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ナルシストと言われ婚約破棄されましたが、

作者: 秋月 咲夜

初投稿です。よろしくお願いします。

 「鐘ヶ(かねがえ)千夜子(ちやこ)、お前との婚約を破棄する!」


 煌びやかなホールに華美な衣装に身を包んだ多くの子息令嬢。

 先程までの楽しげな雰囲気とは一転、会場は水を打ったように静かになっていた。

 

 「鐘ヶ江、貴様のナルシストぶりとプライドの高さには前々からうんざりしていた。だがそれに加えてここにいる万丈(ばんじょう)(まど)()への数々の非道な仕打ち。俺はお前のような女が婚約者であることを恥ずかしく思う。よって、今夜、この場で貴様との婚約を破棄する」


 非常に整った容姿の黒髪の青年、國美綺(くにみあや)()が傍に立つ少女を庇うように美しい女子生徒と相対している。

 それに対して糾弾されている側の女子生徒、鐘ヶ江千夜子はいつものようにその美しい顔に笑みを浮かべる。

 

「婚約破棄、ですか・・・。ええ、國美会長が婚約破棄を申し出るのでしたら、ええ。構いませんわ」

 

 あっさりと承諾した千夜子に驚いた顔をしたのは婚約破棄を宣言した國美とその隣に立つ円香だった。


 「それに今は自由恋愛の時代。お爺様同士が勝手に決めた婚約に縛られるなど時代錯誤も良いところですし。それに・・・・」


 そこで千夜子は言葉を切ると、チラリと國美に隠れるように立つ円香を見た。


「例えお相手が一般家庭の方でも愛の形に違いはありませんものね」


 にこり、と千夜子は殊更笑みを深める。それに円香は怯えたように涙を瞳に溜めながら國美にしがみつく。


「貴様のそういうところが不快だと言っている」


不快そうな表情を隠しもしない國美が千夜子を睨む。


「あら、ごめんなさい。それでは私はこの辺で帰らせていただきますね」


 全く悪びれてないように謝る千夜子を國美はひたすら睨み続ける。

 千夜子は彼女たちを取り囲んでいた他の生徒たちの方を振り向くと、ドレスの裾を摘み、美しい礼を見せた。


「楽しい後夜祭に水を差すような真似をしてごめんなさいね。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」


 決してこの場のホストではない千夜子だが、それだけで場の空気を掌握する。

そのまま、ホールの出入り口へと足を向ける。

だが、ふと、足を止めると千夜子は國美の方を振り向いた。


「そうそう、國美会長。先程お話しされていた、万丈さんへの非道な仕打ちというもの。私には全く心当たりがございませんので、後日にでも是非教えてくださいな」


 笑みを絶やさずそれだけを言うと、千夜子は今度こそ振り向くことなく美しい姿勢でホールを後にした。

 

 

 櫻麗学園、都心から離れた長閑な郊外に位置するこの学園は国内でもトップクラスの伝統と格式、そして教育レベルを誇る小中高一貫校である。莫大な学費により通えるのは日本でもごく限られた資産家の子供達だけであり、それゆえ家のランクが生徒たちの関係にも反映されている。

 そんな学園に2年前から新設されたのが特例生制度であった。特例生試験に合格した生徒の学費等の学校生活にかかる費用を免除すると言うものであり、その最初の特例生が件の万丈円香であった。

 万丈円香、容姿は中の上。愛嬌のある笑顔と朗らかな性格、誰にでも優しくまた物怖じしない態度から高等部生徒会から特別目を掛けられている生徒である。

 その筆頭が先日千夜子に婚約破棄を言い渡した國美であった。


 (バカらしい・・・・)


 後夜祭から二週間後、千夜子は生徒会室で生徒会の面々とお姫様のように彼らに守られている円香と対面していた。

 このメンツで仲良くお茶会、などでは当然なく、千夜子は‘’円香にした非道な仕打ち“と言うものについて糾弾されているところであった。

 

意気揚々と千夜子が行ったと言う非道な仕打ちの数々とその証拠を話す生徒会の面々。そして、その話に涙ぐみながら補足を加える円香の様子はまるで下手くそな演劇のようであった。

 

(まるで子供のおままごとね)


 白けた気持ちで話を聞いていた千夜子の態度が気に食わなかったのか、國美が千夜子の目の前の机を思い切り叩く。


 「これだけ証拠が揃っていてそのふてぶてしい態度、相変わらずだな鐘ヶ江」

 「証拠、と言われましても全てが万丈さんのお話のみ。証拠、と言う言葉の意味をわかっておいでですか?」


 残念ながら現代日本では被害者の証言だけでは加害者を責めることはできないのである。


「他の生徒から、誰かが万丈さんをいじめているという目撃情報はありましたか?隠されたり、壊された物品、と言うものから私や私以外の指紋でも出ましたか?あとは・・・。そう、私に指示をされたと証言する方がいましたか?」


