表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/16

憧れのバーナード様

アクセスありがとうございます( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )


「今朝、バーナード様のお部屋から女が出てくるところ見ちゃった」

 清掃係の下働き、イオが言った。彼女はミルクティー色のくせ毛を高く結い上げた、快活な印象の少女だ。

「バーナード様……ってあのバーナード・ガラクシア様?」

 配達係のエリスは、首をかしげた。彼女も淡い金髪のロングヘアをサイドで結い、動きやすい出で立ちをしている。

 ここは、エストレ王国騎士団第五寮の洗濯部屋。エリスは、イオと一緒にシーツの洗浄をしていた。

 こうして洗濯をしているが、エリスに与えられた仕事は配達係だ。主に個人宛の文書受付や小包の仕分け・配達・発送など事務的なものであったが、空いた時間には毎日こうやってイオの仕事を手伝っている。

 だいたい、二十人近く住むこの第五寮で、清掃係がイオ一人きりというのが無茶な話だった。元々、清掃係は三人体制のはず。騎士様とお近づきになりたいと下心を持つ新人が入れ替わり立ち替わり雇われるのだが、キツい業務ゆえ残っているのはど根性娘のイオだけなのだ。いつも「ご令嬢に騎士団寮の仕事なんて無理よ、エリスは別だけど」とイオは言う。

 彼女の言う通り、エリスは一応貴族のご令嬢だ。ただし、使用人も雇えないほど極貧のプルトン男爵家の生まれ。なんでも自分でやってきたエリスには、シーツの洗浄をはじめ清掃係の手伝いなどお手のものだった。

 山のようなシーツを洗いながら、イオはいつものように寮のあちこちで見聞きしたことを教えてくれる。彼女は口が軽いのがたまにキズだが、部屋への配達以外は配達室と管理室に籠りがちなエリスにとって、イオの話を聞くことは毎日楽しみになっていた。

(バーナード様の部屋から女性……少しショックだわ)

 エリスは先ほどの話を聞いて、目を伏せた。

 バーナード・ガラクシアは、二十四歳と若いが騎士団唯一の魔法騎士として一目置かれる存在だ。その上、漆黒の髪に煌めくような金の瞳、美しい顔にスラリとした体躯。当然の如くご令嬢方からの人気は絶大であったが、彼はそのことを歯牙にもかけていないようだった。

 そんな彼に、ついに女性の影が。彼女達が密かに憧れていたバーナードのスクープは、エリスとイオの気持ちを落ち込ませた。

「でもねイオ、仕方がないわよ。……バーナード様も二十四歳、まさに適齢期だもの」

「まあ……今まであの美貌にあのお立場で、女性の影が無かったことが不思議なくらいよね」

「お部屋にいらっしゃったのは婚約者の方かしら?」

「いよいよ、ご結婚されるのかなあ……」

 二人は揃って深いため息をついた。結婚した騎士様は、当然この寮を出ていってしまう。貧乏令嬢のエリスと平民のイオにとって、雲の上の存在であるバーナードとはこの寮が唯一の接点であったのに。

 女性になびかないバーナードではあるが、女性に冷たいというわけではなかった。エリスやイオといった従業員にも声をかけてくれる、気配りのできる男だった。エリス達はその何気なさの虜となっていたのだ。

「バーナード様が出ていかれたら、日々の潤いが無くなっちゃうわね……」

「そもそも、ガラクシア伯爵家の次男でいらっしゃるのに騎士団寮に住まわれてること自体がおかしい位なのだから。しかも末端の第五寮に。いい夢を見せて頂いたのよ、私達は」

 エリスは落ち込むイオを励ました。泣き言をこぼしながらも、シーツを洗う手を止めないイオは、流石である。山のようにあったシーツも、そのほとんどを洗い終えた。

「今日もありがとう、すごく助かった! あとは外に干すだけだから、エリスも自分の仕事を片付けてちょうだい」

「ええ。また忙しそうなら来るわ、じゃあね」

 エリスは洗濯部屋を後にし、管理棟の配達室へと急いだ。そろそろ今日の第一便が届く頃だ。

 騎士寮はエストレ王国騎士団本部の敷地内にあり、管理棟へはエリスの足でも歩いて五分とかからない距離だった。管理棟配達室へ届いた個人宛の手紙や小包を配達係の皆で仕分け、第一寮から第五寮まである騎士寮の担当者がそれぞれ寮へ持ち帰る。

 第五寮担当のエリスは寮管理室へ戻ると、その日持ち帰った手紙や小包の宛先と差出人を細かく記録し、第五寮の受付印を押してから、個室の手紙受けへ配達する。これが午後の第二便でも繰り返される。十七歳で配達係に就いてから約三年、彼女の毎日のルーティーンであった。 

「バーナード様へ……今日は小包も」

 バーナードには、よく手紙が届いた。

 差出人は『ミラ・エンハンブレ』。数ヵ月前、女性らしいチャーミングな文字で綴られたその名前を初めて見たとき、エリスは予感がした。業務上、守秘義務があるエリスはイオへ言ったことは無いが、それからというもの『ミラ・エンハンブレ』からの手紙はしょっちゅう届いている。

