幻の配達係②
第五寮のゆうべ~お礼のマフィン 辺りのお話です。
「よし! 僕も協力するよ!」
エリスへ縁談を申込んでいるのが私だけではなかったことをアイラスに話すと、彼はとても良い笑顔で協力を申し出た。ちょうど昼にアイラスとイオで会う約束をしていたと言う。
何の約束か分からず少し嫌な予感はしたが、エリスと会う手段が限られている私にはとりあえず協力してもらえること自体がありがたかった。
しかしその嫌な予感は的中した。
今日は寮がやたら騒がしいと思いながらひとり夕食をとっていると、不意に食堂の扉が開いた。
するとそこからは満面の笑みのアイラス、機嫌の良さそうなイオ、そしてなんと……イオの背に隠れるように身を縮めたエリスが入ってくるではないか。
「エリスさん、イオさん、どうしてここに」
めったに出さないような大きな声が出て、自分でも驚いた。
手を振り呼び寄せたことでイオとアイラスは私のテーブルについたが、エリスは早速ギラついた騎士に呼び止められている。
「彼女達はアイラスと約束をしていたみたいだ。さあ、こちらへ」
戸惑う彼女を私の隣に座らせ、やっと息をついた。
『幻の金髪美女』が、いきなり食堂に現れたのだ。騎士達が沸き立つに決まっている。こんな狼の群れにエリスを放り込むなど、アイラスは何を考えているんだ。私はあいつをギロリと睨んだ。アイラスは私の視線など気にもせず、楽しそうだ。
私は彼女達の料理も飲み物も、半ば無理矢理取りに行った。このような場所でエリスを一人歩かせるわけにはいかないだろう。なるべく騎士からの視線を遮断しなければと私は必死だった。そんな私を見て、アイラスが可笑しそうに笑っている。あいつ……!
「お……美味しすぎるわ……」
アイラスを憎々しく睨んでいると、隣から天使のような声が聞こえた。エリスがムニエルを食べ、その美味しさに目をきらめかせながら感動していた。
なんっ…なんて可愛いのだろう。私は何度も食べている、何の変哲もないムニエルだ。こんな美味しそうに食べるのなら、タウロの夕食メニュー全てを食べてもらいたい。それを隣でずっと眺めたい。
エリスが「シチューも、とても美味しそうでした」と言うので「ではまたシチューの時にお呼びしましょう」と約束をした。その時は、また私が守れば良いのだから。
夕食を食べ終え、アイラスと二人で彼女達を送った。アイラスはそれとなく私とエリスを二人にしてくれた。こういうところが、気の利く男だ。
「今日は、お食事中にお邪魔してすみませんでした。ご迷惑を……」
エリスは終始恐縮していた。彼女が来たことのどこが迷惑だっただろうか。エリスが騎士達の目に晒されることが我慢ならないだけで。
「邪魔どころか……毎日でも来てくれてかまわないのですよ。タウロも歓迎するでしょう。でも、騎士達には注意してくださいね」
私がそう言うと、エリスは可笑しそうに笑った。
「騎士達にはって。バーナード様やアイラス様も騎士様ではありませんか」
彼女の安心しきった笑顔に、俄然もどかしくなった。私はもっと、彼女に意識して欲しい。私も貴方を捕えたい『男』だと。
「騎士達も男ですから……今日言ったでしょう。男達は皆、あなたが欲しいと」
彼女の見開かれた目を見つめながら伝えた。そうだ、そうやって私だけを見て欲しい。今、彼女の瞳に映っているのは私だけ。
たじろいだ彼女はもう、何も喋らない。私は満ち足りた気分に浸りながら、二人並んで残りの道を歩いた。
あの日彼女達を寮まで送り届けた後、アイラスに言われた。「一番ギラついてるのはお前だよ」と。私のどこがギラギラしていると言うのだろうか。
その後、アイラスが彼女達を食堂に誘ってくれたお陰で、第五寮では「金髪美女はバーナードの恋人」という説が出来上がった。食堂で、私が甲斐甲斐しく彼女の世話をやいていたからかもしれない。これにはアイラスに大感謝した。彼には「睨んだりして悪かった」と謝った。
噂のお陰で、私は日々絶好調だった。私が上機嫌で後輩の指導にあたっていると、後方にいる休憩中の騎士達の話し声が聞こえた。
「さっきレオンが、珍しく女の子に声をかけてさ」
「金髪の可愛い清掃係の子で」
「台車を動かせなくて困ってるところを、レオンが颯爽と助けてやってて」
「女の子も『すごい!』って言ってレオンもまんざらじゃなさそうで」
「見たこともない清掃係だったけど、あれはいい雰囲気だった」
「レオン、あれは恋だね」
何やら不穏な会話が聞こえた。
私は一気に集中出来なくなった。
可愛い金髪の女の子、「見たこともない」清掃係、すぐ助けてもらう警戒心の無さ……なんとなく私の中で警報が鳴る。
アイラスに指導を交代してもらい、私はゴミ収集所へ向かって歩いてみた。偶然イオと出会ったのでそれとなく尋ねてみると、やはりレオンが声をかけた清掃係はエリスだった。彼女は午後からゴミの回収だけ手伝っているようだった。なんと、開始一時間も経たずに『騎士との出会い』を果たしてしまっているではないか────
イオがエリスに任せたのは、第五寮と第四寮、そして鍛練場だという。
鍛練場など飢えた男の巣窟だ。第二のレオン・第三のレオンが生まれるに決まっている。
「イオさん……エリスさんは配達係です。あまり騎士が出歩く場所で配達係をうろうろさせないで下さい」
つい、イオに文句を言ってしまった。目を丸くして謝るイオと別れ、私は鍛練場へ走った。エリスが鍛練場に……騎士の群れに飛び込む事態は避けたい。彼女が来るのは多分裏口だ。私は裏口でエリスを待った。