千夜子のその弁に生徒会が押し黙る。

 そんなもの見つかっていないことはこの様子からも明白であった。

 そもそも、ありもしない事実を証明する証拠など存在するはずがない。


「全く・・・。おままごとに付き合わせないでいただきますか?私も暇じゃないのです」

「決定的な証拠はまだない。がお前が複数の女子生徒と度々サロンや教室で何かを話していたという話は生徒から聞いている」


メガネのツルを押し上げながら副会長が冷徹な声で言う。

全く、証拠が出ていないのにこれだけ責められるとはとんだお笑い種である。

 千夜子はいっそのこと手を叩いて笑おうかと思ったくらいだ。


「ああ、確かに。何度かお茶を」


だが、そんな下品なこと、この鐘ヶ江千夜子にはふさわしくない、と己を諫める。

代わりに、心当たりがある、と言うように、彼らに気を持たせるように答える。

それに千夜子の思惑通り、生徒会の彼らはしたり顔をする。

だが・・・


「その程度で犯人扱いするとは、皆さんあまりにも短絡すぎませんこと?」


小馬鹿にしたようにそういう千夜子に生徒会のメンバーは明らかに怒りを露わにする。


「お話になりませんわ。今度お話しするときはもっとまともな証拠を用意してきてくださいね」


やれやれ、と首を振り、千夜子はソファから立ち上がる。


「おい待て、話はまだ・・・」

「私の話を聞いていませんでしたか? まともな証拠もないのにあなたたちのおままごとに付き合うほど暇ではないと言ったはずですが?」


冷え切った目を向ける千夜子に國美はわずかに後ずさる。

しかしすぐに、千夜子は白百合と称される美しい笑顔をその顔に浮かべる。


「それでは皆様ご機嫌よう。証拠が出てくるとは思えませんが、証拠探し頑張ってくださいね。卒業式くらいまでなら待って差し上げますわ」

「虚勢をはれるのも今のうちだぞ、鐘ヶ江」

 

 負け犬の遠吠えと言わんばかりに悔し気にそんな言葉を投げかける國美に千夜子はとびっきり美しい笑顔をたたえて告げた。


「あら、その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」


と。

優雅にスカートの裾を翻しながら生徒会室を出ていく千夜子を見送る國美たちは誰もが苦虫を噛んだような顔をしていた。


 それから二ヶ月、千夜子は生徒会室に呼ばれることもなく、いつも通りの学校生活を送っていた。間に夏休みが挟まったが、それでも特にこれといった変化は見られない。

 

(何かあるかと思っていたけれど・・・杞憂だったかしら)


中庭のベンチに座りながらぼんやりとそんなことを考える。時折、残暑の残る生ぬるい風が千夜子の髪をなびかせるのも気にせず、千夜子は物思いに耽っていた。

明日の新生徒会の着任式を持って、國美たち3年生役員の任期が終わる。そして、これから國美たちも受験勉強に本腰を入れなければならない。受験勉強をしながら万丈円香の話に耳を傾け、証拠探しもしている暇があるほど、國美の受ける志望校は容易くない。

 だから、何かあるなら今日までにあると思っていた。


(万丈さんのあの様子なら何か仕掛けて来るかと思っていたけれど・・・)


二か月前、千夜子が生徒会室で詰問されているときの円香の表情、婚約破棄された時の円香の表情。そして婚約破棄されるまでの円香の視線。そのどれもが、千夜子を害そうとする悪意や嫉妬がにじみ出ていた。


「千夜子姉さん」


思考の渦に沈んでいた千夜子は、文字で起こしたらハートマークがついていると思えるほど可愛らしい声で現実に呼び戻された。

誰か、など考えるでもなく、声の主はわかった。


「國美麗都・・・」


 俯かせていた顔を上げると目の前には中等部の制服を着た可愛らしい少年が立っていた。

國美麗都、國美綺都の弟だ。


「こんにちは、千夜子姉さん」


にっこりと笑い、軽やかに千夜子の隣に座る。仕草の一つ一つが物語に出て来るような可愛らしい少年そのもので千夜子はいつも感心してしまう。


「こんにちは。今日はどんな御用かしら?」

「御用がなきゃ遊びに来ちゃダメですか?」


キュルンとした瞳を潤ませながら首を傾げる麗都。

だが、千夜子はそんな様子を鼻で笑う。


「私のまえで猫をかぶってどうするのかしら?」

 

普通であれば、その可愛さにドキドキしてしまうだろうが、千夜子は麗都のこれが演技だと知っている。


「・・はあ、つまんない」


途端、面白くなさそうな顔をして背もたれにもたれる麗都に千夜子は小さく笑う。

いくら近くに千夜子しかいないとはいえ、ここは学園の中庭。いつ人が来るかわからない場所でふりを辞めてしまうのを見ると、まだまだ中学生だな、と思う。


(綺都くんならそんなことはしないわよ)


