83 前半アリア、後半シンです
***アリア視点***
オリバー商会の者が王宮に呼び出されたと聞いて、ミアにはマイクがどこかにうろついていないか探しに行かせ、私は急ぎ確認しに向かった。 もちろん、こっそりと だ。
呼び出されているのは、店主と、、、若い男が1人。緊迫した様子から思惑が成功したのだと分かり、にんまりした。これで時間稼ぎにはなった筈。後はお父様次第だ。
部屋に戻るとミアは1人で、マイクは来ていなかったと知らされた。特に用事はなかったのだけれど、私が仕組んだ事の形跡が残っていたら困るので念のため店の様子を知っておきたかったのだ。残念に思いながらミアにも私が得た情報を伝えた。
そして話は終わったと思い寛ごうとしていると、ミアがなにやらそわそわしている。
「ミア、まだ何かあるの?」
見ると不安そうな顔で私を窺っていた。
「アリア様、実はメリッサが、、、」
「メリッサ? あの娘がどうしたの? 心配していたのよ。」
「あの、それが、、メリッサが、、アリア様に会いたいと、、、」
「え? 今どこに?」
「部屋の、近くで待っていてもらっています。連れて来てもいいですか?」
「もちろんだわ。」
ミアに連れて来られたメリッサは私を見るなり号泣し、何度も謝ってきた。もう一度ここで働かせて下さい、と懸命に縋る姿を見て、本当に反省しているのだと思った。
そんな彼女を私は、もう二度と間違えないでね と念を押してから受け入れたのだった。
それなのに。
数日後、メリッサは再び姿を消した。今度は何の前触れもなく。
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「アリア様っっ! 陛下がっ、陛下が今っ」
机に突っ伏しながらお父様の手紙を何度も読み返しているところへ、取り乱したミアが駆け込んできた。[陛下]と聞こえて私は慌てて手紙を胸元に押し込んだ。
開かれたドアの向こうから陛下の靴音が響いてくる。かなり早足で、苛立ってらっしゃるのが分かった。一気に緊張して、心臓が止まりそうになった。立ち上がって構えると直ぐにお姿が見え、あっという間に目の前までつめていらっしゃった。勢いに圧倒されながら陛下を見上げ、陛下と私の間に机があって良かったと 心底思った。
「妙な小細工をした様だな。」
「何のことでしょう?」
汗が吹き出る。後ろに後退りしようとして、椅子にぶつかった。
「これはどういう事だ?」
持っていた手紙を、机の上に激しく叩きつけなさった。おそるおそる視線を下げて確認するとそこには見慣れない字が並んでいる。ふっ、、と息を吐いた。
「違います。こんな手紙は知りません。」
「ほう、別の手紙は知っている風だな。」
しまった、返事を間違えた。
「ふん、それもいずれ分かるだろう。だがまずはこのを手紙を読め。」
そう言われて手紙を受け取り顔の前まで持ち上げたのだけれど、小刻みに震えるものだから読みづらい。冷静を装っているつもりでも身体はそうもいかないらしい。必死に押さえようとすると益々酷くなり、仕方なく椅子に腰を下ろし机に広げた。
手紙の送り主は、文面から陛下が新規に取引を行おうとしている国だと分かった。
内容は、一言で言えば取引を一旦停止にしたい、という事だ。端々にリュヌレアムの国名が出てきたので、お父様は私が時間を稼いでいる間に、国を探し出し接触したのだと推測できた。時間をかけて調整したいというような事が書かれてあり、おそらくは金をちらつかせつつ 何かを吹き込んだのだろうと思った。
それにしても、お父様はどうしてもっと私に気を使ってくれなかったのかしら? 自国の存在を出すのは牽制の意味もあるのだろうけれど、私が疑われるのは目に見えているのに。それとも、これが信頼しているということなのかしら、、、。首を傾げていると、冷たい声がして現実に引き戻された。