(部屋から出てきた女性……『ミラ・エンハンブレ』様かしら)

 配達記録簿にその名を記し、上質な包装紙に包まれた小包を保管棚に置いた。騎士の個室扉に備え付けてある手紙受けへ入らないものは、直接事務室まで受け取りにきてもらうことになっている。

『ミラ・エンハンブレ様からの小包がとどいております。管理室までお越しください』

 エリスはバーナードへ一筆記し、手紙の束に重ね、階段へと向かった。 

 寮は一階が管理室、食堂、浴室などの共用スペース、二階より上階が居住スペースとなっている。騎士達が出払った寮は、シンと静まりかえっていた。エリスは一通一通、個室へ手紙を届けていく。最後にバーナードへのメモを手紙受けに落として、午前の業務を終えた。

 騎士団寮の従業員が次々と辞めてしまう理由……キツい業務に加え、この静かすぎる労働環境にも原因があった。

 騎士団勤務を希望する者のほとんどは、騎士との縁が欲しくて来る若い女性だった。しかし寮の仕事は、騎士達が出勤した後の留守中に行われ、帰ってくる頃には業務を終わらせなければならない。厨房係を例外として。

 騎士達が帰ってくれば、それからは彼らのプライベートな時間になる。従業員がうろうろと居座ることは出来ないのだ。よって、寮勤務では騎士との仲が深まることなどめったに無いのであった。

 元々、エリスも「どなたかいいお相手を見つけてきなさい」と、親心から騎士団本部へ送り出された。彼女は貴族の端くれとして読み書きをしっかりと教わっていたので、幸いにも事務方で雇ってもらえた。

 しかしながら、管理棟や鍛練場などの騎士とお知り合いになれそうな部署は、すでに力のある令嬢達で埋まっていた。結果、エリスは末端の第五寮配達係に流れ着いたというわけだった。


 管理室へ戻ると、エリスの席の上に置かれた一通の手紙を手に取った。

『エリス・プルトン様』

 自分宛の手紙。差出人はエリスの母だった。

 手紙の内容は……読まずとも思い当てることは出来るが、せっかくペンを取ってくれた母のためにナイフで封を開ける。パラリと開くと、やはり内容はいつも通りのものだった。

 

 ──あなたももう二十歳でしょう。こちらには是非エリスをと、いくつも縁談があるのよ。そろそろうちに帰っておいで──


 ざっくりとまとめると大体こうだ。

 エリスの両親は心配していた。娘を騎士様に……と送り出したにもかかわらず、実際に配属されたのは寮の配達係。年頃のエリスは三年間浮いた話もなく、ただ真面目に留守中の寮の仕事をこなすばかり。

 優しい両親は、娘を不憫に思うのだろう、最近は毎月のようにこのような手紙が届く。 

 当のエリスはというと、この配達係の仕事が性に合っていたようで、ずっと働いていたいくらいだった。イオと話しながら雑務をこなすのは楽しいし、無事に手紙を届けることにも使命感を感じていた。

 ただ両親を案じると、タイムリミットはそろそろだろうか……バーナードが寮を出るのが先か、エリスが実家へ戻るのが先か。

(出来ることなら、バーナード様を見届けてからにしたいわね……)

 エリスが本日二度目のため息をついたところで、管理室の窓を覗き込む影に気付いた。イオだ。

「お昼行かない? 私もうお腹ぺこぺこ」

 時計を見るともう十二時を過ぎていた。時刻がわかると、急にお腹が空いてくるから不思議なものだ。

「私も! 今日のまかないは何かしら」

 エリスとイオは、寮の食堂へと向かった。昼間は騎士達がいないため食堂は閑散としているが、寮で働く者達のために、厨房係のタウロはいつも美味しいまかないを用意してくれていた。

「今日はグリルチキンと野菜たっぷりトマトスープだよ。二人ともたくさんお食べ」

「わあ!タウロさん本当に天才!」

 ハーブのきいたチキンと具だくさんスープの香りは、腹ぺこの二人の食欲をおおいに刺激した。さっそく席に着き、チキンに手をつけようとしたところ、イオが思い出したように話し始める。 

「そういえば、さっきはため息ついてたけど……手紙、どうしたの?」

「どうもしないわ。いつも通り、母からの手紙よ」

 イオは、あのため息を見逃さなかったようだった。エリスが母からの手紙に頭を悩ませていることを知っているからだ。

「貴族も大変ね。縁談なんて」

 エリス自身も、そう思う。家のためには仕方の無いことだけれど、決められた結婚なんて憂鬱なだけだった。


「縁談が、どうしたのですか?」

 その日何度目かのため息をついたエリスは、不意に後ろから話しかけられた。その声に振り向いてみると、そこには噂のバーナードが立っている。隣には同僚のアイラスまで。二人は共に第五寮の騎士だった。

