第10話 再転生した厨二病男子は落ち着かない〜前編〜
日曜日、僕らは今、光生くんの家の高級車にてひたすら幻ヶ峰のトンネルを突き進んでいた。
「んでさぁ、スメラギっち。今日はどこに連れて行ってくれるんだい?」
「それは着いてからの、お楽しみかなぁ」
さっきから楠さんの質問に、光生くんが全てはぐらかすせいか、車内には微妙な空気が漂っている。と言っても、理由はそれだけではない。
真理亜に会いたがってた天崎さんは、どうやら人見知りだったらしく、二言三言、挨拶程度の会話をしたっきりだ。
まぁ、聖女として育ったせいで、誰に対しても卒なく等しく愛想の良い真理亜の方も、友達付き合いというものは片手で数えられるほどと以前聞いたことがある。つまり、初対面で何を話して良いか分からない2人が顔を合わせたらどうなるか…容易に結末は想像がついたわけだ。
「ねぇ〜スメラギっちぃ〜。一体いつになったら目的地に着くのさぁ」
「このトンネルを抜ければすぐだよ」
「このトンネルって…ここに入ってからもう30分くらい車で走ってない?」
楠さんのいう通り、このトンネル、何かおかしい。トンネルとは通常、山を横断する為に必要なルートを確保する為に開通させるはず。つまり、山自体が大きければそれを横断する為に距離は伸びるけど、幻ヶ峰は日本の山の中でも、さほど目立たないほどの高さだ。そうじゃなくても30分も車で走る必要があるトンネルなんて聞いたことない。それに、トンネルに入ってから何度も分岐を繰り返している。トンネルって一本道のイメージだけど、僕が世間知らずなだけなのか?
「来客用のルートだと、どうしても時間がかかってね。」
「来客用?ってことはもっと近道があるわけ!?」
「外部の人間は、そのルートだとセンサーを超えられないんだ。申し訳ないけど辛抱して…っと、どうやら着いたようだよ」
光生くんの言葉と同時に前方に光が差し込む。ようやくトンネルの長旅が終わるようだ。
「…おお」
これは…
目の前には周囲を360度山々に囲まれ、無機質だけど、いかにも最新鋭の設備と言わんばかりの建造物が広大な土地一面に広がっている。
「知ってるかい?幻ヶ峰の由来って」
「秋によく霧が発生とかそんなんじゃなかったっけ?」
長時間の車での監禁から解放されて、気持ちよさそうに伸びをしながら、楠さんが光生くんの問いかけに答える。
「正確にはね、幻ヶ峰連峰って名称なんだ。この連峰は少し特殊でね。見ての通り、周囲が完全に山で囲われている。それに楠さんが答えてくれたみたいに、霧が発生しやすい」
「つまり…秘密基地にはうってこいってわけね」
「結論を言えばね。連峰中に霧がかかった様子は、まるで幻に包まれているがごとし、っと言った塩梅らしいよ」
クスリと光生くんが笑う。そしてガイドさんのように施設の閉ざされた正門へ手を差し出して、僕らに向かってこう言った。
「ようこそ。皇コーポレーション 新商品開発研究センターへ」
正門をくぐり、敷地内のこれまた広々とした道路の上を、僕らを乗せた車は再び走る。真理亜は目を輝かせながら外を見ている。
「どの建物も清潔感に溢れてますね!この街は。ただ、活気をあまり感じられないのが少し寂しいですけど」
「研究施設だからね。研究員には、この土地で生活してもらってるけど、大半の時間は働いてくれてるから」
そう言って光生くんは右側の窓を開ける。窓の先には、いくつかのマンションらしき高層建造物が立ち並んでいる。
僕は、こう言った研究施設に来るのは初めてだ。おそらく、他の3人もそうだろう。僕のイメージする研究施設っていうのは、工場のような、病院のようなとにかく無機質と清潔感で構成された建物が数個立ち並ぶものだった。しかし、僕らの眼前に広がっているのは、コンビニだったりファミレスだったりお洒落なカフェだったり…信号もちゃんと整備されてて、バスまで走っている。
そう、まるで一つの知らない隣町にきた気分だ。
「それにしても、私たちの街にこんな大きな施設があったなんて知らなかったよね」
「本当だね。下手したら、僕らの街より大きいかも」