 そっと、心の中だけで呟き、人前では弱い所を決して見せない元婚約者のことを想う。

 ・・・元気にしているだろうか。


「それで、今日の用件は?」


すぐさま頭を切り替えた千夜子が麗都に問う。


「千夜子姉さん、雅樹兄さんとの婚約を保留しているっていうのは本当ですか?」


 雑談も前振りもなく、突如聞かれた事に千夜子は少し虚をつかれる。

 だが、すぐさまいつもの澄ました顔に戻ると


「まあ、そうね」


 と正直に答えた。


 雅樹、とは綺都たちの従兄弟で、現在國美総合病院で医師とし働いている人物だ。ひどく優秀な人物で、いずれかは國美会の跡を次ぐ人物だと言われている。

國美会総合病院現会長である國美の祖父と雅樹が鐘ヶ江本家にやってきて、婚約の話をしたのが夏休みの終わりごろの事であった。

 千夜子はその話を麗都が言う通り、保留にしてほしいと返事をした。

本音を言えば、雅樹との結婚は断りたかったのだが、そうもいかなかった。


「どうしてですか?國美と鐘ヶ江家の結婚は必然。綺都兄さんとの婚約が破棄された以上、他に選択肢があるとは思えません。・・・もしや、僕、とか・・・?」


 口に手を当て、わざとらしい顔を作る麗都にデコピンをする。

 大した力を入れていないのに、麗都はものすごく痛い、という顔をする。

 こういうところが年上のお姉さん方に好かれるのだろうな、と千夜子は思った。


「残念ながら年下は対象外よ」

「それじゃあ、それこそどうしてですかって感じですよ。雅樹兄さん以外に選択肢なんてないじゃないですか」


 麗都のいうように、鐘ヶ江と國美の結婚は昔からの決定事項だった。そして、千夜子と結婚できるのは年齢的にも条件的にも雅樹、綺都、そして麗都の三人のみ。

 雅樹との婚約を保留し、麗都は対象外という点でわかってもいいようなものだが・・・


「どうしてって、頭いいのにわからないの?」


 わざと、意地悪く聞いてみる。それは、この生意気な義弟をからかいたいという気持ちが半分、そして半分は気恥ずかしさからだった。


「女心なんてわかるわけないでしょう。勿体ぶってないで教えてくださいよ」


 すねたようにそう言う麗都に千夜子は苦笑いする。後で、「女心が分からない」なんて間違っても女性の前で言ってはダメだと教えてあげなければ。

 だが、その前に。


「そうね・・・」

 

 千夜子は少し考えるように俯く。どう伝えれば、自分の大切な気持ちが伝わるか。

 だが、すぐさま顔をあげ、そして、麗都の方を見てはにかんだ。


「私も女の子ですもの。好きな人と結婚したい、そう言う夢だって見ていいでしょう?」


 シンプルに、普段は言えない本音を口にする。ずるいけれど、麗都の口を通じて、あの人に届けばいいと願いを込めて。

 普段の千夜子からは想像できない、愛らしい、まさしく恋する乙女と表するしかない笑みに麗都は思わず呆ける。


 「だけど、鐘ヶ江と國美の結婚は・・」


 呆然とわかり切ったことを言う麗都に千夜子はにんまりと笑う。どこか幼いその笑みもまた、見たことのないものだった。


 「何か勘違いしていないかしら?私は両家の結婚は強制や必然じゃなくて運命だと思っていたわよ?」


 恥ずかしながらね、と取り澄ましたように言うが千夜子の耳はわずかに赤くなっている。そんな千夜子の様子に麗都は今度こそ驚いた顔をする。

 だって、それはつまり・・・


 「千夜子姉さんは、本気で綺都兄さんが好きなんですか・・?」


 麗都の質問に千夜子は笑顔だけで答える。


 「・・そんな・・・趣味の悪い・・」


 呆然とした麗都の言葉に千夜子は吹き出した。実の兄に向かってなんて酷いことを言うのだろう。


 「でもですよ?千夜子姉さんは兄さんに婚約破棄されたじゃないですか」

 「それがどうかしたかしら?ステータスの高い男にしか興味のない女に私が負けると思って?」


 半分虚勢、半分本音だったが、そんなこと微塵も感じさせないほど、自信たっぷりに言い切る。


 「えぇー、そりゃ千夜子姉さんの方が女性として素敵ですけど・・・」

 「当たり前でしょう?私を誰だと思っているのよ」


 自信たっぷりに笑う千夜子に麗都は呆れ果てたようにつぶやく。


 「千夜子姉さんを振るなんて兄さんも趣味が悪いと思ってましたけど、お互い様だったんですね・・・」

 「あら、似たもの同士でお似合いだと言って欲しいわね」


 笑みを絶やさずそういう千夜子に、麗都は「はぁー」と諦めたようにため息をつく。

 しっかりと肩を落として下を向くというわかりやすい動作をつけて。


 「・・・卒業までです」

 「え?」


 麗都の突然の言葉に千夜子はキョトン、とする。


 「卒業までに綺都兄さんと復縁できなければ雅樹兄さんと婚約してください」


 お爺様たちは僕が説得します、と付け加える麗都に千夜子は今日何度目かわからない笑みをこぼす。


 「あなた、なんだかんだ言って綺都君のこと好きよね」 

 「っ・・別に・・・千夜子姉さんと同じくらいですよ」

 「と言うことはとっても大好きってことね」


 ふふふ、と口元に手を当てて笑う千夜子に麗都は不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 

 

 どこが好きなのか、と問われたらなんと答えるか。

 ずっと考えておきながら実際に話したことはあったかしら、と千夜子は壇上にいる國美を見ながら思った。

 壇上にいる國美は同じく壇上で並ぶ次の生徒会のメンバーを激励する言葉を語っている。

 その姿は自信とカリスマに溢れ、生徒を思いやる理想の生徒会長そのものだった。

 頑張っているな、と千夜子は思う。

 

(生徒会長なんて向いてない、なんて泣き言を言っていたのに・・)

 

