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転生娘の初恋の行方

作者: 雨宮 梓

 私の両親はゲームが好きで、家にはたくさんのゲームがあった。ジャンルは様々で、その中でも私が一番好きだったのがドット絵のRPG。ストーリーがとても好きで何度もプレイした。だけど一ヶ所だけ、どうしても納得がいかず悔しさのあまり泣くシーンがある。それが主人公の叔父、ゼト・ライガーネットが主人公のために悪役になって誤解されたまま殺されてしまうというシーン。


 私はそのシーンを見るたびに泣く。どうして救いがないのか、と。そして主人公がそのことを知るのが最終ボス戦の直前。メンタルがボロボロの状態での戦闘となり、かなり苦戦を強いられる。だけどゼト・ライガーネットが主人公のために幾つかの仕掛けをしてくれていて、それでボスを倒すことができるのだ。


 訪れる平和。

 幸せで穏やかな暮らし。


 そう……世界は平和になり、主人公たちも穏やかに暮らす。だけど彼には救いがなく、五十二歳でその一生を閉じるのだ。


 余談だが、私が十六歳のときにリメイク版が発売された。ドット絵も好きだったけど、グラフィックがとても綺麗になっていて登場人物たちの顔立ちなどがはっきりわかるのが嬉しかった。ただやっぱり問題のシーンは表情などもわかりやすくなっていたため、ドット絵のときよりも号泣した。


 私がそのゲームを初めてプレイしたのが十二歳。そこから私が死んでしまう十七歳まで納得していない。だから私がゲーム(この)世界に転生したということを理解した瞬間、彼にも穏やかな生活を送ってもらえるかもしれないと思った。だって私は知っている。主人公たちの旅の終わりまで。


 それに気づいてからの私の行動は早かった。私は必要なスキルを取得し続け、前世の私と同じ十七歳になったときにはかなり強くなっていた。特に隠密スキルは主人公たちより上だと自負している。いや、自負も何もみんなの最終パラメーターを知っているから、そこより上を目指して頑張ったわけですけども。だってゼト・ライガーネットはもちろんのこと、誰も死なせたくなかったし。だから安心安全確実な方法のために頑張りましたよ。ええ。


 それで結果から言うと……見事ストーリーを壊さず、ゼト・ライガーネットも死なずにクリアできました。そしてそれに対するズレや修正、誰かが身代わりのように死ぬなんてこともなく戦いを終えることができた。


 私が望んだ平和なエンディング。

 すれ違いも、後悔もなく……死に別れることもない。

 ゼト・ライガーネットと主人公が一緒に笑って喜びを分かち合っている姿がある。そしてそこにパーティのみんなが近寄って一緒に喜びを分かち合っている。


 私はその姿が見たくて、メインストーリーに登場しない私をみんなの仲間になるよう推し続けたのだから。それはもう、押し売りのごとく私を推した。私がいればどのくらい役に立つかを説明し続けた。主に主人公とゼト・ライガーネットに。その甲斐あって、見事仲間入りに成功したのだ。だからこそ見られた。そして私は満足したのだ。心残りがないと言っても過言ではないくらいに。


 戦いが終わり、その姿を見られた私は「よし。私のやりたいことは終わった。見たい姿も見られた。あとは異物である私がみんなと別れるだけ。二度と会わないようにしないと」と思った。あのときは確かにそう思ったのだが……それは私の想像していなかった出来事が起きたせいで思っただけに終わった。


 どういうことかと言うと、何がどこでどうして気づかれていたのか、私がゼト・ライガーネットに恋心を抱いていることに主人公含む女性人が気づいていた。そして男性人の中にも気づいている人がいて、その人たちが私の恋を応援と言わんばかりに彼に私を薦め続けた。それはもうべた褒め状態で、みんな私のいいところしか言わない。お願いだから私の短所についても触れてほしい……というより私の恋は叶わなくてもいいので彼に私を薦めないでほしい。これ以上のストーリー改変は後が怖いから。それにせっかくみんな無事なんだから、これからはみんなで平和に暮らしてよ。異物である私のことなんて忘れていいんだよ。うん。だからもう私を薦めるのをやめてほしい。私はみんなの笑顔が見られて大満足だから。


 そう思う私をよそに、みんなは私を薦め続ける。何度か私を薦める人たちに物申したが「大丈夫! 私たちが必ず幸せにするからね!」と返され聞いてもらえなかった。そんなみんなを見て、早くみんなと別れなければと焦りが出てくる。これ以上、流れで一緒にいるわけにはいかない。私は異物で、みんなには必要のない存在なのだから。


