ポットホール (4/4)
あれから、幾日幾年過ぎた頃か。
あの日の奇妙な光景は、今ではまったく思い出すことはなかった。
あのときまで――。
梅雨の貴重な晴れた日の朝――。
山積みになったまま一向に減る気配を見せない問題の数々に、心身共に疲弊し足取りも重く、駅へと歩いていた。
“なぜ、こんなことに……”
“いったい、なにがいけなかったんだ……”
“いっそ、このまま……”
「……このまま、どこかへ行きたい……」
ふと頭に浮かんだ言葉を無意識のうちにこぼれ落としたとき、どこからか声が聞こえた。
『ここへ……おいで……』
思わず立ち止まり、いったい誰がとあたりを確認しても、不思議なことに人ひとりいない。
空を見上げ……太陽の眩しさから目をそらすようにうつむくと、渇き始めているデコボコのアスファルトには、大小様々な水溜りが残っていた。
水面に映り込んだ、歪んだ己の姿を見つめ……。
緩慢な動作で財布を取り出すとたっぷりと溜まっていた小銭をすべて掴み取り、邪魔なかばんと一緒に放り捨てた。
まずは、足元にある水溜りに一枚……。
小銭を放ると幽かに音がした。
隣の小さな水溜りに一枚……その次……。
何枚の小銭を撒いたか。
直立した人間が入れるほどの水溜りへ、十円玉を放ったとき……音もなく十円玉は吸い込まれていった。
あたりをまたゆっくりと見まわし――しゃがみ込むと、指先を水面に刺し込めば、関節二つほどで地面につくはずが、そのままスッと肘まで入り込んだ。
そのまま……前のめりに……水溜りに……――。
“いらっしゃい……待っていたよ……ずっと……”
懐かしい声が聞こえてきた――。
御拝読ありがとうございました
m(_ _)m