第1話 再転生した厨二病男子は屈しない~前編~
「この一撃に…全てを」
ラグナレクを握る両手にありったけの力を込めようとする…が、どうやら残された力も僅かなようだ。魔王から意識を外さないように注意しながら視線を周囲に向ける。
剣聖もどうやら同じような状況で、剣の刃を地につけやっと体を支えながらも、タイミングを計っている。賢者がすがる杖先の輝石は、その光を弱々しく放っている。あの分だと手傷を負わせるどころか注意を逸らす魔法を打てるかどうか。もはや立ち上がる力も残していない聖女は、左手に忍ばせたタリスマンを悔しさ混じりに握りしめているようだ。
「クックックッ」
耳に障る笑い声。キッと視線を魔王に向ける。
「フハハハハ!愚民ども!余をここまで追い詰めようとはな!」
奴の右腕の先に集う禍々しい漆黒の魔力球。左腕を損傷しているせいで照準がうまく合わせられないのか、
おそらく僕たちが飛び掛かるギリギリのところで放つつもりなのだろう。
もはや雌雄を決するのは天命…ではなく想いの大きさだと強く念じる。思考を巡らせる力すら惜しい。
深々と呼吸をしながら全身の力を緩める。魔王の口から笑い声が止まる。刹那、全身に流れる血の熱さを感じ、全力で地面を蹴る。その勢いに身を任せ、全霊を込めて最後の一太刀を振りかざす。途端に強大な力が反発する。ラグナレクと魔力球がぶつかる衝撃が、瞬時に壁や柱を崩壊させる。今にも失いそうになる意識を魔力球のその向こうにいる魔王に集中する。押し寄せる瘴気を帯びた暗黒の魔力。
ダメだ…魔力が…
その瞬間、魔王の後方で一筋の光が輝く。今までに幾度となく救われた暖かい魔力。聖女がタリスマンを握りしめていたのはこの為か。
「フッ…」
思わず口元が緩む。勝利を確信したわけではない。すべてを諦めたわけではない。改めて理解したのだ。
僕は剣を振るう、ただそれでいい。ありったけのすべてを込めて。
「うおおおおおおおおぉ!!!」
―ガタンッ
「おーい、里尾。ナポレオンはそんな奇声を発してないと思うぞぉ」
どっと笑い声の衝撃が教室中に広がる。
―キーンコーンカーンコーン
すかさず鳴り響くチャイムの音が、まるでこの夢オチの評価を告げる鐘の音の如く再びクラスに笑いを誘う。
「起立!」
委員長、そんな号令は不要なんです。ようやく我に返った僕はクラスの誰よりも早く机に両腕を振りかざし立ちつくしていたことに気付いた。
「次に立ち上がるのは、ジャンヌダルクのところにしてくれよ〜」
皮肉なのか親父ギャグなのか、そう吐き捨てた世界史の後藤はニヤニヤしながら教室から出て行った。
僕は再び誰よりも早く着席し、机の上に伏せて両腕で顔を覆った。
「え〜っと、だ、大丈夫?里尾くん」
左腕の隙間から隣の席の天崎美姫さんに目を向ける。
何人かの生徒がこちらに視線を向けて思い出し笑いをしている中、彼女は純粋に心配そうな眼差しを向けている。
「あっ、えっ」
寝起きやら恥ずかしさやらで空白の脳内に、彼女の優しさに返す気の利いたジョークなど転がってるはずもなく、無意識に左右の目を泳がせ再び教室中を見渡した。すでに僕に向けられる視線は彼女以外には感じられなかった。
そりゃ、クラスの連中からすると、いつものことらしいからな。
「チャイムに助けられちゃったね」
「そ、そうだね。ははははは」
心の底からの良心からくる彼女の言葉を前に、その鐘の音が失態に油を注いだんだよ、とは言い返せなかった。
「昨日もまた夜更かししてたんでしょ?」
「え、うん」
「よく毎日夜遅くまで起きてられるよね。私、すぐ眠くなるから絶対無理だよ」
「だよね、はは」
僕の感情が先程とは別の恥ずかしさに浸食されていく。天崎さんは可愛い。あまり目立った存在ではないが、学年中の男子に聞けばおそらくトップ3に入る人気だろう。明らかに不釣り合いな僕が彼女とたわいの無い話をすることは、単に女子と話すことに照れるだけではなくクラスメイトの色眼鏡の標的にされる可能性がある。
「なんで里尾なんかと天崎さんが楽しげに…」
「しょーがねぇだろ、記憶喪失でお情け頂戴クンなんだから」
「じゃないとあんな厨二病全開のやつに絡まないっしょ」