 その時の様子を思い出して千夜子は少しだけ微笑んだ。

 周りに求められるまま、求められる姿を演じる。理想の生徒会長、國美本家の長男。

 カリスマ性があり、自信にあふれ、優秀で、羨望の眼差しと期待を一身に背負う。

 そんな、國美綺都を演じる。

 その努力の過程を、その重荷を、國美綺都の弱い部分を、千夜子はわざと気づかないふりをしてきた。気づかないふりをしながらも支えてきたつもりだった。


(それが、ダメだったのかしら・・・・)

 

 麗都には自信たっぷりに語ったが、正直なところ千夜子は諦めていた。そもそも婚約破棄をされた時点で綺都は自分に好意を寄せていなかったと言うこと。今更どう挽回をすると言うのか。

 万丈円香は男好きの猫被りだけど、男の人的には甘えさせてくれるような、そういう女の人の方がいいのかもしれない。

 少なくとも、励ましも手助けもわかりづらい私よりは―。


「これにて生徒会着任式を終了する」


 その言葉に千夜子は意識を壇上に戻す。

 いつの間にか新生徒会のメンバーは壇上にはおらず、國美が1人で立っていた。


 「本来ならこのまま退場と言いたいところだが、皆の時間を少し分けてほしい」


 國美のその言葉に体育館中に小さなざわめきが広がる。

 ざわざわと千夜子の胸の内にもざわめきが起こる。なんだか嫌な予感がした。

  

 「万丈円香、鐘ヶ江千夜子、壇上へ」


 全校生徒の視線が突き刺さるのを感じた。



 会場のざわめきは最高潮を迎えていた。

 壇上には無表情の國美の両脇にどこか勝ち誇った顔をした万丈円香といつものごとく、美しい笑みを浮かべた千夜子が立っていた。

 

 「僕の私情で時間をとってすまない、と謝りたいところだが、この問題は全校生徒に関わりのあることであり、僕ら第136期生徒会最後の仕事だ」


 シン、と騒がしかった体育館が静まる。言葉一つで全校生徒を静かにさせるあたり、さすがとしか言いようがないが、千夜子にはそんなこと考える余裕はなかった。

 全校生徒の前で何を言われるのか、気が気でなかった。ありもしない証拠をでっちあげ、國美に責め立てられるのか。はたまた、この前の様に万丈円香が情感たっぷりにありもしないいじめの事実について語るのか―

 ポーカーフェイスは幼少の頃から叩き込んできた。何を言われてもここで取り乱さない自信はある。いじめについても、そもそも自分はやってないのだから、取り乱す必要はない。

 だけど、だけど―


 「さて、第136期生徒会、最後の仕事は−」


 そこで言葉を切った國美は視線だけで千夜子の方を見ると、わずかに笑みを作った。

 その笑みを見て千夜子は瞠目する。

 だって、それは


「万丈円香の退学処分の決議だ」


 まっすぐ前を向いて言い切る國美の言葉に会場の全員が同じ意味の言葉を漏らす。

 だが、千夜子はひたすら國美の横顔に釘付けになっていた。さきほどみせたあの笑みは、國美が安心しろ、と千夜子に言うときの笑顔だった。 


 「どういうこと!?話が違うじゃない!!」


 ざわめく会場で万丈円香がひときわ大きな声で吠える。


 (話が違う?それって・・・)


 「万丈さん、今は國美会長のお話を聞くのが先ではありませんか?」


 すぐにいつものすまし顔に戻った千夜子は内心では疑問符を浮かべながらも、円香を諌める。それに円香はすごい表情で千夜子を睨みつける。

 人前で見せる顔ではないだろう、と千夜子は思ったが、さすがに黙る。


 「ありがとう、鐘ヶ江」


 その美貌にわずかに笑顔をたたえた國美に礼を言われる。

 見慣れているはずなのにやけに心臓が高鳴った。

 すぐに前を向いた國美は言葉を続ける。


 「皆もご存知の通り、櫻麗学園高等部規約第百二十五条には生徒会の持つ特例的権利について記されている。その中でも第百二十五条三項について、鐘ヶ江、説明を」

 

 なぜ自分に振ったのかわからないが、とにかく頭に叩き込んである規約について読み上げる。


 「え?ええ・・・。規約第百二十五条、第三項。生徒会は校内の風紀を著しく乱すものについて、その根拠を明示し、全校生徒の三分の二の賛成を得ることで、当該生徒の退学を理事長に申告することができる」


 高等部内の自治権がほとんど生徒会に委ねられているからこその校則だ。そして理事長はこの申告が虚偽で無い限り退けることはない。


 「その通り。僕ら第136期生徒会はこの櫻麗学園高等部規約第百二十五条第三項に基づいて、万丈円香の退学申請の決議を行う。それではまず万丈円香による校内風紀を著しく乱す行為について・・・」

 「ちょっと待ちなさいよ!!」


 國美の話を遮るように万丈円香が叫ぶ。


 「何かな?」

 