「バーナード様?」
彼女は、もうすぐ第二便が始まるというギリギリの時間にやって来た。三角巾にエプロン・ゴミの荷車という装いであるのに、エリスの可憐さが隠せていない。レオンが恋に落ちるはずだ。
私はエリスを待たせ、鍛練場の騎士達に頼んでゴミを回収した。あとはこれを収集所へ持ち込めば完了だ。
「エリスさんはもう配達室へ向かってください。これは私が運んでおきますから」
彼女には早く配達の仕事に戻って欲しい。今なら第二便に間に合う事だし、何ならなるべく騎士の目につかない場所へ隠れて欲しい。私が荷車を引いていこうとすると、エリスが止めた。
「駄目ですバーナード様!」
その瞬間、先程の騎士の会話が脳裏に甦った。
『レオンが颯爽と助けてやってて』
『女の子も『すごい!』って言ってレオンもまんざらじゃなさそうで』
『あれはいい雰囲気だった』
「なぜ? レオンには頼って、なぜ私は駄目なんです?」
そう言うと、彼女の動きがぴたりと止まった。レオンに「すごい」と言っていたのは、いい雰囲気だったのは、本当だったのか。彼には易々と助けてもらって、なぜ私には遠慮をするのか。
悔しさ、苛立ち……私は子供のような嫉妬を隠せなかった。驚いた彼女の顔を見ることが出来ない。
後に引けなくなった私は、彼女を置いたまま荷車を動かした。
「バーナード様すみません……ありがとうございます!」
私の背中に向かってエリスの固い声が聞こえた。
「バーナード。夕飯は」
「食べない」
心配げなアイラスが自室のドアをノックするが、全く食欲が沸かなかった。
私はどうしてしまったのだろう。エリスの事になると、自分をコントロールすることが出来ない。最後に見た彼女の驚いた顔が、何度も何度もフラッシュバックする。呆れただろうか。嫌われてしまっただろうか……
レオンが羨ましかった。
確か彼は彼女と同じ二十歳のはずだ。親しみを感じさせる笑顔に、親近感の沸く穏やかさ。エリスも、レオンだから壁を感じず、自然と頼ることが出来たのだろう。
私には、どこか遠慮しているエリス。彼女からはいつも「すみません」「申し訳ありません」と謝られる。もっと気安く頼って欲しいのに。私だけを頼って欲しいのに。
私は独占欲ばかり強くなる感情と共存出来ないまま、自己嫌悪に溺れて週末を過ごした。
翌日、またアイラスがドアをノックする。
「バーナード。お前にお客様だよ。入れてもいい?」
「誰だ。またティエラか」
ティエラには、もう来るなと言ったはずだ。関係者でもないのに寮をうろつかれると、他の者に対して立場が無い。ティエラなら追い返して欲しい。
「違うよ。エリスちゃんだよ」
……とうとう耳がおかしくなったのかもしれない。アイラスの声で、部屋の前に来たのはエリスだと、そう聞こえた。彼女を私の部屋に入れる? まさかそんな。
私は現状を受けとめるのに時間を要した。もし本当にエリスなら、待たせてはだめだ。私は慌ててドアを開いた。
そこには、本当にエリスがいた。
淡い若草色のワンピースを着て。手には甘い匂いのする紙袋を持っている。
エリスの顔を見ただけで、私の中で澱んでいたものは一気に霧散した。
 
「バーナード様いきなりお邪魔して申し訳ありません。すぐ帰りますので」
「あ、ああ……」
また謝られてしまった。それでも、私の心はぐんぐんと浮上していく。エリスから、私に会いに来てくれた。しかも部屋まで。
エリスが入ると、アイラスによって部屋のドアが閉められた。私の部屋にエリスがいる。全く現実感が無かった。
エリスは、私にお礼をしに来たと言った。
「……先日、清掃係のお手伝いをしていた時の……本当に、ありがとうございました」
甘い香りの紙袋が私に向かって差し出される。
そして彼女は、なぜかいきなり謝り始めた。緊張のためか俯いたまま早口で。よく聞いてみると、私がエリスやイオに対して放った八つ当たりを、なんと『仕事に対する忠告』として受け止めていたらしい。
私はエリスの紙袋を手に取った。買ったものではない、彼女の手作りのものだと分かった。エリスが、私のために作ってくれた。私のために。
嬉しい、とても。手作りのお礼も、会いに来てくれたことも、ずっと私の言葉について考えてくれていたことも。彼女の真面目さが、ひどくいとおしい。
私は私なりに、これまで意思表示してきたつもりだった。しかし真面目なエリスは、私がレオンに嫉妬していたり彼女に独占欲を抱いていたりということを、夢にも思わないだろう。
「私も貴方が欲しい男の一人なのです。……分かってくれますか」
私は彼女に、直接的な言葉を投げかけた。早く、私のこの気持ちに気づいて欲しい。子供のように嫉妬する心に、エリスのことで一喜一憂するどうしようもない私に。エリス、君に気づいて欲しい。
エリスは、顔を真っ赤にして固まってしまった。ようやく、私の気持ちを分かってくれただろうか。
彼女の顔を覗き込むと、
「わ、私は、これで失礼します!」
エリスはバタバタと部屋を去っていってしまった。
私は途方に暮れた。私の気持ちは迷惑だったのか。分からない。ただ、彼女を困らせてしまったことは確かだった。
「……エリスちゃん相手に、急ぎすぎたんじゃない?」
事の顛末を見守っていたアイラスが、呆れたように呟いた。
誤字報告ありがとうございます!




