刻み込まれた過去
**アリー
私の腕にしがみつくその小猿はとても小さくて、頭なんて手のひらで包み込めそうなくらい
だった。
「ねぇ、あなたも独りなの?」
小猿に話し掛けると返事をするように「キィ」と鳴いた。
「ふふ、一緒だわ。ねぇノア、この子も連れて行っていいかしら?」
「アリーは独りじゃないけどね。そして俺には意見する権利があるのかな?」
「あ・・・ごめんなさい。さっきは感じが悪かったわね。」
ついさっき私が強がって言ってしまった言葉が自分に返ってきた。言われて初めて、嫌な言い方だったと気が付いた。
「あ、いや、ごめん。冗談のつもりだったんだけど。ええと、近くに仲間もいないようだし、こいつが嫌がらないなら連れて行こうか。」
そう言われて小猿を見ると、満足そうに頷いた。本当に言葉が分かっているみたいで可愛らしい。
「ノアありがとう。良かったわね、小猿ちゃん。」
「ん。でも本当に何処から来たんだろ?」
ノアはしばらく首を傾げていた。
**
高い木々の隙間から覗く太陽が一番高い位置に着いた頃、私達は休憩するのに丁度良い場所を見付け やっと初めて 馬を降りた。ずっと同じ姿勢で揺られていたせいで身体のあちこちが痛いしふらふらする。それはノアの同じだったようで、2人してだらしなく木にもたれ掛かって手足を投げ出した。小猿は私のスカートの上で寛ぎ始めた。
「あ、お腹空いてる? とりあえずこれを。町に出たらちゃんとした物を食べよう。」
ノアが思い出したという風に袋から取り出して見せた物に、私は息を飲んだ。
「これもミアね!? 嬉しいっ!」
それは好物の揚げ菓子で、以前旅をした時に出会ってから忘れられず王宮でも時々作らせていた物だ。
「いや、これは俺が・・」
「え? 何?」
ノアが小さな声で言った言葉が聞こえなくて聞き返しつつも頭の中は目の前の甘味でいっぱいで、はしたなく手掴みで頂いた。
「ふふ、美味しい。」
すると「キィキィ」と、小猿も手を伸ばしてきたので、半分分けてあげた。
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小腹を満たした後、再び長時間揺られる事を覚悟して馬に乗ったのだけれど、意外にも早く今日の目的地に到着して拍子抜けした。
その為 夕食までにはまだ少し時間があったので、私達はそれぞれの部屋で一旦休む事にした。少し眠れるかしら・・・。呑気にそんな風に思っていたのに、ノアと別れドアを閉めた途端、言いようもない恐怖が込み上げてきた。・・・恐い。
何が恐いのか、どうして恐いのかなんてはっきりとした物はないけれど 手足が小刻みに震え、気付けば涙が頬を伝っていく。
その時「キキ?」と、小猿に覗き込まれてはっとした。頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を瞑ってすり寄ってくる。
「そうね、あなたがいるもの。」
きっと疲れているせいだ、そう言い聞かせて涙を拭いベッドに潜り込めば、あぁやっぱり疲れているのだわ と思えるくらい直ぐに眠りに引っぱられ、うっすらと夢を見始めた。
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朝食を食べに食堂ヘ行くと、そこにはいつも私より先にいらっしゃる筈のお兄様が居ない。
「どうして? お兄様は?」
侍女に聞くと、困った顔をして宥めるように言ってきた。
「今日のディラン殿下にはご予定が入っていますから早めに御召し上がりになったのですよ。」
「そんなの嫌よっ。聞いてないもの。」
私はくるりと方向転換をし、侍女の手をすり抜けてお兄様の部屋へと急いだ。
お父様はいつもお忙しいから朝食はお兄様と2人きりなのだ。それなのに私を1人にするなんて。
ドアを思い切り開けると、すっかり身支度を整えられたお兄様が驚いた顔をして立っていらっしゃった。
「どこに行くの!? 行かないでちょうだいっ。今日はお人形遊びがしたいのっっ。」
飛び付いた私を受け止めて下さるお兄様の対応はとてもお優しいのに、頷いては下さらない。
「・・・昨日もしただろ? 今日は駄目なんだ。」
「お兄様は昨日だってしてないわよ。見てただけだったでしょ?」
「見てるだけで良いって言ったのはアリアだろ。今日は無理なんだってば。」
独りぼっちで置いていかれるのが堪らなく嫌で、私はわぁわぁと声を上げて泣いた。
「本当に駄目なんだよ。」
その時ひょっこりアルロがやってきた。
「アルロも行くのっっ!? ずるい! 私だって一緒に行きたいのにっ」
「姫様は無理ですよ。」
はっとして声を荒げたのに、アルロはにっこりと微笑んで頭をポンポンと撫でながら言った。そのうち 追いかけて来た侍女によって私はお兄様から引き剥がされてしまい、為す術もなく、ただ宥められながら お兄様が出て行った方をずっと見つめていた。
・・・幼い頃はいつもお兄様とアルロの後ばかりを追い掛けていたっけ。
その時突然 ガクン、と足元が崩れ 気付けば暗闇の中にいた。たちまち不安と恐怖に押し潰されそうになり、きょろきょろと辺りを見渡すと遠くの方に光が見える。何故だかその光の先に お父様とお兄様がいる気がして、私は夢中で前に進んだ。
ベタベタと足が地面にくっついて何度も転びながら前へ・・前へ・・・
光に手が届いた途端パッと視界が開け、眩しくて目を瞑ると、足にコツンと何かが当たった。何かしらと、しゃがんで掴んでみるとそれはなぜだか生暖かい・・。ずっしりと重みのあるそれを抱き抱えつつ、うっすら目を開くと それは、血だらけの人の腕だった。
「っっっ ぎゃーーっっっ!!」
「アリーっっ!? アリーっ、起きて、アリー、」
身体を思い切り揺さぶられてはっと目を開けると目の前に人の顔があって、私は更に大きな悲鳴をあげた。
ありがとうございます。