真理亜ほどではないけど、天崎さんも自分が生まれ育った街の秘境に心ときめかせているようだ。
一番はしゃぎそうな楠さんは…長時間ドライブに疲れて寝てるみたい。
「さて、研究所ツアーは程々にして、そろそろメインへ向かおうか」
車はその規律で整備されたような街から徐々に外れていった。
−
僕らは今、研究施設から1kmほど離れた広大な平地の真ん中にある、一つの研究棟の中にいる。地上1階、受付とエレベーターだけ。地下…は全く検討がつかない。エレベーターのボタンは、特殊なものらしく、光生くんが入力した階に到着する仕組みみたい。
エレベーターが到着した階には、真っ白な巨大空間が広がっていた。広さ200m四方、高さは20m位ある。
清潔感溢れる空間だけど、あまりにも異質なその空間にどこか落ち着かない。
「ふぁ〜あ…それで、ここで私とメグルっちに何させようってわけ?」
「え?楠さん何か聞いてるの?」
「うんにゃ。こないだスメラギっちが言ってたこと考えたらね」
そういえば、僕たち2人に何か見せたいって言ってたんだっけ。
「焦らされるの、あんまり好きじゃないんだけどなぁ」
不機嫌そうな楠さん、ちょっと珍しいものが見れたな。
「すまないねぇ、お客人。まぁ、これを見てもらえれば機嫌も治ると思うけどね」
どこから現れたんだ?僕らの前方から、1人の研究職員らしき人物がこちらに近づいてくる。
「紹介するね。こちら、柳さん。僕のサポートをしてくれている人だよ」
そう言って光生くんは、僕らに紹介してくれた。柳さんは、イマファンのプロジェクトリーダーの1人で、光生くんのアイデアをソフトへ反映させたり、アドバイスを与えるチーム内の参謀みたいな存在らしい。年齢は定かじゃないけど、アラサーくらいなのかな。背丈は光生くんより少し高いくらいで、すらっとしている。顔立ちは整っているけど、なんというか…これと言った特徴のない顔で、強いてあげるなら、少し猫っ毛の白銀の前髪を人差し指にクルクルと巻き付ける仕草だろうか。
「君がランキング5位のリンネくん、それにそのお友達でよかったかな?」
「は、初めまして。里尾廻です。」
「とそのお友達でーす!」
「柳さん、話していた廻くんと楠さんだよ」
「2人とも貴重な日曜日に遠方まで悪かったね」
穏やかな口調だが、なんだろう、捉えようのないこの感じ。不思議な感じだ。
「さて、本題なのだが早速…」
そう言って柳さんは白衣の両ポケットに手を入れて、二つの筒状物体を取り出し、一つずつ僕らに手渡した。
「これは…」
見覚えのあるその形状。いや、見覚えなんてレベルじゃない。画面越しではあるけれど、僕はそれをこの半年近く、ほぼ毎日目にしてきた。いつも両手に感じたコントローラーより少し重いくらいの重量が、今僕の右手の上に、『実物』として存在している。
「イマジネーター!」
その名前を口にした瞬間、僕は全身が興奮で満ち溢れているのに気付いた。だって、あのイマジネーターの本物だよ?それが今自分の目の前に存在する。イマファンプレイヤーでこれを見て興奮しない人間なんていない!
だよね、楠さ…
僕は、彼女を見て絶句した。
「それで、これを使って何をすればいいわけ?メグルっちぃ」
彼女はあろうことか、さほど興味なさそうにイマジネーターらしき筒状の物体を、まるでお手玉のように宙へ放り投げていた。その光景を見て、光生くんは必死に笑いを堪えている。
「2人とも、なかなかのリアクションありがとう。お察しの通り、それはイマジネーターを実物化したもの。と言っても試作品でね。今日は2人にテストモニターをお願いしたいんだ」
「そーいうことなら、先に言ってよねぇ」
「いやぁ、2人のリアクションを見てみたくって」
そう言って光生くんは再び口元を軽く隠す。今日の光生くんはどこか無邪気な少年のようにも見える。どうやら、僕らのリアクションは彼の期待に応えられたようだ。
「それじゃぁ、2人は部屋の中心に、僕たちは上の管理室に移動しよう。上に着いたら諸々指示を出すから少し待ってて」
そう言って、4人は再びエレベーターの中に消えていった。