 想定済みなのか、國美は涼しい顔をしてそれを迎え撃つ。


 「意味がわからないわ!!綺都は鐘ヶ江千夜子の退学決議だって言ってたじゃない!!あいつが私をいじめてたことを全校生徒の前で明らかにするって言ってたじゃない」


 万丈円香のその言葉にどきりとする。全くの嘘だが、それでも全校生徒の前でそんなことを叫ばれるのは心臓に悪い。


 「君だって嘘をついて僕らを騙そうとしたんだ。そのお返しだと思ってくれ」

 「なっ・・・!」


 國美の言葉に円香は言葉を詰まらせる。その隙に國美は話を続けた。


 「では続けようか。まず万丈円香の風紀を乱す行為についてだ。まず一つ目が複数の男子生徒との交際、および意図的な寝取り行為だ」

 (綺都君の口からそんな言葉が出るなんて・・・)


 潔癖なところがある綺都からそんな言葉が出てくると思わなかった千夜子はわずかにショックを受ける。


 「校内交際は禁止されているわけではないが、同時に複数の男子生徒と関係を持つこと、また交際している相手がいる男子生徒に誘いをかける行為は学園内に不和を起こし、風紀を乱す行為としか言えない。そして二つ目は一つ目の行為に付随する女子生徒への暴言や攻撃的な発言だ」

 「そ、そんなことしてない!むしろ私が悪口を言われた方で・・・」


 ようやく現状の把握ができてきたのか、円香はあの甘ったるい声を出す。


 「残念ながら決定的な証拠がある。磯早庶務」


 國美がそう言って少しして女子生徒の声が体育館中に響いた。


 

 『〇〇君と付き合ってるってほんとですか万丈先輩?』


 女子生徒の声は加工しているようだが、その声が震えていることだけは分かった。


 『ええ、そうだけど?だってあんたみたいな冴えないのと付き合ってるなんてかわいそうじゃない』


 万丈円香の声は隠す必要がないからか一切加工されていない。その声は普段の甘ったるい声とは違う、明らかに女子生徒をバカにしたような声音だった。


 『なっ!ひどい!!』

 『はぁ?取られる方が悪いんでしょ?』


 その後も円香に言い募る女子生徒とそれに対して暴言を交えながら言い返す円香の会話が続く。


 「嘘よ!!!」


 ようやく意識を取り戻したのか、流れている音声を遮るように円香が叫ぶ。

 だが、もう手遅れだった。全校生徒がこの会話を聞いて円香を責めるような言葉を口々に呟いている。


 「違うの、これは誰かが私を嵌めようとして・・・。お願い、信じて綺都」


 瞳を潤ませながら、國美に縋り付く円香を國美は押し除ける。


 「この音声は生徒会に持ち込まれたものじゃない。君の女子生徒にいじめられたという証言で出てきた場所や、君と女子生徒が揉めているのを目撃された場所に我々生徒会と風紀委員が共同で設置したカメラとレコーダーに記録されたものだ」


 その言葉に円香は涙をとめ、呆然とした顔をする。


 「ところで、生徒会と風紀委員には匿名の意見箱が設置しているのは知っているかい?」


 突然の話題の転換に円香は困惑したような顔をする。


 「それくらい知っているわよ。生徒会室の前に置いているやつでしょう?」

 「その通り。その意味を君は知っているかい?」

 「は?そんなの、そのまんまの意味でしょ?それがこの話になんの意味があるっていうのよ」


 意味が分からないという風に答える円香と違い、千夜子にはその意味がわかった。おそらく千夜子以外にも、小等部からの生徒なら誰もがわかったはずだ。

 意見箱の意味、それは―


 「意見箱は、いじめやそれに繋がる行為の匿名報告の場だ。万丈、君の女子生徒への行為はこの意見箱に複数投書されている」


 なまじ、生徒が日本有数の資産家の子息令嬢だからこそ、教師は生徒間の問題に気軽に口出しができない。それがたとえ深刻ないじめであったとしても、だ。だが、同じ生徒同士、それも生徒会役員になれるほど優秀で家の地位が高いものなら別だ。だからこそ、だろう。

 生徒会や風紀委員に設置された意見箱はいつからか、いじめや嫌がらせなどの匿名の投書箱となった。そしてそれを密かに解決するのが、生徒会や風紀委員の仕事の一部となった。


 「この意見箱に投稿されたものは全て内密に、かつ綿密に調査される。言っている意味がわかるな万丈?」


 國美の言葉に円香が顔を青ざめさせる。

 つまりそれは円香が行っていた行為がすべて生徒会のメンバーに明るみになっているという事。円香がついていた嘘がすべて明らかになっているという事だ。


 「違う、違うの!これは、誰かが私を嵌めようとして・・、そう!これも全部鐘ヶ江さんが私を退学させるために・・!綺都に婚約破棄されたから!!」


 それでも円香は國美に縋り付く。もはやここまでくると感心するしかない。

 自分が話題の中心に来ることはない、と安心した千夜子は冷めた目で円香を観察していた。

 だが、それができたのも國美の次の発言までだった。


 「僕の婚約者を侮辱する行為はそのくらいにしてもらおうか」

 「え?」

 (え?)


 声にこそ出さなかったが、声に出ていたら円香ときれいにはもっていただろう。それぐらい國美の発言は衝撃的だった。その言葉の真意を確かめようと、國美の横顔を凝視するもその表情からは何も読めとれなかった。


 「何、言って・・・」

 (本当に、何を言ってるの・・・?)