「ああ、バーナード様、アイラス様。まかないはまだまだございますよ。たくさん召し上がって下さいな」

 タウロはいそいそと顔を出し、エリスとイオの向かいに二人の席を用意した。

 こうして時々、バーナードとアイラスは寮に戻ることがある。タウロの作るまかない料理を食べるためだ。「鍛練場の食堂よりも旨い」とのことで、彼らは時間の許す日があれば第五寮まで戻って来るのだった。

 向かいに座ったバーナードを見て、今朝の話を思い出した。今朝、彼の部屋から女性が出てきたという。つまりその女性とバーナードは一晩を共にした……そういう関係なのだった。

 大人の男性だ。そういうことがあっても当たり前だ。でもエリスはなんとなく意識してしまって、バーナードの顔を見ることが出来ないでいた。

「縁談とは、エリスの?」

「ええ、そうなんです。エリスったら田舎に縁談がきていて、親から帰ってこいって言われてるんですよ」

「イオ!」

「へえ……」

 バーナードがこちらをじっと見るので、エリスは大好きなトマトスープの味も分からなくなってしまった。

 彼はエリスを見つめたまま話しかける。

「縁談、受けるのですか?」

「……私がなかなか相手を見つけないものだから、母が心配しておりまして……いつもこうなのです。お気になさらないで下さい」

 これでは、いい年して相手に困っていますと言っているようなものだ。今朝まで女性と共にいたバーナードとは大違いである。情けなくて、エリスは顔から火が出そうだった。

「さあ、もう恥ずかしいので私の縁談の話は終わりにしてください」

 エリスは無理矢理話を終わらせると、食事に集中することにした。バーナードとイオの視線は感じたが、気付かぬ振りをして黙々とチキンを頬張ったのだった。


 そうしてまかないも終わり、後片付けをしながらふと思い出した。バーナードへ届いた、『ミラ・エンハンブレ』の小包を。

「そういえば、バーナード様宛に小包が届いていましたよ」

 手紙受けにメモは残したけれど、顔を合わせた手前、伝えておいたほうが良いだろうとエリスは思った。そろそろ昼休憩も終わり間近、バーナードとアイラスも席を立つところだった。

「そうですか。では今、受け取りに参りましょう。アイラス、お前は先に戻れ」

「あっ、お忙しいと思いますので、受け取りはいつでも構いません。五時以降は当直の騎士様がいらっしゃいますし」

 エリスの勤務は、朝八時から夕刻五時までと決められている。五時以降は、当直の騎士が管理室の番をしてくれるのだ。

「いや大丈夫です。今行きましょう」

 気を遣っていつでも構わないと伝えたつもりだったが、バーナードはもう管理室へ向かって歩き始めてしまった。仕方がないので、片付けはイオに目配せをして頼んでから、エリスも管理室へと急ぐ。


「こちらに受け取りのサインをお願いします」

 配達記録簿とペンを彼に差し出すと、バーナードはしっかりとした筆跡のサインを記した。彼はペンの持ち方まで美しく、エリスは思わず見とれてしまった。

「バーナード様宛の小包です。お受け取りありがとうございました」

「エリスは、この仕事を辞めるのですか」

 小包を手渡して終わりかと思いきや、彼が先ほどの話を蒸し返した。縁談のことだ。エリスにとって、今一番触れて欲しくない話題である。苦笑いで流したいところだったが、彼と目がばっちり合ってしまってそれも出来そうにない。

「もう少し働いていたいのですが、私も二十歳ですので……早く親を安心させたいとは思っております」

 エリスは肝心なところをぼかして誤魔化した。自分自身も、まだ決めかねているのだから。

「婚約後も働くことは出来るかもしれませんよ」

「えっ」

 なぜだろう。今日のバーナードはやけにぐいぐいと突っ込んだ話をする。

「相手によりますでしょうし……縁談がいくつか来ているようですので、まず確認をしてからと思いまして」

「いくつか?」

 彼は意外そうな顔をした。確かに、貧乏男爵家への縁談など、本来ならそういくつもあるものではない。エリス自身も不思議に思っていた。お金が無いから持参金は用意できない。弟がいるから婿として家を継げるわけでもない。可能性を考えるなら、貴族と繋がりたい平民だろうか……

「本当に、うちなんかに……不思議ですよね。母もこのチャンスを逃すまいと息巻いてますよ」

 冗談を言って、もうこの話はおしまいにしてしまいたい。エリスは記録簿を片付けるふりをしてバーナードに背を向けた。

「不思議ではありませんよ」

 おしまいにはならなかった。

 彼からは予想もしない言葉が返ってきた。

「皆、あなたが欲しいのですよ。男が望むことなんて、ただそれだけです」

 驚いたエリスが振り向くと、バーナードはこちらの表情を見て満足したように微笑む。そして彼は「それでは」と言い残し、管理室を後にした。

 残されたエリスは、放心した。

 彼の足音が次第に遠ざかる。

 彼女の頬はじわじわと赤く染まり、終いには指先まで真っ赤になってしまっていたのだった。

誤字報告ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