おーい、斎藤くんに加藤くんに田中くんだっけ、妬むのは勝手だがもう少しオブラートに包もうよ。
まぁモブキャラがする状況説明のセリフとしては合格点はあげたいところだけど。
半年前のあの日、僕は記憶喪失になった。ということになっている。
正確にいうとあの日以前の「里尾廻」の記憶は存在しない。今、僕が持っている記憶は、異世界での前世の記憶なのだ。先程の夢も全くのフィクションではなく、正真正銘、前世での最後の記憶なのだ。
あの衝撃の後、次に目を開いた時には、白い病室のベットに横たわっていた。話によると、不幸にも下校の途中で雷に打たれて病院に運ばれたようなのだ。
意識を取り戻してしばらくは、ご想像の通り悪戦苦闘の毎日だった。奇跡的に怪我自体は1ヶ月程で完治したが、しばしば異世界の固有名詞をクセで無意識に口にしていた結果、すっかり変人扱いされてしまった。まぁ、あの事件以前から、廻は厨二病的発言をするお調子者だったようで、良い意味で異世界から入れ替わった僕は、さほど不自然さもなく周囲に馴染んでいった。
ただ不可解なのは、この世界の言語が読み聞きともに最初から理解できたこと。そして、「モブキャラ」「厨二病」といった固有名詞や常識なども自然と身についていたこと。最初は人格が丸っと入れ替わったのかと思っていたが、それだと説明が付かない。だけど、そもそも異例中の異例の出来事だろうから、その辺りは適当に都合よく仕上がったんだろうと、能天気に思うことにした。
―バシンッ
「ぐげっ!」
突然背中に強い衝撃と痛みが走り、勢いよく僕の体は机に打ち付けられた。
「いや〜ほんとメグルっちは毎度毎度笑かせてくれるよ」
「千鶴子ちゃん、いい加減にしなよぉ」
机に激しくサンドイッチされて赤らむ額を右手でさすりながら振り向くと、ケタケタと笑い声を上げながらお腹を抱える、三つ編み眼鏡っ子・楠千鶴子さんが見下していた。
「夢で、昨夜のミストロドリゲスを討ち取った余韻にでも浸ってたのかい?リンネ少年よ」
「ミスタラドーナッツ?」
「ミストロドリゲスだよ。廻くんたちがハマっているM M O R P Gに出てくるボスの名前だね」
言い慣れない横文字を間違えて繰り返す天崎さんに、すかさず前の席に座っている皇光生くんが僕の代わりに答えてくれた。
「スメラギっちもM M O R P Gとかやってるんだ。ちょっと意外だね」
「プレイはしてないけど、そのゲームうちの会社が開発してるからね」
「なるほどね。未プレイなのに知識はちゃんと嗜んでる辺り、卒が無いよね、スメラギっちは。ミキ姫は…聞くまでも無いか」
「私は、ゲームとかやると釣られて体が動いちゃうから恥ずかしくって」
「あーん、そんなミキ姫もカワユスだわぁ」
そう言いながら天崎さんに背中から抱きつく楠さん。美女2人の戯れ姿になんだかこっちが恥ずかしくなって慌てて光生くんに視線を向ける。スポーツ万能・頭脳明晰・才色兼備、オマケに次世代ゲーム会社最大手の皇グループ御曹司の彼は、男の僕でも見惚れてしまうような笑顔を僕に向けて語りかけた。
「廻くんほど、熱中してくれるプレイヤーがいてくれるウチは、皇グループも安泰かな」
「プレイしてると気付いたら夜中の2時3時とかになっちゃうんだよね」
「そんな時間まで遊んでるの!?」
楠さんの顎と腕の間からクリンとした瞳を一段と大きくして、天崎さんがこちらに驚きの眼差しを向ける。
「え、いや、えーっと、楠さんだってそーだよね!?」
純粋無垢な天崎さん相手に、不意に襲った罪悪感から、思わず共犯者を作り出そうとしてしまった。だが、彼女はちっとも動じず、むしろニヤニヤしながらこういった。
「メグルっちぃ、乙女の私生活はナイショなんだよ♡ねぇミキ姫?♪」
「え?…うん、ナイショ♪」
天崎さん…その天使のような笑顔は反則です。
夕食を急いで口の中に詰め込み、ほとんど噛まないで飲み込み終えると、すぐさま自室の定位置につく。
赤く光る起動スイッチが青白い光に変わる。ディスプレイには「幻想物語」のタイトルロゴ。もはや説明不要だと思うが毎夜毎夜、僕はこのゲームにのめり込んでいる。
理由は、そう。今宵も、彼と共に心躍る熱い時間を共にする為だ。