 そう思いながら、私は宿の窓から夜の景色を眺める。


「……」


 主人公の両親が治める国へ着くには、あと二回は海を渡らなくてはならない。だから港に着いたときに別れを切り出そう。それで私も海を渡って、別の場所へ行く。そして仕事を探して家も見つけなきゃ。それから……。


「はい」


 扉が三回ノックされて、瞬間的に返事をする。そして扉を開けるために立ち上がろうとしたけど、聞こえてきた声にぴしりと固まる。


 今の声は間違いなくゼト・ライガーネット。え、どうしてここに。いや、ここに来たということは何かあったのかもしれない。急いで開けねば。


「夜分遅くにすまない。ゼトだが、少し話がしたい」


 私が扉を開けるのが遅くなってしまったためか、申し訳なさそうなゼトさんの声が耳に届く。


 ああ、ごめんなさい。私が固まったばかりに。ゼト・ライガーネットに申し訳なさそうな声を出させてしまった。


「すみません! 開けるのが遅くなりました!」

「いや、こちらこそすまない。突然訪ねて」

「いえ。気にしないでください。どうかしましたか?」

「……」


 ゼト・ライガーネットが私をまっすぐ見つめて、何か言いづらそうにしている。


 これは……もしやみんなが私を薦めることに対しての苦情を言いに来たのでは。だから言いづらそうにしているのかも。


「レイン。君に言いたいことがあるんだ」

「はい」


 う、どうしよう。恋は叶わなくてもいいとは言ったけど、真っ向から断られるのは辛いぞ。だって私が告白したわけじゃないし、ストーリー改変をしすぎないように隠してきたのに。ただ、気持ちとしては覚悟をしなければ……。


 私は意を決してゼト・ライガーネットをまっすぐ見つめる。すると彼も意を決したように口をゆっくり開いた。そして。


「私と結婚してほしい」

「え……?」

「突然、このようなことを言われても困ると思う。だが、私は君と夫婦になりたい。どうか私の妻になってもらえないだろうか」

「……」


 ゼト・ライガーネットの言葉がうまく理解できず、ぱちぱちと瞬きすることしかできない。


 今、結婚してほしいって言われた。言われたよね。え……もしかして私はプロポーズされたのかな。いやいや、まさか。ねえ。そんな都合のいいことが起きるはずないんだよ。だって少女漫画じゃないんだから。


「……」


 あ……少女漫画じゃないけど、ここゲームの世界だった。もしかしたらご都合主義的なシステムが発動している可能性がある。だけど……。


 混乱する頭をどうにか落ち着かせようと試みるけど、どうにも私の頭は落ち着いてくれない。これは前世の記憶があるとわかったとき以来の大混乱だ。


「ゼトさん……」

「なんだ?」

「私と結婚して後悔しませんか?」

「しないな。する可能性があるのなら、私は結婚してほしいとは言わない」


 ゼト・ライガーネットの言葉に、この人はそういう人だったなと思い小さく頷く。


「っ……! ありがとう。私の妻になってくれることを選んでくれて」

「え……?」


 私、返事をしたかな。いや、してないな。どうして……あ、さっき小さくではあるが頷いた。それを返事と思ったのかも。それはまずい。訂正しなきゃ。


「ゼトさ、ん……」

「どうした? いろいろ不安はあると思うが、私が必ず支えるから。安心してほしい」


 ぐっ……とても幸せそうな表情をしているゼト・ライガーネットに間違いを訂正しようとした私の言葉はどこかへ消えてしまった。そしてそれと同じくストーリー改変のしすぎはよくないという考えも、どこかへ消えてしまった。


 ただ言えることは、今の私の心が幸福に満たされているということ。


「……」


 私がゼト・ライガーネット見ると、栗色の澄んだ双眸が私を捉える。そして、ふわりと効果音がつきそうな柔らかい笑みを浮かべ「幸せになろう。レイン」と言った。


 結局、私は訂正することができず――ゼト・ライガーネットと結婚した。



          ******



 ゼト・ライガーネットと結婚してから、早一年。私はそれなりに幸せに暮らしている。


 日々が過ぎるのは早いと思うのと同時に、あの戦いで被害にあったところは未だ復興できていないところがたくさんある。なので手分けしてそういう場所へ行き、各々自分にできることをしている……とは言っても、私はあまり役に立てていない気がするので申し訳ない気持ちだ。そして復興できていないところへ行っていないときは、趣味の畑作業や料理に裁縫といった家事をしたりして過ごしている。