 心の中だけで円香に同意する。千夜子が円香に同意するなど初めてかもしれない。


 「鐘ヶ江はむしろ校内の女子生徒が君に危害を加えることがないよう、また君が学校に馴染めるよう、君が入学した当時から多くの女子生徒に気を配ってきた。君が女子生徒に危害を加えるようになってからも鐘ヶ江はずっと女子生徒の相談に乗り、君にやり返したりしないよう注意をしてきた」


 知っていたのか、と千夜子は思った。

 円香のためというよりは女子生徒たちがおかしなことをして、彼女らの経歴に傷がつかないためだったが、國美たちは知らないと思っていた。

 他の生徒が目撃したという女子生徒と千夜子がひっそりと話し合っている様子というのもほとんどが女子生徒の相談に乗ったり、根回しをしていた様子だった。


 「で、でも婚約破棄は事実でしょう!?」

 「ああ、それは・・・」


 わずかに歯切れが悪くなる國美に千夜子は助け舟を出した。

 少しばかりの期待を込めて。


 「國美会長、いえ、綺都君は私を守るために、わざと、全校生徒の前で婚約破棄を宣言したのですよ」


 いつもなら人前で呼ばない名前を呼び、わざと、という部分を強調する。國美と示し合わせた演技だったとでもいうように。

 國美はわずかに驚いた顔をした後、千夜子にわかるようにだけ口角をあげた。

 それに千夜子は安堵する。少なくとも不快には思われなかった。


 「ああ、君の千夜子への敵愾心は常軌を逸していた。このままでは彼女に直接の危害が加えられるのではないかと思ってね」

(千夜子・・・!)


 人前ではいつも鐘ヶ江、なのに・・!

 少しドキドキしてしまい、頬が緩みそうになるのを慌てて抑える。人前で緩んだ顔を見せるなど、鐘ヶ江千夜子というキャラ的に許されない。


 「では三つめの君の罪状だ。三つ目は今、話した通り。僕の婚約者、鐘ヶ江千夜子の名誉を毀損する行為だ。具体的には悪評の流布、事実無根のいじめのでっち上げなど、あげたらキリがない」


 もう反論する気力もないのか、円香は呆然としている。


 「最後に。君の学力は当校の特例制度を使うのに相応しくない、というのが教師の判断だ。以上を持って、万丈円香の退学申請の決議を行う。全員、目をつむってくれ」


 自分も目を瞑ったほうがいいのだろうか、と迷ったが千夜子も言われるまま目を閉じる。


 「それでは万丈円香の退学に賛成するものは挙手を」



 ―数日後、理事長より正式に万丈円香の退学が通知された。



 さて、生徒会着任式並びにそれ以上のインパクトがあった、万丈円香の退学申請決議から一週間が経っていた。万丈円香は通告通り退学処分となり、学園は再び平穏を取り戻していた。

 

 千夜子はと言うと、生徒会室のドアの前に立ち、深呼吸をしていた。


 『明日の放課後、生徒会室に来て欲しい』


 昨夜、千夜子のメッセージアプリに何ヶ月ぶりかの國美からのメッセージが届いた。

なんの話か、などと考えなくても、自分と國美の婚約に関する話であることは検討がついた。

 國美は万丈円香の退学申請決議の時に婚約破棄は演技だったのだ、と全校生徒の前で告白した。だが、それに関して、國美と千夜子の間ではまだ話し合いが行われていない。

 婚約破棄は本当に嘘だったのか、それとも、婚約破棄は嘘である、という言葉自体が嘘だったのか。この一週間、千夜子はずっと悶々としていた。普段ならしないミスをするくらいには悩んでいた。

 それが今日、決まる。


 嫌な騒ぎ方をする心臓を押さえながら、生徒会室の無駄に重いドアを押し開ける。

 一歩、中に踏み入れる。生徒会室の1番奥側、生徒会長のデスクのところで窓の方を向いて國美が立っていた。

 夕日を浴びているその横顔は見惚れるくらい美しくて、國美のことが好きなのが改めて自覚させられる。

 だが、その表情はまったく読めない。

 それが、怖い。


 「呼び出してすまない」


 千夜子に気が付いたのか、國美が千夜子の方を向く。

 千夜子はもう一歩中に入り、扉を閉める。

 これで部屋の中には國美と千夜子だけになった。


 「いえ、構いません。それでご用件というのは?」


 いつも通りの笑顔を浮かべたつもりだが、きちんとできているだろうか。

 何を言われてもここでは取り乱さない。いつも通り、人前に立つ鐘ヶ江千夜子でいる。そう決めてここに来た。


 「ああ」


 カツカツ、と國美のローファーの音がやけに響く。

 そして、千夜子の目の前まで来ると國美は流れる仕草で千夜子の前に跪いた。


 「鐘ヶ江千夜子」


 名前を呼ばれ、左手を取られる。

 心臓がうるさい。でも、このうるささは嫌じゃなかった。


 「僕と結婚してほしい」


 (ああ、)


 心臓が痛いほどなっている。口角が自然と上がり、なのに目の前が少しぼやけている。

だけれど・・・


 「ダメ、です・・・」

 「っ、そうか・・・」

 

