85 前にちょびっとウィレムです。
***ウィレム視点***
直ぐに追いかけると階段を下りた先の廊下に、レイラはいた。
逃げないと言ったのに。
距離を詰めていくと視線の先が見えてくる。
「レ、、、」
「お、母、、さん」
声が重なった。
は? 何と言った? どういう事だ?
直後に、目の前で身体が大きく揺れて崩れていく。引き寄せようと掴んだ手は、払われた、、、。
、、、俺は今、拒絶されたのか?
暫し呆然としたが、足元に視線を移せば床には俺が欲しくて堪らなかった物が落ちている。
なんだ、簡単な事ではないか。壊れないように、大事に抱き上げた。
いっそこのまま、目を覚まさなければいい。
***レイラ
宝物庫の例の剥製というものが、どうしても気にかかる。10年くらい前、とジュリが言っていた。突拍子のない考えだけれど、妙な胸騒ぎは収まらない。本当にウィレムの過去の人じゃないのなら、私が会いたいと切望した人ならどんなに嬉しいことか。もしそうだったなら、自分からウィレムに会いに行く勇気だって持てそうな気がしていた。
だけれど、私は部屋から出られないでいた。ジュリは、ウィレムに許可をもらってくると言ったきり、その話をしなくなった。聞こうとしてものらりくらりと話をそらす。
ウィレムに駄目だと言われたのならそう伝えてくる筈だから、聞いてもいないのでは?と勘繰ってしまう。
思い詰めていたところにジュリが朝食を運んできて、つい いても立ってもいられず、問い詰めた。
「ジュリ、前に言っていた事なんだけど、、」
「え、ええ。何の事でしょう?」
「宝物庫の、剥製よ。」
「え、ええ、それがですね、ええと、やっぱりお嬢様は部屋から出ない方がいいと思います。あ、そうだ、私用事があるんでした。もう行きますね、、、 お嬢様?」
手早く準備をして立ち去ろうとするのを 咄嗟に捕まえた。まさか止められるとは思っていなかったジュリは、目を白黒させた。
「どうしてそう思うの?」
「、、それは、陛下が、すごく嫌がると思うからです。」
目を合わせてくれない。
「聞いてみたの?」
「それがあの、陛下は今、とても忙しそうでして。」
「それなら、いつなら聞いてくれる?」
「いつといわれましても、、陛下は、外出なさってますし、、」
「え? それは、、今、いないってこと?」
「、、え、、あ、そうです、そうなんです。だから、もう少し待ってください。」
ジュリはどうにか言い逃れてほっとした、という表情をしているけれど、私は違う事を考えていた。不在にしているのなら、今がいいのでは、、?
少し見て戻るってくるだけなので大袈裟に許可を取るよりも簡単な気がする。テーブルをちらりと見ればグラスが目に入ってきた。どきどきと心臓が鳴っている。
「そうだったのね。 ところで、風通しをするって言っていたけど毎日やっているの? 一日中?」
「え、あぁ、全部一気には無理なので、毎日少しずつです。だから、陛下がお戻りになられてからでもきっと間に合います。ええと、一日中というか、早朝から夕方くらいまで作業してるそうです。 もう、いいですか? この話はまた今度にしましょう。」
「、、そうね、 忙しいのにごめんね。」
「いいえ、とんでもないです。では、行きますね。朝食はちゃんと食べて下さいね。」
「分かったわ、ありがとう。」
そう返事をして、ジュリがドアを開けるのを緊張しながら待った。ドアの鍵は開けておいてもらわないといけない。そしていよいよ隙間が開いた時、思いきってグラスを床に落とした。
「きゃ、、」
「お嬢様っ?」
当然グラスは大きな音を立てて割れ、ジュリが慌てて駆け寄ってきた。ドアの隙間はそのままだ。
「ごめんなさいっ、うっかり手が滑ってしまって、」
「怪我はないですか? 直ぐに片付けますね。」
わざとテーブルの下に飛び散るように落としたので、ジュリは身を屈めて潜り込んだ。
「ありがとう、本当にごめんね。あの、手を、洗ってくるわ。」
「分かりました。」
今、こっちは見ていない。大丈夫。私は部屋を出る為にドアをそっと押した。
「ごめんね。」
直ぐに戻るから。
気付くかもしれないけど、それでも構わない。一目だけ見れたらきっと十分だ。
部屋を出て、階段に向かって走る。
普段ずっと部屋にいるせいで運動不足だから、あっという間に息が上がって苦しくなった。それでも見たい気持ちが強くて足は止まらなかった。踊場の窓から宝物庫が見え、思わず張り付いたけれど、運び出される荷物は見えない反対側に置かれているようだ。階段をかけ降りて廊下を走りながら窓を順番に覗いていった。
まだ見えない、まだ見えない、、もう少し、、もう少し、、、 っ!
「あ、、、」
もしかして、と思っていた事が現実になり、心臓は大きく跳び跳ねた。
遠くからでもはっきり分かる。そこにいるのは私のお母さんで、横にいるのは妹で、、、。
ずっと会いたかったお母さんが、こんな場所にいたなんて、、、。生きているみたいなその姿が懐かしくて嬉しくて、 動かないのが、私に気付いてくれないのが辛くて悲しくて、、。
込み上げる感情が胸を締め付けてくる。乱れていた呼吸はもっと荒くなり、目の前に靄が落ちてきた。
「 お、母、、さん」
ぐらり、と身体が揺れた瞬間に、私の伸ばした手を冷たい何かが掴んだけれど、あまりの冷たさに驚いて、反射的にそれを振り払ったのだった。
ありがとうございます。




