第12話 再転生した厨二病男子は落ち着かない〜後編〜
半年ぶりの再会。重量こそ、本物と違うけど、幾度となく死地を乗り越えてきた正真正銘、僕の相棒。
―シュッ シュッ
この風切音。指に馴染むグリップの握り心地。イマジネーターのサポート機能のお陰で、僕の記憶通りの振り心地だ。
一振り、また一振り。一つ一つあの頃の記憶を確かめるように、剣を振るう。初めてこの聖剣を手にして討伐した邪蛇ダロボロス、天界で翼竜ベルドラミルの片翼を切り落とした時の感触、冥界でハデムスと闘った時は、何度倒しても無限に湧いてくるアンデット相手に手が痺れそうになったっけ…
自然と剣を振るう腕に力がこもる。次第に僕は、剣速を上げる。イメージの中は、そう…魔王城襲撃時の、モンスターの軍勢を相手にした時の記憶をなぞる様に…
「スメラギっちさぁ、聞こえる?」
楠さんの声と同時に、再び彼女のイマジネーターが光を放ち、僕も手を止める。
「なんだい?楠さん」
「私たちがさぁ、テストモニターだって言ったよね。ってことはさぁ…」
そう言って、彼女は僕に槍を向けた。
「実践データも欲しいわけだよねぇ」
「もちろん、そのつもりだよ」
「プレイヤー同士の対戦での注意点は?」
「現状だと、具現化できるのは5分〜10分。その時間はプレイヤーごとの精神エネルギーに依存する。このエネルギーは、武器が衝撃を受けたり、サポート機能の使用比率にも左右される」
「つまり、相手のイマジネーターを先に使えなくした方が、勝ちってわけね」
楠さんがニヤリと笑う。
「一応、リミッターが付いてるから、精神エネルギーの消耗が、生活に支障が出ない範囲で具現化は解除されるけど。まぁ、あまり限界までの使用はオススメしないよ。」
「オーケーオーケー。テストなんだから、肩慣らし肩慣ら…しっ!」
そう言い切るや否や、僕目掛けて一直線に飛びかかってくる楠さん。は、早い!咄嗟にラグナレクで槍の刃先をなぎ払う。
「ちょっ楠さん!」
「どんどん行くよ〜!そ〜ぅれっ!」
頭上に飛び上がったかと思うと、彼女は体を高速回転させ、その勢いをそのまま槍に込めて振り下ろす。
咄嗟に僕は後ろに飛び退く。
「ちょっとどこが肩慣らしなんだよ!って、うわっ」
背中を後ろに仰け反らせる。スレスレのところを、一閃する槍が空を切る。
「ホレホレ、メグルっち。攻撃しないとテストになんないよ〜」
激しい突きを連打しながら、楠さんが煽ってくる。
「いや、女の子に向かって、剣を振るうとか、ちょ!」
なんとか、彼女の攻撃を剣で払う。
「イマジネーターの攻撃じゃ、相手に怪我を負わせることもないから安心して攻撃して大丈夫だよ」
なんだか楽しそうに光生くんがいう。
「だって…よっ!」
体を回転させた反動で槍を振りかぶる楠さん。それにしても、この強さ。全然ランカークラスじゃないか!
「ったくぅ。そっちがその気なら!」
槍を剣で弾き返した隙に、彼女の懐に潜り込む。彼女の胴目掛けて剣を一閃する。咄嗟に彼女は後ろに飛んだが、僕の一撃が浅く入った。接触の瞬間、剣先に不思議な感触を感じた。
「なるほどぉ。この光が、守ってくれるわけね」
「とはいえ、膜への衝撃はそのまま精神エネルギーに影響するから、食らいすぎにはご注意を」
「りょうかいっ!さて、メグルっち。続きをやりますか!」
「望むところだ!」
悔しいけど、僕もそろそろこの相棒と、どのくらいまで戦えるか試してみたくてウズウズしてたところだ!