 絞り出すような千夜子の声に國美は悲しそうな笑顔を作り、下を向く。


 「こんならしくないプロポーズではお返事できませんよ、綺都くん」


 千夜子のその言葉に國美は勢いよく顔をあげる。

 それは、初めて千夜子にプロポーズしたときに言われた言葉だった。

 千夜子の顔が嬉しそうに緩んでいることからも、わざとそういう風に言ったことがわかった。


 「それは・・・だが、みっともないだろう」


 ゆるゆると、國美の口角が上がる。

 相変わらず嬉しそうな千夜子の表情に、だが、國美にだけ見せるいたずらっ子みたいな、幼い表情が混ざる。

 

 「あら、どうしてですか?むしろこの私の横にハリボテの姿で並んでいる方がよっぽどみっともないのでは?」


 涙をこぼしながらも、少し意地悪そうに言う千夜子に、國美もどこか呆れたような、困ったような笑顔を見せる。


 「疲れた」


 そして、千夜子の左手の甲を額に当て、ぽつりと小さな言葉が漏れた。



「はい」


「みんな俺に過剰に期待を寄せるし、そのくせ弱音を吐こうものなら冗談扱いされる。万丈のせいで余計な仕事は増えるし、みんな俺に頼ってばかりで自分で解決しようとしない」


「はい」


「俺の愚痴を聞き流してくれる奴も、それとなく慰めてくれる奴も、喝を入れてくれる奴も、仕事を手伝ってくれる奴もいない」


「はい」


「千夜子は俺のこと好きだと思ってたのに、あっさり婚約破棄を受け入れるし」


「私に全校生徒の前で泣いて喚いて縋りつけと?」


「う、いや、ごめん。でもショックだった。千夜子は俺の事もう好きじゃないのかと思った。千夜子と話がしたいのに万丈は絡んでくるし」


「それは大変でしたね」


「爺さんには怒られるし、雅樹兄さんと千夜子を結婚させるとか言い始めるから気が気じゃなかった」


「お断りしましたよ」

将来を共に歩くならあなたがいいと、子どものころから決めていたから。


「うん、聞いている」


 愚痴と泣き言がとめどなく國美の口からこぼれていく。千夜子はそれに優しく相槌を打つ。

 茜に染まる生徒会室に二人のやり取りが溶けていく。それと一緒に千夜子の不安や悲しさが解けていくようだった。


 どのくらい、話していただろう。國美が顔をようやく顔を上げた。見上げた先には涙をこぼしながら微笑む千夜子がいる。

 こんな、愚痴を垂れ流す自分を、皆が求める國美綺都じゃない自分を愛しんでくれるのはきっと千夜子しかいないと、ずっと思っている。それこそ、千夜子が婚約者に決まるずっと前から。


「俺は、君が好きだ。君にずっとそばにいて欲しいと思ってる」


 こぼれるように、口から言葉が落ちる。

 それに千夜子はもっと、嬉しそうに微笑む。


 「鐘ヶ江千夜子さん、こんなみっともない俺ですが、結婚してください」


 潤む千夜子の瞳を見つめ、伝える。

 二度も彼女にプロポーズできたことを喜ぶべきか、二度ともこんなかっこよくないプロポーズになったことを残念がるべきか。

 でも、今はそんな事どうでもよかった。

 だって、目の前の千夜子はこんなに可愛くてきれいで、嬉しそうだ。

 

 千夜子はあいている右手で涙を拭うと、國美に合わせてしゃがみ、彼の両手を取った。


 「ええ、喜んで」


 たった一言。だがその言葉にたくさんの想いが詰まってる。

 何よりもその笑顔が。一生忘れられないくらい可愛らしかった。

 と、綺都はのちに弟にうんざりされるほど自慢げに語った。



閑話休題、或いはエピローグ


 「それでは、落ち着いてきたところで、色々とお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」

 

 生徒会室のソファに向かい合って座り、にこりと千夜子は笑う。その笑みに綺都はわずかに背筋を伸ばす。

 全校生徒の前では決してそんな姿を見せないが、基本的に綺都は千夜子の尻に敷かれている。


 「まずは、そうですね、いつから万丈さんを退学させる方向で進んでいらしたんですか?」

 「今年の五月頃からだ。恥ずかしいことにその時初めて、君が女子生徒に働きかけていることも知った」


 今年の五月、というと國美が万丈円香と接近し始めるひと月前くらいだ。婚約破棄は、7月の学園祭後夜祭で行われた。

 

 「四月頃から意見箱に万丈円香による女子生徒への誹謗中傷、並びに複数の男子生徒との同時交際について複数投稿されていたのがきっかけだ」

 「そうでしたか・・・」

 「同時にその頃から、万丈と仲が良かった生野書記から、万丈が女子生徒にいじめられている、という話も持ち込まれた」


 生野書記、現在2年生の彼は1年生の頃から万丈円香と同じクラスで仲が良かったと聞いている。


 「万丈の証言を聞き、その真偽を確かめると同時に意見箱の調査を風紀に依頼していた。そして、万丈の証言が完全な狂言であること、また万丈の女子生徒や君への行いが真実であるという調査結果が出た。あとは理事長に申告するための証拠集めを生徒会選挙と並行してやっていた」


