい武器を想像する。そうすると、イメージに準じた武器が生成されるのだ。と言ってもあくまで設定上の話で、実際はイベント報酬や課金コンテンツでゲットした様々なパーツを組み合わせて、自分好みの武器に仕立て上げる。そのパーツや武器に設定できるスキルの数がすでに万を越えていて、「世界にたった一つのオリジナル武器」なんてよく聞く謳い文句を見事に体現している。
次に、このゲームの魅力を語る上で忘れてはならないのが超有能なボイスチャット機能。専用のヘッドギアをつけることで、ギアに内臓されたA Iセンサーが、声色だけでなく自分が設定した種族や口調に合わせて瞬時に変換し、ゲーム内で反映される。同時に、設定した国ごとの翻訳機能なども付いており、人種にとらわれず、自分が作り出したキャラクターでのロールプレイに没入できるのだ。
ではなぜ、そんな優秀な機能がありながら僕が楠さんに正体を暴かれるという失態に陥ったかというと…入院していた頃、暇つぶしにと光生くんがゲームを貸してくれた時、その辺のことをあまり理解せず、ボイスチャット設定をそのままにしていた為である。(さらに最近までぼっちプレイを半年近くしていたのも拍車をかけたのだが…)
「それにしても君があのランカーの「リンネ」だったとは驚きだよ」
「実は僕、記憶無くす前はゲーマーだったとか?(笑)」
「そんな噂聞いたことないけどねぇ。ま、あの数々の伝説的厨二病発言のルーツが数多の名作ゲームだったと考えれば腑には落ちるけどねぇ」
「ははははは…」
おいおい、前の僕、一体どんな黒歴史を築き上げてきたんだ…実のところその辺りの逸話については、あまりにも恐ろしくて何一つ友人たちから聞いてないのだ。
「というか、そんなシンプルなカスタマイズのイマジネーターなのに、たった半年でどうやったらランカーまで登り詰めるのさぁ。どんなチート技使ってるのよ、教えなよ、ねぇねぇ」
そう言って昼間に天崎さんにしていたのと同じように抱きついてくる。
「ちょっちょっ」
「なーに照れてんのさぁ、キャラクターなんてただの映像なのに…これだから思春期男子の想像力は」
「いやいや、そんな嬉々とした声でからかわないでよ」
恥ずかしくて、思わずボイスの音量を最小限まで下げる。
「ま、あんまりイチャついてたら、もしミキ姫にバレた時に怖いからねぇ」
「え?!何?聞こえない!?」
慌ててボリュームを元に戻す。今、天崎さんって聞こえなかったか!?内容全然聞き取れなかったけど!楠さんのことだ。どうせまたよからぬからかいネタを思い付いたんじゃないかと寒気がする。
と、とりあえず話題を戻そう。
「話戻すけど、別に特殊なカスタマイズしてないんだけどね」
「そんな訳ないでしょうさ。私なんて最古参勢なのに全然プレイスキル上達しないから一度もランキングに入ったことないんだから」
「リンネはそのプレイスキルが段違いに上手いんだよ」
前方から聴き慣れた男の声が聞こえてきた。
「あ、レオさん!やっぱりここにいたんだ!」
「今日は早めにインしたからな。ちょっと一狩りしてたところだ。そろそろ、お前がくる頃かなって切り上げてきた」
「レオニーにまで見抜かれてるじゃん。どんだけ生活リズム短調なのよ〜」
そう言いながらまたケタケタと笑いだす楠さん。うるさいなぁ、どうせこれくらいしか楽しみがないんですよ、僕は。
「来たばっかりで悪いけど、ちょっと素材の整理したいから街まで付き合ってくんね?」
「えー、今来たばっかりなのにぃ」
「いや、別にメガネエルフは誘ってないから」
「あら、今日も釣れない態度♪」
「まぁまぁまぁ、全然付き合うから!せっかくなんだし仲良くしよ?ね?」
かくしてインして5分足らず、再び僕らは首都にとんぼ返りすることになった。
「さてさて、せっかくここにランカーが2人も揃ってるんだから、是非とも私にそのプレイスキルの真髄ってやつを伝授してくださいな♪」
僕らはレオさんの素材整理の後、首都にある酒場に来ていた。と言ってもゲームの中で実際に飲み食いできるわけでもなく、ボイスチャットに専念するために利用される場所である。
「つーか、俺らはとっとと素材集めに行きたいんだけどな」
「えー!いーじゃんケチぃ」
「てかなんでこの女が今日もいんだよ、リンネ」
「さっきたまたま絡まれちゃって」
「ちょい!リンネ少年!ひどくない!?」
「ま、まぁせっかく会ったから一緒に仲良く…ね?」
「百歩譲ってついてくるのは勝手だが、なんでこいつのおしゃべりに付き合わなきゃなんねーんだよ!」
「だって、戦闘しながらだと小難しい話に集中できなくて頭に入んないじゃんか」
とまぁ、こんな感じで、プレイスキルについてコツを聞きたがっている楠さんに無理やり連れて来られて今に至るのであった。
この不毛な言い合いに終止符を打つ為にも、とりあえず彼女の問いに答えよう。