 主人公たちと一緒に何かをすることに不満はない。ただ、ゼト・ライガーネットとの夫婦関係については不安がある。


 それと言うのも、結婚してからすぐに彼は私と距離を置き始めた。それはもうただの仲間だったほうがよかったのではないかと感じるくらいには。


「はあ……」


 ストーリー改変の影響が今さら出てきた感じかな。途中から頭がお花畑状態になってたから冷静な判断できてなかったし。それに旅のなかで私の嫌なところとか見てるはずだから、そういった意味では避けられないと思いたい。


「……」


 一度、彼に問いかけたがはぐらかされてしまって理由はわからずじまい。だから何もできない。


 そういえば……あの人から愛の言葉を聞いたことがないな。結婚するときもそういった言葉はなかったし、結婚した今もない。


「ああ、そっか……」


 ゼト・ライガーネットは私のことを異性として特別に好きというわけじゃない。


 私は、ただの仲間――。


 主人公たちの役に立つ力をたくさん持ってる強い仲間。その仲間の恋心を知っている主人公たち。応援という名の引き留めだ。恐らく私を失うことはかなりの損害だったのだろう。


 あの幸せそうな表情や柔らかい笑みは全て私への愛ではない。


 愛する国のため。

 愛する兄弟のため。

 愛する主人公のため。


 見間違い、勘違いもいいところだ。幸せそうな表情や柔らかい笑みは私の引き留めに成功した安心からのものだろう。


 ……私がみんなの性格を歪めてしまった。プレイしていたときの主人公たちは、とても魅力的で素敵な人たちだったのに。私が好き勝手に動いたから、みんなを変えてしまった。


「……」


 逃げ出してはいけない。ちゃんと責任をとるべきだ。私にはその義務がある。


 ああ、でも……苦しいなあ。


 私は勝手に流れてくる涙を隠すように、膝に顔を埋めた。



          ******



 今さら事の重大さに気づいた私だったけど、私の態度が変わるのは違うと思っていつも通りにしていた。


 あの日から幾日か経った今日、私は台所に立ち軽食作りに励んでいた。軽食を作り終えたら、次は甘いものを作って。それもできたらお城まで行ってみんなとお昼ごはん。


 今日はクラリスたちと訓練だって言ってたし、量は多目にしよう。お茶も好みで選べるように何種類か用意しようかな。選ぶ楽しさってあるし。あ、でもゼト・ライガーネットには渋いお茶を。彼はいつも迷わずに渋いお茶を選ぶし。


「……」


 ふと、朝のやり取りを思い出して手を止めてしまう。


『レイン』

『なんですか?』

『何かあったのか』

『え……? 何もないですよ』


 彼からの問いかけに一瞬だけ顔が強張ってしまったが、どうにか笑顔を貼り付け答えた。そんな私をゼト・ライガーネットはじっと見つめ、静かに「そうか」とだけ言った。


 突然どうしたのだろう。あの日以来、泣いていないから目が腫れているなんてことはない。なんだったら睡眠もそこそことれているから隈があるなんてこともない。だから、なんで問いかけられたのかわからず困ってしまう。


 ……もっとちゃんとやらないと。いつも通りに。そう。ちゃんと。


「レイン様。何かお手伝いしてもいいことはありますか?」


 不意に後ろから声をかけられ、振り向く。そこには、少しそわそわとしたメイドのリリィがいた。


「えっと、とりあえず何も……」


 ないです、と言おうとして言葉を飲み込んだ。だって私の返事を理解したリリィがしょぼりとしてしまったから。


 うぐ……確かにメイドさんや執事さんにシェフや庭師さんなど貴族の家にいるだろう人たちは全員いる。いるけども、前世を含め元々そういう人たちがいない生活だったためどうにも慣れなくて。申し訳ないとは思いながらもできることは自分でやれるようゼト・ライガーネットや皆さんに交渉したのだ。だから私のことは私でどうにかしてきた。ただご都合主義なのか、屋敷の人たちに嫌われている様子はない。


