89 後半シン視点です。
「、、、何、だと、、?」
「命です。だから、ウィレムが守って下さい。」
すがり付いた背中はじんわり汗ばんでいて、温かい。それでもさっきよりは馴染んで来たらしく、ウィレムの呼吸はだんだん整ってきていた。
「、、出来ない。」
沈黙の後、ぽつりと言った。あんまりあっさり断るものだから、呆気にとられた。
「どうして?」
「俺には、、出来そうにない、、。」
「出来なくてもして下さい。」
だってもう、預けた後なのに。
「レイラ、、、俺は、、奪う事しか出来ない。」
もう熱くはない筈なのに、苦しそうに そう吐き出した。
「、、っそんな事ない。ウィレムは守る力をちゃんと持っています。」
「違う、知らないんだ。守る方法は習っていない。 、、だから無理だ。失くしてしまう、、」
そんな風に思っているなんて悲しい。大丈夫、と言うように背中を優しく擦ってあげた。
「、、、ウィレムはちゃんと習っています。だって、ガゼボの中は温かかったもの。」
「、、、ガゼボ、、?」
「はい。あの中はウィレムの魔力で満たされていました。とても優しい魔力です。」
「、、、」
むくり、と背中が起き上がった。くっついていた私も押し上げられる。
「、、、馴染みましたか?」
「ん、、?、、ああ、変な感じだ。温かい、、」
ウィレムは身体を捩りながら腕を延ばし、私を捕まえた。
「俺に、守れると思うか?」
「守って下さい。」
胸に頬を寄せるとウィレムの匂いがした。
「レイラは、本当にいいのか? 、、その、俺が、、持っていても、、、」
「ウィレムが持っていてくれるなら嬉しいです。」
「もし、出来なかったら、、」
「大丈夫です。だってほら、もうこんなに温かい、、 とても居心地が良さそうだもの。」
頬を胸に付けたまま、手のひらを頬の横に置いた。ほかほかと温かい、、ん? 少し温かすぎかしら、、? パッとウィレムを見上げると、顔も湯気が出そうに赤かった。
「ウィレム? もう熱くは無いですよね?」
「熱くはない。丁度いい。」
「丁度いい? ですか?」
「ふっ、だが何だかむず痒いな。ここにレイラが、、」
そっと自分の胸に手のひらをあてて、頬を緩ませている。
「、、、ウィレム? あの、、少し力を込め過ぎではないかしら?」
「力? よく分からんな。込めたつもりはないんだが。」
「ええと、でも、、あ、じゃあ、熱があるのかしら? 身体が怠いですか?」
赤くなった頬に触れると、とても熱かった。
「いや、とても好調だ。」
頬に触れている私の手の上に自分の手を重ねてきて、ぎゅうっっ、と力強く握った。熱く見つめられて、目をそらせない、、
「レイラ、、」
私を捕まえるウィレムの手にも力が入り、身体はぴったりと密着した。
「あつ、、熱いわ、、、」
***シン視点***
急いで王宮に駆け付けたものの、いつまでもレイラに会えないまま、数日が過ぎた。
部屋だけは上等な客室をあてがわれていたが、何度聞いても、もう少し待って下さい、としか言われずイライラした。
そしてやっと会う事を許されたのだが、しっかりと陛下が座っている。堂々と真ん中に、だ。レイラを見つめてにこにこと笑顔を振り撒いているのが癪に触る。
そして俺とレイラの間には大きすぎるテーブルが置かれてあった。申し訳程度に乗せられたお茶が小さく見える。
「くそ。」
「何だ? 聞こえんな。」
奴は、思わずついた悪態にも鬱陶しく反応してくる。レイラはといえば、何故かもじもじしていた。何だこれは? ごほん、と咳払いをして話し掛けた。
「レイラ、あのさ、」
「呼び捨てにするな、というより名前を呼ぶな。」
「ウィレム、、それはちょっと、、」
名を呼んだだけで、横槍が入った。俺に向ける顔は見たくない物を見てしまった、という顔だ。レイラが嗜めようとすると奴は弾かれたようにレイラを見た。
「何故だ? 名前を呼ばれたいのか?」
「いえ、そういうわけでは、、」
「そうだろう、不愉快だ。目の前にいるのだからわざわざ呼ぶ必要はない。」
ふん、と鼻を鳴らして俺を見る。腹は立つが一応陛下だから気を使わないといけないのか、、。はぁ、とため息をついて改めて話し掛けた。
「では、ええと、、 村に、帰ろう。」
「はっ。帰るものかっ。」
カチンときた。俺はレイラに言っているのに。
「陛下は、、お前は、黙っていろ。お前に聞いていない。」
「はっ、レイラが答えるまでもない。」
「おい、、!」
「わぁっ! シンっっ、お、落ち着いて、ね?」
思わず椅子から立ち上がると、レイラがあたふたと止めてきた。そしてまた奴がしゃしゃり出る。
「レイラ、こいつの名前は呼ばないでくれ。」