「何か言うことはないか?」
「私には、何の事だかよく分かりません。」
「ふん、お前以外に隣国に情報を流す奴はいないだろう。」
「今の私には連絡する術がございません。病に伏せるお父様のご様子も知ることが出来ないのです。」
証拠は無いはず。とにかく虚勢を張った。
「はっ、白々しい。病に伏せる者がどうして国を動かせる?」
「さぁ、私には何とも。」
こめかみを 汗が伝った。
「最初の便が戻って来たのもお前の仕業か?」
「戻って来た事すら知りません。」
「ふん、あくまでシラを通すか。」
「知らない物は知りませんもの。」
「、、、いいだろう。お前がそのような態度ならこちらにも考えがある。」
、、、こ、恐かった。
陛下が部屋を出ていった後、私は全身の力が抜けて ふにゃりと椅子に沈み込んだ。口の中は水分が無くなって喉が張り付いている。目で、ミアにお茶を入れるよう訴えると、部屋の隅で物置の様になっていた彼女はぎこちなく動きだした。
「アリア様、お役に立てず申し訳ありませんでした。」
「あぁ、いいの、大丈夫よ。でも、早いうちに余所へ移った方がいいかもしれないわね。巻き添えにはしたくないから。」
疑いがはれることは無いだろうと確信した。
「アリア様っ、私は前にも言いました通り、陛下ではなくアリア様に仕えているつもりです。何が起きようとそれは変わりません。」
「、、、ミア、でも、」
「絶対に変わりません。」
「、、、ありがとう。」
情けないけれど、嬉しかった。
その後、国境付近にある町に火の手が上がったとの情報が入った。お兄様の仕業では、と不安が過る。程なくして、陛下が軍を引き連れて向かったと聞いて胸が潰れた。
***シン視点***
気持ちばかりが先走り ジリジリする。気がかりは2つだ。1つはレイラの事で、ヒューゴが作っていたあれは何だ?
あれは、、あんなものをレイラが着けたら あの男の物だと明言するのに等しい。勝ち誇った顔でレイラの横に立つあの男を想像し、怖気が走った。あんなものを用意するのは、最初から村に戻す気なんて無かったということだ。嘘つきめ。はらわたが煮えくり返った。
直ぐにでもレイラの所へ行きたいのに、頭にちらつく2つ目の気がかりはルーナだ。
俺なんかを追ってこなければよかったのに。
もどかしく思いながら聞く先々で聞いて回った。まぁ、つい先日までジェミュー狩りに関わる団体を回り歩いていたのが幸いで、話を聞くのは容易かった。情報があるかは別として、だが。
「ジェミューっていったら、御触れが出たばかだろ? 誰も捕まえようなんて思わないさ。」
最初に言われる言葉のほとんどがこれだ。
「だから、その前の話です。何か知りませんか?」
「う~ん、、うちは知らねぇなぁ。」
そう言われて終了する。
「そうですか、ありがとうございます。」
今回も駄目かと立ち去ろうとした時、その男がぽつり、と言った。
「あ、でもそういやぁさ、」
「何です?」
思わず前のめりになって聞き返した。
「いや、関係ないだろうがね、裏で取り引きしてる奴らがいたんだ。」
「はい。」
裏でと言うのは嫌な響きだ。
「そいつらの姿も最近見ねぇなぁって思ってさ。」
「、、、どういう意味です?」
「あ? そんだけだよ。だから、関係ないって言ったんだ。」
「、、、ありがとうございました。」
関係なさそうだけど気にかかったのでもう少し聞き込みをすることにした。しかし2日掛けて手に入れた情報は、そいつらが姿を消す前、上機嫌で酒を飲んでいた というくらいだった。
結局それ以上の手掛かりは見つからず、一旦断念して、レイラを優先させる事にした。
そしてその頃、陛下の気が触れて王宮から使用人が逃げ出している、という噂を聞いた。不安を感じて、寝ずに馬を走らせた。
ありがとうございます。