「あ! このタレを味見してもらえませんか? ちょっと辛い気がして」

「はい! ぜひ!」


 ぱあっと花が咲いたように嬉しそうに駆け寄ってくれるリリィに、味見用のスプーンを取り出しタレを掬う。そしてリリィの口元にスプーンを持っていく。


「お願いします」

「……あ、え、あの、これは旦那様に申し訳ないので自分で持ちます」

「ゼトさん?」

「はい! 旦那様です! 旦那様を差し置いて私が先にレイン様にあーんをしていただくわけには参りません!」

「ん、んん……? 別にゼトさんは気にしないと思いますよ」

「いいえ! 旦那様はレイン様のことを溺愛してますもの! 私が先にレイン様にあーんをしていただいたと知ったら落ち込んでしまいます!」


 リリィが拳を握って力説するものだから、困惑する。


 ゼト・ライガーネットが私を溺愛。ないない。それはない。断言できる。だって溺愛してる人と距離を取るなんてことがありますか。ないですよね。それに一切、愛の言葉がないんだよ。それで溺愛と言われても、想像がつかないし。現実を見た方がいい。


「ふ、ふふ……期待させないで」 

「レイン様。申し訳ありません。聞き取れなかったので、もう一度お願いできないでしょうか?」

「ごめんなさい。小さな声で言って。ただリリィさんが可愛いなあって思ったら、心の声が零れてて」

「も、もう……! レイン様ったら! ありがとうございます。ですが! 私はレイン様が可愛いと思っていますので!」


 真っ赤になって照れながらも力強く私を可愛いと言ってくれるリリィが可愛い。動きや表情が。うん。すっごく可愛い。


 ゼト・ライガーネットは私のような年下ではなく、彼女のような愛嬌のある可愛い女性が似合う。あ、でも落ち着いた雰囲気の女性も似合うな。


 彼に似合う人を想像して、ぐっと何か重いものが心を押し潰していく。


 ……そうだ。彼には婚約者がいたじゃないか。でも主人公であるクラリスと旅に出る前に、破棄している。だって彼は死ぬ覚悟で旅に出ることを決めたのだから。婚約者に恋慕を抱いていたかどうかの詳しい話はなかったけど、それでもやっぱり好きだったと思う。


 彼の回想シーンで婚約者が出ていたから、顔を知っている。腰まである綺麗な黒髪に緋色の瞳を持つ美しい女性。


「……」


 ぐらぐらと体が揺れるような感覚に陥る。責任をとる義務があるとか言って、あれこれ考えて理由をつけて逃げ出そうとしてる。


「レイン様……? 大丈夫ですか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃいました。大丈夫ですよ」

「……」

「あ、そうだ! 味見お願いします!」


 心配そうに私を見るリリィにスプーンを渡して視線を少しずらす。


 不安も何もかもお腹の底へ。溢れ出てこないように厳重に重石を乗せて。ほら、そうしたらいつもの私になる。


「味、どうですか?」

「美味しいですよ! 今の時期にぴったりな辛さです!」

「よかった。それじゃあこのまま続けて作っちゃいます」

「はい。あ、他にお手伝いしても大丈夫なことはありますか? 私、レイン様と一緒にいる時間が大好きなのでできれば何かお手伝いしたいのですが」

「っ……! それじゃあ一緒に甘いものを作ってください。ごはんものはもう終わるので」

「はい!」


 気持ちを切り替えリリィと一緒に甘いものを作って楽しい時間を過ごした。



            ***



 お城の横にある訓練場にいつものように中へ入って、持ってきた軽食と甘いものを置きに休憩部屋へ向かう。


「あ、この気配は……」


 ゼト・ライガーネットと主人公のクラリスだ。


 遠い場所だけど、感知できるとは。無意識に張り巡らしていたらしい感知能力。復興場所で役に立つかなと思い取得した新しいスキルだ。これ、ボス戦前に取得しておけばもう少し楽に進めただろうな。