−
「これは、予想以上だな、2人とも」
データを取りながら嬉々とした表情で柳さんがいう。全くもってその通りだ。ゲームの中ではランカーかもしれないけど、実物のイマジネーターでの動きとは感覚が違う。使用者のイメージに合わせて、実際の動きに補正がかかるとはいえ、普通はどこかぎこちなさを感じさせる。事実、楠さんはそのポテンシャルの大きさで目立ちはしないが、所々の動きに違和感を感じる。
対して廻くんは…まるで、剣の達人のように流れるような動きを見せている。精神エネルギーに関しても、楠さんの減りと比べて、廻くんはほとんど減っていない。槍に比べて、剣の動きの方が無駄が少ないということもあるだろうが、彼の精神エネルギーのコントロールバランスは異常だ。
「あの、皇さん。ちょっといいですか?」
「どうしたの?神林さん」
「ちょっとお聞きしたいことがあるのですが…」
そう言って彼女は、おもむろに口を開いた。
「あのイマジネーターと呼ばれるものは、どのようにして具現化を可能にしているんですか?」
みなさんの会話から察するに…あのラグナレクは実物ではなく、リンネ様の想像力を元に具現化されたもの。だけど、あの武器からは、マナの力が一切感じられない。精神エネルギーと彼は話していたけど、私たちの世界ではそのような存在は聞いたことがありません。
「う〜んと、簡単にいうとね。あのイマジネーターで精神エネルギー…つまり、想像力をベースに武器を形成する媒体を作る。そこに、大気中に存在する粒子エネルギーを集積することで具現化を可能にするんだ。ま、その辺りの細かいことは僕も正確には理解できてないんだけどね。あ、今の話、機密事項だから、他言無用でお願い」
粒子エネルギーの集積…エネルギーの具現化…
具体的な方法は全く想像つきませんが、ひょっとすると魔力結晶の精製に必要な方法のヒントが…
−
「里尾くんと千鶴子ちゃん…大丈夫かなぁ」
ガラス窓の下で、さっきから2人が戦っている。私は、普段ゲームなんてやらないからみんなの言ってることがちっとも分からないけど。なんだか見てられないよぅ。
それなのに…
里尾くんの戦う姿から目が離せない。剣を振り回す里尾くんがどうしても、あの日のことを思い出させて…
「おいガキども!ここは俺たちが使うからお前らどっかいけ!」
あれは私が小学校5年生の頃、近くの公園でクラスの友達と遊んでいた時のこと。突然怖そうな中学生が4人やってきて、私たちを追い出そうとして。他のみんなはすぐに逃げ出したけど、私は怖くてそのまま動けなくて。
「おいオマエ!邪魔だから早くどっか行けよ!」
「なんだこいつ、ビビって動けないじゃん」
「めんどくせぇからどかしちまおうぜ」
そう言って、1人が私を捕まえようとしてきて、
「…め…、や…め…」
泣きなががら、震える声で必死に抵抗しようとした、その時…
「いてーっ!」
私を掴もうとした手を何かが叩き落としてくれた。驚きのあまり、何が起きたのかさっぱり分からなかったけど、男の子が1人、プラスチックのバットをブンブンと振り回してた。
「おい!暗黒四天王め!この勇者の目の前で姫を連れ去ろうとは、良い度胸だな!」
彼は、そう叫びながら、中学生目掛けて殴りかかろうとした。
「なんだこいつ!」
「なんかヤベェこと言ってやがる」
「やっちまうか!」
「え、なんかめんどくせえ」
結局、そのまま中学生はどっかに行っちゃって。私は気が抜けて、その場に座り込んじゃって。そしたらその子が
「大丈夫ですか、姫。」
そう言って私をゆっくり起こしてくれると、そのままおんぶしようとしてくれて。
「えっ…あの…え?」
なんだか恥ずかしくなってドギマギしてたら
「また四天王から襲われると危ないから、お城までお送りしましょう」
彼は笑顔で私にそう言ってくれて…なんだか夕日に照らされた彼の姿がいつまでも忘れられなくって…
あれから、里尾くんとお話することはなかったけど、自然と彼を見つけると目で追う時間が増えてった。いっつもよく分からない単語を使って、みんなからバカにされたり面白がられたりしてたけど、変わらず目を輝かせながら真っ直ぐな彼を見てると私は…
あの時、私には里尾くんが本当の勇者に見えた。
目の前にいる里尾くんの戦う姿も、多分、勇者っぽいのかなぁ。
だけど、なんでだろう。
やっぱり何かが違う気がする。
今の里尾くんと、あの時の里尾くん。記憶をなくしたから…そう思い込もうと何度もしたけど…やっぱり…
−
帰りの車内で、僕は右手にあるイマジネーターを何度も見ながら今日の出来事を振り返っていた。今は別の世界で、別の体になっているのに、確かにあの瞬間、間違いなく昔の僕だった。この世界でも、本当の僕で居られる時間。
楠さんは、すっかり疲れてぐっすり眠っている。よっぽど精神エネルギーを使いすぎて疲れたのだろう。天崎さんと真理亜は、それぞれ窓の外の夕景を眺めている。
帰り際、僕は光生くんからイマジネーターの試作品を一つ手渡された。
「ちょっと、メグルっちだけズルくない?」
「ごめんね、楠さん。まだ試作機は2つしかなくてね。1つは研究所に置いとかないといけないからさ」
「というか、僕なんかがそんな大事なもの預かっていいの!?」
「廻くんは僕の大事なモニター代表だからね。色々使ってみて、レポートを出して欲しいんだ。でも、企業秘密だから、くれぐれも人目につかないところで使用してね。みんなも、今日見たことは他言無用でよろしく」
真理亜から、元の世界のことを聞かされて、正直、これからどうして良いか途方に暮れてたけど…
なんでだろう、このイマジネーターがあれば、なんとかなる気がして気持ちが少し軽くなった。
ふと、窓の外に目を向ける。夕日に照らされる僕らの街は、僕の心に希望を膨らませるには十分すぎる美しさだった。




