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第16話 再転生した厨二病男子は見逃せない〜結編〜

「ここが良いな」


いつ潰れたのかも分からない、四方を古びた外壁で囲んだ廃工場。入り口の門は固く閉ざされているが、まぁ登れなくはない。ここは、昨日の現場から丁度南方に位置していて、距離的にもヤツが現れる十分な活動範囲だ。

ヤツは決して、無作為に誰彼構わず襲撃を繰り返しているわけではない。悪党という共通点…おそらく、ヤツは殺気を元に、ターゲットを決めている。そう考えて、ここにくるまでヤツへの殺気を放ち、エサはとりあえずバラまいておいた。


それに、どうやらヤツは俺に興味を持ったようだ。昨日の今日だ。他の獲物と幾度か遭遇した後ならまだしも、今ならまだ、俺の気配も覚えているだろう。つまり…ヤツを狙い撃つなら今回しかないってわけだ。


「さて…」


門を越えて、外壁の裏に丁度よく転がっていた鉄パイプを拾い、数回素振ってみる。なかなか悪くない。丈の長さも丁度大剣程度の長さだ。実際に大剣なんざ振り回したことはなかったが、この1年あまり、唯一毎日続けて来たことだ。イメージ的には一番仕上がっている。

俺は、その場で、大剣代わりにパイプを振り回し、イメージにあるゲームの動きと、実際の肉体の誤差を確かめる。当たり前だが、全然イメージ通りの動きにならねぇな。スピードはもちろん、一つの動きから次の動きまでにかかる負荷がキツイ。昔っからの習慣で、筋トレや格闘技の基礎トレ的なことはちょくちょくやってはいたが、実物の武器えものを扱うとなると、やはり勝手が変わってくる。




しばらく鉄パイプで剣の型を何度も何度も繰り返す。ここについて、20分程度か。ようやくイメージと体の動きに折り合いが付いてきた。


「さぁ、そろそろ出てこいよ!」


俺は、敷地内にできるだけ響くように大声で言い放った。と同時に前方の建物の屋根上に人影が着地する。太陽はもうすぐ沈みそうだが、その残り陽で照らされているその人影は、間違いなくヤツだった。


「ここにきて、初めて招待された場だったのでな。余なりに礼節とやらを重じてみたのだが」


相変わらずふざけた口調が耳障りだ。


「自ら余に謁見しにきたところを見ると、ようやくそこそこ腕の立つ手駒が手に入りそうだな」

「過大評価してくれるたぁ、感謝するところか、ここは」


くそっ、こんなくだらねぇ皮肉口走っちまうとは。悔しいが、ヤツの得体のしれない重圧に、柄にもねぇ行動をとっちまう。そーいや昨日、興が削がれたとか言ってたか。確かに昨日とは段違い、こっちがヤツの本性…いや、おそらくまだ全然本気ではない。生まれて初めて対峙する格の違いってやつに、気を抜いたら武者震いしてしまいそうだ。


「さて、せっかく貴様の体も程よくほぐれてきているようだ。やはり、一番美味しい状態で一度、試食させてもらおう」


そう言ってヤツは地上に飛び降りた。


「そんな鉄屑でよいのか?もっと強力な武器を使用してもよいのだぞ?クックックッ」

「あいにくクズ野郎をぶん殴るには鉄屑で十分ってのが定石でね」

「クックックッ、その生意気な口、ギラついた眼。ますます気に入ったぞ!」


一瞬さらにヤツのプレッシャーが跳ね上がる。


「いつまでも、ゴタゴタ言ってんじゃぁ…ねぇ!」


鉄パイプを大剣の如く振りかざし、全力でヤツに殴りかかる!





ハァハァハァ…

お店を飛び出して5分。夕暮れ時で人混みが多いせいで、時間がかかったけど、ようやく真理亜に追いつきそうだ。


「待って、真理亜!どうしたんだ!」


通り過ぎる人たちが僕らを逐一振り返る。そりゃそうか、どうやら修道女のコスプレに見える美女を追いかける男子、どう考えても好奇の的だ。その場で、ゆっくりしてたら危うく写メを撮られてSNS行きだ。

長い商店街を抜けて、ようやく人気が少なくなってきた線路沿いの道で、僕は真理亜に並走することに成功した。


「ねぇ、真理亜!このままでいいから、話を!」

「ハッ…ハッ…ハッ…」


彼女は、僕には目もくれず、一心不乱にどこかを目指して走り続けている。その表情からは、何か大きな恐怖を感じていることが、ひしひしと伝わってくる。

くそっ!とにかくこんな状態の彼女を一人にしておくわけにはいかない。そもそも、下校の時に走ったせいで、僕の方の体力もあまり残っていない。到底、このスピードを維持しながら会話を続けられる状態じゃない。ひとまず無言で、彼女の後を追うことにした。





「どぉぉおりゃあっ!」



ブオンッブオンッ



くそっ!全然当たらねぇ!1.8mほどの長さの鉄パイプが何度も何度も空を切る。それも、全て当たるか当たらないかギリギリのところで、だ。贔屓目にみて普通の格闘家レベルなら、この距離でこの攻撃を浴びせ続ければ、2〜3発入っていてもおかしくない。だがヤツは、汗一つ書かずに、俺の顔色を見ては癇に障る笑いを浮かべる。