「叔父様がレインと結婚してくれてよかったです。おかけで彼女を引き留めることができました。本当にありがとうございます」

「お前が礼を言うことじゃない。彼女を引き留めるにはそれしかなかったのだから」


 感知能力で二人に集中していたから、聞き耳が発動して聞こえてしまった会話。


 こんなところで発動しないでよとか、もっと発動条件を絞れるように訓練をしておけばよかったと思ってもしかたのないことだ。もう聞いてしまった。


 これ以上は聞いてはいけないと私の頭が警鐘を鳴らす。でも焦りからか、私の意識は二人に向かってしまう。そのせいでより鮮明に聞こえてくる会話。


「そういえばレインが新しいスキルを取得したらしいですね」

「ああ。感知能力と身体強化をな」

「でも、もっとスキルを取得してほしいですね」

「そうだな。それがあればいざというときどうにかなる」

「はい」


 ――ぐしゃり。


 何かが潰れる音が聞こえた。瞬間、耳を塞ぐ。聞き耳は耳を塞いだとしても意味がないと知りながら。それでも耳を塞ぐ。


 あ……駄目だ。本当に駄目だ。

 何も聞きたくない。

 何も知りたくない。

 音が、邪魔だ――。


「ふ……っ」


 好き。

 大好き。

 愛してる。


「ふ、うっ……」


 今だってゼト・ライガーネットに幸せになってほしいと思うの。

 国のためでも、兄弟のためでもなく。ましてやクラリスのためじゃなくて。ただただ、あなたに幸せになってほしい。地位があるから全部自由とはいかないかもしれない。だけど……世界のために頑張ったんだから好きな人と結ばれてほしい。


「う、あ……」


 大丈夫。私はいなくならないから。ちゃんとやるよ。ちゃんとこの世界が進むべきだった物語を改変した責任はとるから。


 だからさ、もういいでしょう。神様。私の大切な人たちを戻してよ。優しくて温かい、仲間思いで命の大切さを知るあの人たちに戻して。



            ***



「あれ? レイン。どうした?」

「なにが?」

「泣いたあとみたいな顔して」

「ん? ああ、クゥシェラの玉ねぎを大量に切ったからかな。涙が止まらなくて大変だったんだ」

「クゥシェラのか。あそこのって甘めでうまいけどやたらと涙が出るんだよな」

「そうなのよ。甘くて美味しいんだけどね」

「ある意味、弱点だよなあ」

「ね」


 休憩部屋の中へ入ると、元さすらいの剣士であるディックがいて私の異変にすぐ気づく。目敏いうか、それだけ私の顔が酷いことになっているのだろう。問いかけられ、咄嗟に嘘をつく。


「あ、でもその顔だとライガーネットが気にするぞ。あの人、お前のことになると過保護だから」

「大丈夫だよ。今日はもう帰るし。夜まで会わないから」

「そうなのか? いつもは一緒に食ってくのに何か用事でもあるのか?」

「うん。ちょっとね」

「なんだよ、その含みは。どこに行くんだ?」

「秘密。それに、そういうのを聞くのは野暮だよ」

「うっ。でもよ、いざとなったときお前の場所がわからないんじゃ困るだろ」

「……」


 視線を下げて、口元には笑みを貼り付ける。そしてディックをまっすぐに見る。


「古書店に行くの。前々から読みたいと言っていた本が手に入ったからっておじさんに教えてもらったから」

「なんだよ。秘密にするような場所じゃないじゃないか」

「特別感を出したかったの。だから秘密って言ったんだよ」

「うーん。俺、そういう気持ちあんまないから難しいな」

「まあ、人それぞれだしね。ごめんね。私のせいで悩ませて」

「いやいや、俺こそごめんな」

「ううん。大丈夫。あ、それじゃあそろそろ行くね」

「ああ。気をつけてな」

「ありがとう」


 軽食と甘いものが入っている二つの鞄を机に置き、手ぶらで部屋から出る。


 さて、どうしようかな。さっきは咄嗟に嘘をついて古書店に行くなんて言ってしまったけど、古書店に行く用事もないし。でももし何かあったときにディックは古書店へ向かうだろう。そこに私がいなかったら手遅れになるかもしれない。それは後悔する。そうすると、嘘を嘘じゃなくする必要があるわけで。


「古書店へ行くか……」


 そう決めた私が古書店でおじさんに「あれ? 今日も来てくれたんだね。今日もレインちゃんが読みたいっていた本が入ったから、会いに行こうと思っていたところなんだよ」と言われるのをまだ知らない。



           ***



 古書店で本をたくさん読み耽り、満足した私はお気に入りの場所から海を眺めていた。ここは人通りがなく穴場なのだ。もし危険が近づいてもある程度は対応できるから、ここは私にとって大切な場所だ。


「んー! ちょっと冷静になれたなあ」


 咄嗟の嘘で古書店を選択をした私よ、いい選択をしてくれました。ありがとう。


 本の世界にどっぷりつかれたのがよかったんだ。うん。


「いやいや、せっかく冷静になったんだから落ち込んじゃ駄目だ……ん?」

「レイン!」

「え……!? わっ!」


 感知能力じゃなくて走ってくる足音に気づいて振り向くと、慌てた様子のゼト・ライガーネットがいて。もしかして何かあったのかと立ち上がったと同時に右腕を捕まれ、きつく抱き締められる。