俺に話す時とはまるで違う、命令ではなく懇願だった。だがさすがのレイラも困っているようで、ため息をついた。様をみろだ。
「ウィレム、、やっぱり話しにくいわ。だから、出て行きたくないのなら静かにしていて下さい。」
「、、、ふん。」
拗ねたようにそっぽを向いた。これできちんと話が、、と思ったらレイラは思いもよらない返事をしてきた。
「それで、ええと、、私は村には戻らないわ。」
「どうしてだ!? こんな場所にいたいのかっ?」
思わず身をのりだした。
「ごめんね、私は戻れない。でも、あなたは、、戻って。」
「そんなっ、俺が今までどんな思いでっ、、」
「ありがとう。でも、私達は友人でしょう?いつまでも一緒っていう訳にはいかないと思うの。」
レイラは真っ直ぐに俺を見つめる。その目が、強い意思を持っているように見えて焦った。
「違う! 友人なんかじゃない。俺はずっとお前の事を想って、、」
「シンっっ! それ以上は言わないで。あなたにはずっとルーナがいたでしょう?」
「ルーナ?」
奴が急に反応しぼそりと呟いたが無視した。
俺はどうにかレイラに戻ってきて欲しい、、。
「ルーナは、、もう村にいないんだ。だから、、」
「だったらなおさらでしょうっ!? ルーナは、捕まったのよ!」
衝撃が走る。俺を、責めるのか? 俺は一度もルーナを想った事などないのに。それに、、それに俺だって、心配していない訳じゃない。
「俺が悪いのか、、、? 俺だって探したんだ。でも手掛かりは無くて、、」
「、、隣国の王子と一緒にいるんですって。」
「隣国の、王子、、?」
突然 パン、と奴が手を叩いた。
「時間が来た、そこまでだ。レイラは戻りなさい。オーウェンが連れて行ってくれる。」
立ち上がって、俺の承諾も得ずにレイラに退席を促した。
「、、はい、分かりました。」
レイラはすぐに立ち上がりドアに向かって歩いて行く。
「え、、? まだ話は終わっていない。待ってくれ」
「ごめんね、私はここがいいの。ウィレムのそばにいたいの。 ごめんね。」
ドアの前で少しだけ振り返って、そう言って出て行ってしまった、、、
「待っ、、、」
手を延ばしたけど届く筈もなく、虚しく空を掴んだ。
**
部屋に2人きりになった途端奴は態度を変え、椅子にふんぞり返って足をテーブルに乗せた。レイラの前では一応、猫を被っていたらしい。一応、、、。
「さて、村の方も忙しいだろう。 お前が戻るのを待っているのではないか?」
今すぐ帰れと、そう聞こえる。だけど俺は納得がいかなくて喰い下がった。
「これが、こんなのが話した事になるのか?もっとちゃんと話がしたい。2人だけでだ。」
「ふん、馬鹿め。ルーナと言ったな、その女はお前を追いかけて巣穴から出て来たのではないか?」
「なっ、にを、、」
何故ここでルーナが? と思うが図星過ぎて反論できない。歯を噛み締めた。
「思った通りだな。いいことを教えてやろう。その女は、捕まってどうなったと思う?」
「、、、お前は、知ってるのか?」
「ああ。レイラの友人と聞いたから一応調べた。だが、とてもレイラに伝えられる内容じゃなかったぞ。」
「それは、、どういう、、」
「ふっ、若い女が捕まって無事だと思うか?」
「、、、無事、とは?」
「はっ。馬鹿だな。いいか、レイラは運が良かった。きちんと名のある店の奴に捕まったからな。しかしその女は違う、裏で生きる卑しい奴らに捕まったんだ。その後どうなるかは想像が出来るだろう。」
「り、隣国の、王子というのは、、?」
「つくづく馬鹿だな、傷が付いた女にそんな上手い話はない。王子に拾われたのは本当だが薬漬けにされてもう死んでいるぞ。」
「は、、、!? く、薬、、? 死んで、、? 、、っ、 レっ、レイラはそれをっ?」
「わざわざ悲しませる必要もないだろう。それともお前が教えるか? お前がレイラに構ったせいで大事な友人は犯されて薬漬けにされて死んでいった、と? 言いたいなら言うがいい。」
目の前が真っ白になった。俺は、、、
「分かったならさっさと帰れ。レイラの為になりたければ村で一生懸命働くんだな。お前達が国に貢献するだけレイラの立場は良くなるぞ。」
「、、っ 、! どういう意味だっ!?」
「ははっ、お前が知らなくていいことだ。はははっ、愉快だな。 ふっ、、堪らん、、ははっ」
部屋にぽつりと残された俺は動くことが出来ずにいたのだが、暫くするとオーウェンがやってきて王宮の外へと連れ出された。
「なぁ、レイラは本当に、、」
「シンさん、お気をつけて。いい作品をお待ちしています。」
どうやって村に帰ったかは、覚えていない。
ありがとうございます。