「このゲームってキャラもモンスターも動きが精巧というか…リアルっていうか…なんかただコマンドを入力すれば良いってわけじゃないでしょ?」
「そうそう、なーんかうまく思い通りにキャラが動いてくんないんだよねぇ」
「イマファンのキャラの動きは実際の筋肉やら物理法則やらみたいなのを忠実に再現してるからな。例えば、左に大きく大剣を振るうとその反動で右に戻す時に動きがやや遅れる、って感じで」
そう言って目の前でレオさんが得意の大剣を振り回す。
大剣のレオニダスといえば、常にランキングT O P10に名を連ねる有名人だ。今は限定ルームでボイチャしてるから聞こえないけど、多分今酒場にいるプレイヤーもこちらのメンツを見て噂してるに違いない。
「だから相手の動きをよく見てると隙ができるタイミングがあったり、スキルを把握してれば大体行動が予測つくわけ。上位ランカーの中には本物の格闘家やその道のプロのやつとかもいるらしいからな」
「確かにリアルの有名人が混ざってるって話は聞いたことあるかも…でもその話がなんでリンネ少年が強いって話に繋がるのさ?」
「おい、メガネエルフ。こいつの剣さばき、ちゃんと見てないのか?全く無駄がない。剣なんて今の時代に触れる機会なんてないのに、こいつのそれは鍛え抜かれたものそのもの。正直、センスでいうなら今まで見たランカーの中でも群を抜いてやがる」
「そんな大袈裟な!僕は、敵の動きとか見ててなんとなくここかなぁ、って動かしてるだけだよ!」
「いや、それが普通できないんだけどねぇ」
初めてレオさんと話した時も同じようなことを言われた。それまでソロプレイヤーだったレオさんがパーティーを組んでくれるのはその辺に興味をもったかららしい。
実際、レオさんの言う通り、僕がこのゲームで強い理由は、前世で培った剣の技術の賜物である。数々の実践に比べれば、モンスターの動きは所詮プログラムされた行動の選択肢に過ぎないし、剣をどう動かせば体にどんな負荷が掛かるかは熟知している。始めたてこそ動作の不慣れで苦戦していたが、慣れてきた頃には知らないうちに、レオさん同様、僕もこの世界では有名人の仲間入りを果たしていた。
「まぁ、その凄さがわかるやつなんざ、そうそういないけどな」
「てことはレオニーもリアルでなんか武術とかやってるわけ?」
「はぁ?なんで俺がお前にリアルの話なんかしなきゃいけないんだよ」
「おっと、これは地雷だったかな?」
「てかお前に馴れ馴れしくされる筋合いねぇだろ」
「はいはい、機嫌悪くしないの。まあ、私たちパンピーからするとそんなの分かんないから、そりゃチーターだって悪口叩くやつも湧いてくるよねぇ」
「え?そうなの!?」
「そんなバカどもほっときゃいいんだよ。運営に刺されてない時点でチーターじゃないなんてガキでも分かるだろ」
「さすがに子供はわからないかもね」
「人はす〜ぐ愚痴りたがる生き物だからねぇ」
「ほんと、くだらねぇ。リアルでも裏サイトとかで好き勝手言ってやがるんだろ。そんな時間あるならプレイスキル上げろっての」
なんか変な雰囲気になってきたなぁ。この話、そろそろ切り上げるか。
「じゃあ、そろそろ一狩り…」
「そういえばさぁ…知ってる?」
僕が話そうとしたその瞬間、楠さんが割って入ってきた。
「裏サイトで思い出したんだけど、最近流行ってるらしいね。中学校ごとの裏サイト。なんかそれが原因で登校拒否やらひどいのだと自殺未遂とかちらほら出てきてるんだって」
そーいえば、別のクラスに学校に来なくなった人の話、最近聞いた気がするな。
「ほんと暇だよな、そんなサイトに書き込むやつ」
「うちの学校もあるって聞いたんだよねぇ、確か…」
いやいや、楠さん!レオさんに中学生ってバレるから!
「カタカタ聞こえるけど、スワンさん今調べてるの!?」
「なんとなく気になっちゃって…あ!あった!」
「え?」
「うわっ、何これ。確かにエグいわ、この内容…」
ちょっと待って、気になるじゃん。自然と僕もそばにあったスマホを取り上げ、楠さんの言ってたサイトを探す。
「ふむふむ…うわっ!これ隣のクラスの子じゃん。可愛そう〜…ってか…あれ?」
「あ、あった。このサイトかぁ」
「おい、リンネも探してるのかよ。くっだらねぇ、もう先行くからな!」
「ちょっと待って!めぐ、リンネくん!ストップ!」
突然耳元で響く楠さんの大声に、僕はスクロールする手を止めた。
すぐさまレオさんが怒号で返す。
「うっせぇぞ!メガネエルフ!」
「いや、だって…」
−ゴトンッ
「ん?どうしたリンネ?おい!リンネ!?」
咄嗟に楠さんは気を使ってくれた。でも遅かった。足元に落としたスマホの画面に綴られたスレッドのタイトルの中の一つにこう書かれていた。
「厨二病全開の残念くん〜里尾廻〜」