 仄かに香る汗のにおいと彼自身の香りがする。安心できて私が愛しいと思える人の香り。


 結婚前も結婚後も一度だってなかった抱擁。嬉しいはずなのに、涙が溢れ出てしまいそうだ。


 状況が飲み込めない私と、どこか冷静な私が入り交じってぐちゃぐちゃ。


「レイン……」


 体が放され、彼の大きな手が私の両頬を包む。そしてゆっくりと上に向かされる。


「っ……!」


 ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないのになあ。どうして上手くいかないのか。


 私はただゼト・ライガーネットに幸せになってほしいだけなのに、なんて恩着せがましく自分勝手なことだろう。そんなことを思って行動する私が彼に幸せを送れるはずもない。


 ……でもさ、それが全てなんだよ。それが私の行動理由なんだよ。


「レイン……泣かないでくれ。私は君の涙を見たくないんだ」

「……」

「話をディックから聞いた。だが君がクゥシェラの玉ねぎを切って涙を流さないことを知っている。だから何があったのか私に教えてほしい。君の憂いは必ず私が晴らすから。どうか隠さず教えてほしい」


 彼の悲痛な叫びのように、でも静かな言葉たちに小さく首を横に振る。すると彼はその美しく整った顔を悲しそうに歪めた。


「どうしても、駄目か?」

「……」

「レイン……」

「……ゼトさんに幸せになってほしいんです。ずっと、ずっとそう思ってます。だけど私がいるせいでゼトさんが本当の幸せを掴めないのが悲しい。ただ、ただ悲しい」


 一度出した言葉は芋づる式に全てを出す勢いで口を動かし、喉を震わせ音にしてしまう。そして同時に涙が溢れて止まらない。それでも視線は彼の栗色の澄んだ双眸を見つめ続ける。


「ゼトさん。ちゃんと好きな人と結婚してください。離縁をしたって私はちゃんとこの国に残りますから。ちゃんとやることをやりますし、必要なスキルがあるのなら取得します。だから……どうかお願いです。幸せになってください」

「……」

「……」

「それは……無理だ。私は君なしでは幸せになれない」

「え……?」

「私は君を愛している。誰よりも」


 愛している――。


 私が欲しかった言葉。私が聞きたかった言葉。


「今さらだとわかっている。だが、信じてほしい。私は旅を共にするなかで君に恋慕を抱いた。私よりも若く美しい君に、私よりもずっと君の隣に立つに相応しい人間がいるとわかっていながら……君に恋をした。それが今は愛に変わっている。私は、君が愛しい」

「……」

「怖いんだ……君に触れて、君を傷つけてしまうのが。私も男だ。愛するレイン(ひと)に触れて我慢し続けられる自信がない。一度溢れ、触れてしまえば際限なく求めてしまう。それがわかっていたから君から距離をとった。身勝手な私を許してほしいとは言わない」

「ゼトさん……」


 こんなにも饒舌に愛を伝えてくれるのは、ご都合主義が働いているのかな。だってそうじゃなきゃ、さっき私が聞いたことはなんだったの。


「あの……」

「どうした」

「ごめんなさい。私、さっきスキルがまだ上手く扱えなくて感知能力が発動してたんです。そのときに聞き耳も発動してしまって、ゼトさんとクラリスの会話を聞いてしまったんです」

「会話……?」

「はい。私を引き留めることができたとか、新しいスキルを取得したからいざというときどうにかなるって」

「……どこから話したものか」

「……」

「まず、引き留めることができたということに関して話す。それはあの戦いを終え帰りの旅路で、我々は君が適当な理由をつけ一人になり二度と私たちには会わない気でいるということを知った。そして実は、我々は君が異世界から来たことを知っている。そして我々の未来を幸多いものであるように必死に動いてくれていたことも」

「え……?」


 情報量が多くて一瞬、頭の回転が止まる。だけど次の瞬間には通常に動き出す。


 つまり、みんな私が転生者だって知ってるということだ。私は絶対に言ってない。それじゃあ、誰が……。


「全ての戦いが終わったその日の夜、転生の間の神だと名乗る者が夢の中に現れ我々に告げたんだ。レインは別の世界の少女で子供を守って事故で亡くなった。だから生前、彼女が考えていたことを叶えたくてね。ここへ転生させたんだ。彼女は転生する前から君たちの幸せを願っているんだよ、と」