それになんだ、あれは。日が暮れてきてはっきり見えねぇが、いや、暗くなってきたからこそ分かりやすくなってきたのか。ヤツの全身を薄く黒い光のモヤのようなものが覆っているようにも見える。


「どうした、小僧。少しも当たらんではないか」


そんな安い挑発に誰が乗るか。今はこの集中力を切らさずに、何か糸口を見つけること。


「太刀筋と殺気は悪くないが、脆弱よのぅ」


普通のやつならここで心が折られるか、逆上して集中力が途切れる。だが、この絶望的な状況だからこそ、自分を見失わないこと。その大切さを、俺はリンネとの戦いの中で学んでいる。アイツなら、きっと戦いの中で得た情報から、何かを見出すはず。

このまま、この単調な攻撃を繰り返していても、こっちが消耗するだけだ。何か、ヤツの意表を突く攻撃を…


「ぉぉおらっ!」


俺は大きく横に空振りをする。そして、その回転の勢いで上段からヤツに殴りかかる!

…が鉄パイプは空を切り、地面に激しく衝突しそうになる。


「今のは少し惜しかったぞ、小僧。クックックッ」


今のが本命の一撃と踏んだか、ヤツのプレッシャーが一瞬緩んだように感じた。


今だっ!



カンッ!


俺は、激しく鉄パイプを地面に叩き付けると同時に、大きく踏み込んだ。コンクリートを叩く反動で、さらに威力を上げた一撃をヤツの胴体から顔面目掛けて振り上げる。

これは決まった!手応えを感じたその瞬間、ヤツの肉の感触ではなく、まるで金属と金属がぶつかる様な衝撃が鉄パイプから激しく伝わってきて、思わず後方へ吹き飛ばされた。

待て、今のは…ヤツの右腕。そう、右腕を素早く振り下ろし、素手であの威力の鉄パイプをはじき返しやがった。


「クックックッ…フハハハハハハッ!!」


けたたましい笑い声と共に、ヤツのプレッシャーが再び跳ね上がる。


「よいぞ!よいぞ!小僧!」

「ハァハァ」

「こちらに来て、余に手を出させたのは、貴様が初めてだ!」


大丈夫、こっちの集中力は切れてねぇ。だが、鉄パイプを握る手が重い。正直、今の一撃以上の攻撃なんて、これ以上望めない。


「どうだ、小僧。余の配下になれば、うぬが望む力をやろう。その体じゃ窮屈だと、貴様の剣筋から、一太刀、一太刀、空振りするたびに伝わっておったぞ!」


耳障りな口調でヤツは続ける。うっせぇ!テメェみてぇなクズにもらうもんなんてねぇ!…って口に出す力すら残ってねぇんだこっちは。


フンッ


せめてもの抵抗に、俺はヤツに向かって鼻で笑い返した。


「まぁよい。今日のところは満足した。機会があれば、また遊んでやろうぞ」


そう言い放つとヤツは姿を消した。

いや、違う。ヤツは今目の前にいる。距離は40cm、ヤツの後方で砂煙が舞うのが視界の端にボケて見える。俺とヤツの距離は20mはゆうに離れていた。この間合いを一瞬で詰めやがったのか。


何から何までデタラメ過ぎじゃねぇか。思考はとっくにフリーズしてる。なのに、なんだ?上手く言えねぇが、俺の中の本能ってやつが疼いてやがる。


「ヘヘへっ」


咄嗟に俺の口から溢れた笑み。恐怖でも絶望でも、眼前の信じられない光景に途方に暮れたでもなく。


ヤツは大層満足そうな顔で、サッと俺の腹部に拳を突き出した。刹那、俺の全身に激しい衝撃が走り、そのまま正門に物凄い勢いで叩きつけられた。

や、やべぇ…


グハッ


アバラが全部やられたな。口から吐血が止まらねぇ。


次を…期待…するなら……もっ…と……手加減…し……




走り続けて30分…と言っても二人とも、もはや体力の限界で最後の方は、競歩程度のスピードしか出てなかった気がする。


ようやく真理亜が足を止めた。

ここは、どこだ?膝に手をついたまま、僕はなんとか頭を上げて辺りをゆっくり見回す。

目の前には廃れた門と大きな壁がそびえ立っていた。


「ハァッ…ですか!?ハァッハァッ大丈夫ですか!?」


真理亜は門に向かって必死に呼びかけている。

真理亜の向こうに誰かいる…ってこの人血塗れじゃないか!

慌てて、僕は駆け寄ろうとして、もう一人の人影に気付いた。門から20mほど離れたその先にいるその人影は、不気味に笑い声を上げている。


咄嗟に僕はそいつが、例の通り魔だと確信して全身に寒気が走った。

だが、それは一瞬だけだった。

すぐにその不愉快な笑い声と目の前に倒れた人物が、同級生の倉橋獅子也くんであることに気付き、全身の血が沸き立つ感覚に襲われた。そして門の格子を握りしめながら、キッと目の前の人影を睨みつける。


人影はゆっくりとこちらに向かって、見下すような眼差しを向けた後、廃工場の建物から建物へ、飛び去っていった。

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