 そこで綺都は背もたれにもたれる。

 それはさぞかし大変だっただろう。あとで綺都の好きなケーキでも実家から取り寄せようか。


 「なるほど。では、後夜祭での婚約破棄については?」


 千夜子はそこでようやく本題に入った。それに國美が気まずそうな顔をする。


 「君は気にしていなかったかもしれないが、万丈円香はずっと君の名誉を毀損するような悪評を流し続けていた。また、拙くこそあるが君を陥れようと画策していたようだった」


 そもそも、円香が流した噂は誰も信じていなかった。それは小等部のころから鐘ヶ江千夜子という人間を知っているものからすれば信憑性のない唾棄すべきものだった。千夜子自身も噂で流されたような行為は行っていなかったから、特別気にしていなかった。

 だが、内容こそ信じていなくても、その状況が許せないという人間がいる、ということは千夜子にとって新しい発見だった。


 (それだけ大切に思われているということよね・・)


 綺都の気持ちを噛みしめながら、千夜子は許してあげてもいいか、と言う気持ちになっていた。

 ・・・再び婚約を結べたことでもうあまり怒ってもいなかったが。


 「万丈円香は男好き、というよりも人の持っているものを奪うということに快楽を見出していたように思う」


 それは千夜子も気づいていた。事実、万丈がちょっかいをかけるのは恋人がいる男子生徒が多かった。


 「だから、単純に君を僕から遠ざければそれもなくなるかと思った」


 項垂れながらもこちらの様子を伺う綺都に千夜子はわざとそっぽを向く。

 少しだけ意地悪をしたくなった。


 「理由は分かりましたが、私ものすごく傷付きましたのよ。あろうことか、ナルシストだのプライドが高いだの。綺都君は私のそういうところを好いてくれていると思っていたのに」


 つん、と顔をそむける千夜子に綺都は言い訳を並べる。


 「それは、そういうことを言ったほうがそれらしいかと・・・」


 冷ややかな視線を送る千夜子に綺都はあからさまに焦った顔をする。


 「し、仕方ないだろう!意外とだらしないところがあるとか、手先が不器用だとか、そういうところをあげたら君が恥ずかしいだろう!?だったら、そういう分かりやすい、みんなが考える千夜子像を挙げたほうがいいかと思ったんだ!」


 確かに、それは恥ずかしいかもしれない。手先が不器用というのは鐘ヶ江千夜子には似つかわしくない。


 「というか、俺だって傷ついたんだからな!?あっさりと婚約破棄されて、実は俺嫌われてたのかな、とか色々考えてたんだからな!万丈の目がある以上下手に接触できないし・・・」


 うじうじと悩んでいる綺都の姿が目に浮かぶようで、千夜子は小さく笑った。


 「もう少し相談して欲しかった、というのが正直なところですが、今回は大目に見て差し上げますわ」


 別にもう怒っていないが、先に相談してほしかった、と言うのは本音なので、そう伝える。


 「ありがとうございます・・・」


 人前に立つ國美の姿からは想像できないしおしおとした國美の姿に耐えきれず笑ってしまう。


 「人が、落ち込んでる姿見て喜ぶなんて趣味が悪いぞ・・・」


 よっぽど恥ずかしいのか、じろり、と睨まれる。


 「あら、凛々しい國美会長とのギャップに微笑ましくなっているだけじゃないですか。そもそもですね、その趣味の悪い女を好きなあなたも趣味が悪いと言って過言ではないのでは?」


 どこか上から目線な、いつもの調子に戻った自信に溢れる千夜子の笑顔に、國美も笑みをこぼす。


 「まあ、そうだな。羨ましいくらいに自己肯定感が高いし、プライドも高い。いつも自信にたっぷりで、できないことなんてありません、完璧です、みたいに振る舞っているくせに、意外とだらしないし、いい加減な部分があるし、手先は不器用だし。好きな男の弱い部分が可愛くて好きとか、変なキャラの雑貨が可愛いとか、そういうところは趣味が悪いとしか言いようがない」


 ほめているようで悪口を言われているのだろうか、と千夜子は聞きながら思った。

 このまま続くようなら、こちらもとっておきの國美のはずかしエピソードを披露するしかないだろうか。


 「だが・・・」


 仕返し、と言わんばかりに意地悪そうな笑みを見せる國美に千夜子はわずかに身構える。


 「学園の花の鐘ヶ江と、俺にしか見せない完璧じゃない千夜子のギャップを可愛いと思う俺も同類か」


 どこか嬉しそうに、そう話す國美に千夜子の思考は停止する。

 まさか、そんな風に来るとは思わなかった。

 だから、口をついて出たのは、考えてもいない、でも紛れもない本心だった。


 「そう、ですね。ええ。似たもの同士、末長く仲良くしましょうね」


 嬉しそうに、穏やかに微笑みながら告げたこの言葉を、千夜子は数年後、白のドレスを纏って、再び口にすることになる。

 だがそれは、今は関係のない話。


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― 新着の感想 ―
[一言] こいつらなんで婚約破棄とか退学とかをいちいち大ぴらに見せつけたがるんですか
[一言] 面白かったです。 いわゆる上流階級者達の、令息•令嬢が通う学舎での、とある婚約者達が今まで以上に甘い雰囲気を出して交際を始めたきっかけの物語ですかね。 お二人の末永い幸せを祈ります。
[一言] プロポーズの前に相談無くあんな騒動起こしたことに対する謝罪をするべきだと思いました メッセージアプリが存在するならいくらでも伝えることが出来たのにしなかった時点で自分勝手なクズという印象を受…
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