「転生の間の神……その人が言ったことを信じたんですか。ただの夢かもしれないのに」

「目が覚めて、我々は夢の内容をはっきり覚えていたんだ。だから考えた。そしてどれだけ考えても答えは、神の言う通りだと思った。君の行動は我々がしたくない、だが守るためにはしなくてはならないと考えていることを……しなくて良いように先に動いていてくれたのだから」

「……」

「君のおかげで私はクラリスや兄たちと生きられる。君が私を幸せにしてくれたんだ」

「……でも私は戦いが終わるまでしか知らないので、これから先何かあってもそのときの判断になってしまいます。私にはもう価値がありません」

「レイン。これから先何があっても、それはそのときどうにかする問題だ。もう我々は己の身がどうなっても、とは考えない。必ず生きる術を考え、守る術を考え続ける。それに君に価値がないなど、そんなことありはしない。君は私たちの大切な仲間で、私が最も幸せにしたい女性だ。だから我々のために動いてくれた君を幸せにできる方法を我々で考えた結果が……私との結婚だったのだ。転生の間の神に、君が私を前世から好いていてくれていると聞き、どれだけ考えてもこれしかないとクラリスたちが話を聞いてくれなくてな。君は十八歳で私が五十二歳。年の差がありすぎるし、君の隣に立つに相応しくないと思っていたんだ。だが……正直に言うと、君に想ってもらえていることが嬉しくてたまらなく幸せなのだ。今もあのときも、そしてこれからも」


 溢れ出ていた涙が、あまりの情報量の多さにすっと引いた。


 いや、あの、はい。どこから突っ込めばいいのかな。え、まず転生の間の神は何を勝手に人の恋心を本人だけじゃなく他の人たちにも教えてるの。怒るよ。それから勝手に私が転生者だって言わないでよ。隠してたんだから。言う気だってなかったのに。


「……」


 でも、これだけはお礼を言います。ありがとうございます。前世を含め今まで一度も見たことがない照れた顔をした彼を見ることができました。


「それからスキルについては、いざというとき君だけでも逃げられるからいいなという話で」

「ちょっと待ってください! もしものときは私だけでも生き残れって言うんですか! 私がなんのために動いていたのか知っているのに! なんでそんなことを言うんですか!」

「君に、幸せになってほしいからだ。だからどんなことがあっても君だけは生きてほしい」

「っ……! みんなを見捨てるなんてできません。それに最愛の夫を残して私が逃げて生き残るなんて……! そんな不幸がありますか! せめて一緒に戦おうくらい言ってください! 私の強さを知っているでしょう!」

「だ、だが……」

「だが、じゃありません! 私の想いを知っていながらどうしてそんなことを言うんですか!」


 彼の言葉に興奮してしまい、声を荒らげてしまう。でもしょうがないじゃないか。だって私の気持ちを知っていながら、私だけでも生き残れだなんて。そんな酷いことを言うから。私が一番幸せになってほしいのはゼト・ライガーネットなんだから。


「ふっ……」

「なんで笑ってるんですか。私、怒ってるんですよ」

「すまない。君の新しい一面を見られたことが嬉しくて、幸せだと思ったら漏れてしまった」

「う、ぐっ……」


 幸せそうに。それはもうすっごく幸せそうに私を見て笑うものだから、怒りが消えた。


「クラリスに問いかけられた。君以上に想える女性がいるかどうか」

「……」

「いないな。君以上の女性は」

「っ……!」


 ふっ、と柔らかい笑みで私を見るゼトさんを私もじっと見る。するとおでこにキスを落とされる。


「え、あ……」

「愛している。レイン」


 ぶわっと熱が身体中に集まり、そして心臓がいつもより早く動き始める。


 い、色気が半端ない。グラフィックで見たときより遥かにすごい。これは心臓が持たないくらいの色気かもしれないぞ。それになんて甘い顔で私を見るの。


 熱が引くどころか、沸騰してさらに熱くなりそう。


「レイン。答えてほしい」

「な、なんですか」

「我慢をしなくてもいいだろうか。今よりもっと君に触れたい」

「……」

「駄目ならば我慢する」

「う、あ、え……さっき怖いって言ってませんでしたか」

「言ったな。だがこうも言ったはずだ。一度触れてしまったら、際限なく求めてしまうと。今君に触れて、今まで我慢していた愛が溢れ出て私の全てが君を求めている」

「それ、は……嫌だって言ったら我慢できるんですか」

「君が本当に嫌ならする。もう君を傷つけたくないからな」

「……」

「レイン」


 自分の名前が頭の中で響く。きゅっと目を瞑って、羞恥心に負けないよう自分を鼓舞する。そして意を決して口を開く。


「ゆ、ゆっくりで順番とかその……一気に距離を詰めないでくれるのなら」


 上手に言えなかったけど、ちゃんと言ったぞ。うん。


「っ……!」


 自分を褒めていたら、彼の右手がするりと私の頬を撫で、私の右手を持ち上げ優しく握る。左手は未だに私の頬に添えられている。


「善処する」

「あ、ありがとうございます」

「レイン。これからはたくさん話をしよう。いろいろな話を」

「はい」

「本当にすまなかった。私がとても回りくどいやり方をしたせいで君を傷つけ追い詰めてしまったこと」

「私こそ、ごめんなさい。何も私から伝えることをしませんでした。ちゃんと伝えるべきだったのに」


 こつん、とおでことおでこがくっつく。目線が近く、互いの呼吸が近い。


「共に幸せになろう」

「はい」


 私とゼトさんの唇がどちらともなく近づき、そして――。


「私たちは見世物じゃないからな。お前たち」 

「そうですよ。覗き見だなんて」


 私たちがそう言うと、壁の後ろからぞろぞろとクラリスたちが出てくる。その顔には「惜しい! もう少しだったのに」と書かれている。でもみんなどこか嬉しそうだ。


「ゼトの旦那。いい雰囲気だったんだから、しちゃえばよかったのに」

「そうだそうだ! 私は見たかったぞー! もう一回いい雰囲気にして私に見せろー!」

「叔父様、ファイトです!」

「お前は今まで人気はあるが、誰かに恋をしたことがなかったから不器用なんだ。こういうチャンスを逃したら駄目だぞ」


 同時に言うから聞き取れなかった人たちもいるけど、とりあえず各々が好き放題言ってる。だけどみんなの前でキスは私にはレベルが高すぎるから勘弁してほしい。さっき負けないように鼓舞したけど、羞恥心に負けそう。


 私ではどうにもできなさそうだから、ゼトさんに助けを求めるべく未だ握られている右手を握り返す。すると驚いたように私を見て、すぐに笑って小さく頷く。


「最初から口づけする気はなかったよ。私もレインも。お前たちに見られていることに気づいていたしな。それに私が口づけをするときは、レインと部屋で二人っきりのときだけだ。それ以外ではしない」


 その言葉に全員が不満の声を漏らす。


「せっかく花びら用意したのに!」

「そうだそうだ! クラッカーも買ってきたんだぞ!」

「お祝いさせろー!」

「叔父様! 花びら綺麗なんですよ! ほら、レインも見て!」

「僕は男から女性に口づけが好みだ。ゼト。男を見せてくれ」


 なんだろう。この学生のノリは。みんなはしゃきすぎて大変なことになってないか。


「はあ……帰る」


 ゼトさんがため息を吐いたなと思ったら、すっと綺麗な流れで持ち上げられる。そして未だ不満の声を漏らしているみんなを放置して歩き出してしまった。私は慌てて後ろにいるみんなを見る。


「っ……!」


 みんな優しく笑っていて『レイン、大好き。私たちを守ってくれてありがとう。幸せになろうね』と魔法で書かれた文字をみんなが指差していた。


 じわりと目に薄い涙の膜が張る。それが零れてしまわないように気をつけながら、とびっきりの笑顔でみんなを見る。そして色とりどりの魔法の花びらを風にのせる。


「ありがとう。私もみんなが大好き」


 私の声が届いたみんなが笑みを深くし、手を振って見送ってくれる。


 きっとみんな心配して来てくれたんだろう。優しい人たちだ。私がゲームで知っているみんなだ。


 私は視線を上げ、ゼトさんを見る。すると彼も私を見てくれる。


「愛してます。あなたの妻になれてよかった」

「それは私の台詞だ。私も君の夫になれてよかった。愛している」


 穏やかな風が吹き、私がさっき出した魔法の花びらが舞う。

 

 

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[気になる点] この世界は某二大RPGの片割れみたいな魔物の跋扈する中世風異世界の認識で良いのでしょうか?だとするなら、享年五十二才とかざらではないかなと、私の感覚だとむしろ長生き分類ですらあります。…
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