82 前半ジュリ、後半リサです
***ジュリ視点***
お嬢様に本当の事を言おう、と思うのに いざ部屋の前に立つと心が揺れる。そうっとドアを開けると、ドアの音に反応したお嬢様が、期待に満ちた顔で振り返った。
「ウィ、、」
一瞬で抜け落ちる表情。
「すみません、私です。お嬢様、食事を片付けに来ました。」
「うん、ありがとう。」
食事には、手をつけた跡もなかった。
「お嬢様、少しでもいいので食べて下さい。このままでは倒れてしまいます。」
「うん、ごめんね。 でも、、全然お腹が空かないの。」
すっかりやつれてしまった身体は、吹けば飛んで行きそうだ。存在自体が幻の様にも思えた。戸惑いながら見つめていると、どうしたの?と聞かれて、私は きゅっ、と顔を引き締めた。
「あの、、あのですね。実は、、あの噂なんですけど、、」
「うん?」
「こ、恋人なんかじゃありませんでした。」
言い切って ちら、とお嬢様を覗き見れば、お嬢様は全く動じていなかった。
「うん、ありがとう、ジュリ。」
「え? お嬢様? 恋人じゃなかったんですよ? 本当ですよ?」
「うん、ジュリは優しいのね、ありがとう。でも、ウィレムは戻ってこないし、、どうしたんだろう、、? その人の事、思い出しちゃったのかな、、、」
「だから、本当に違ったんです。私、ちゃんと聞いて来たんです。」
「うん、分かったわ。」
全然わかっていない。
「信じて下さい。宝物庫にあるのは10年くらい前に陛下に贈られた剥製だったんです。」
少し間があった。
「、、、ジュリ、でもそれじゃあ変だわ。どうしてわざわざ人間を剥製にして贈るの?」
私の言葉に、人形みたいだったお嬢様が反応した。
「それは、、、」
ジェミューだからだって、言ってもいいのかな? 胸がどきどきする。
「と、とても珍しい人で、、」
「珍しいって?」
「ジェ、、」
「ジェ?」
あれ、、? お嬢様の目が、いつの間にか真剣になっている、、思わず私はたじろいだ。
「と、とにかく、ちゃんと記録も見せてもらいましたし、今度こそ間違いありません。」
「ジュリ、私、見てみたい。」
「へっ!? 」
「本当にそうなら、見てみたいわ。」
「ええと、近々 宝物庫を整理するって言っていましたから見れない事もないですけど、、でも、、あ、ほら、お嬢様は部屋から出ることを許されていませんし。」
「この間はジュリと一緒に歩いたわ。」
「そうですけど、ええと、じゃ、じゃあせめて私、陛下に部屋の外に出る許可をもらってきます。それまでは待って下さい。」
許可なんて、もらえる自信もないけど咄嗟に口から飛び出した。お嬢様は私を見つめて、小さく 分かったわ、と頷いた。
「あのっ、ではお嬢様、食事をきちんと食べて下さい。歩けないようでは困りますしっ。」
「、、、ちゃんと歩けるわよ、でもそうね、、ちゃんと食べるわ。」
それからお嬢様は、ほんの少しだけ食事を口にした。私は ほっ、と一息ついたのだった。
***リサ視点***
サイラスから受け取った紙を見ながら担当を振り分けて指示を出し、木箱の注文も終えて、そわそわと待っていると、パパとサイラスが無事に王宮から戻って来た。
サイラスの姿を見た時、私は本当に嬉しくてつい駆け寄って抱きついてしまった。はっ、と我に返った時には既に手遅れで、サイラスもパパも私も店の従業員も一瞬で固まった。
「な、な、なんだリサ、パパにはないのか?」
動揺したパパがぎこちなく聞いてきて、私もぎこちなく答えた。
「あ、え、、あれ、ええと、、パ、パパもお帰りなさい。」
「あ、ああ。サ、サイラスも疲れただろう、部屋に行って休んで、、いや、あー、、そこらへんで休んでいいぞ。」
「、、、」
「そ、そうね。い、行くわよ、サイラス。」
早く隠れてしまいたくて、ぐいぐいサイラスを引っ張って自分の部屋に押し込んだ。後ろを向いてドアを閉めながらまた はっ、とした。抱きついた上に部屋へ連れ込むなんて、、、。意識してしまうと急に心臓の音が気になり始めた。ばくばくいっている。
サイラスの顔を見れなくて背中を向けたまま声をだした。
「あ、ええと、へ、部屋の方がゆっくり出来るのにねぇ、パパったら。 んひゃ、、サ、サイラス?」
後ろから、ぎゅっ、と抱き締められた。
「リサ、、、こんな事して、俺が、、どうなるか分かってる?」
「ど、どどどどどうって?」
サイラスは抱き締める力を強めた。密着する背中が熱い。
「、、、押さえられなくなる。」
「え、ええと、、」
「リサ、口付けをしたい。いいか?」
「へっ、く、口付けっ? え、ええとっ、でも、ええと、」
「したい。いいか?」
「ええっ、え、え、、、」
許可制なの? なんだか返って恥ずかしい。汗をかきながら、こくりと頷いた。
途端に、身体をくるりと回されて後頭部を掴まれた。ゆっくりと近付く唇を直視出来ずに目を瞑ると、温かくて柔らかなものに触れた。サイラスの呼吸がなんだか荒っぽくなってきて、熱がこもってくるのが分かる。私の心臓は苦しいくらいに速く動いていた。頭がぼぅっ、としてきて、もっと求めたくなってサイラスの背中に手を回そうとすると、なぜだか ふっ、と唇が離れされた。
「リサ、舌を、入れたい。」
「え、、、舌、、?」
「駄目か?」
駄目というより、狼狽えた。そんな風に聞かれて了承したら、淫らな女みたいだ。とてもじゃないけど淫らな女にはなれなくて、サイラスの胸を押した。
「サイラス、あの、、そうだ、聞いて欲しい話があるの。」
名残惜しそうな顔をしたサイラスだったけど、話があると言った途端に真顔になった。
「話、、、? マイクの事か?」
「あ、、うん、、マイクというより、、マルクスさんの、、、」
「聞く。」
「ありがとう、そこ、、座って」
サイラスには椅子に座ってもらい、私はベッドに腰かけた。まだ顔が熱くて、少し距離を取りたかったから。
彼は私の話を最初から最後まで、ずっと黙って聞いていた。私は自分の足の爪先を見ながら話していたのだけど、あんまり黙っているから途中で ちら、と目線を上げると、じっとこっちを見ていて、心臓が飛び出るかと思った。
急いで視線を爪先に戻した。
心に閉まっていた全てを、マイクに教えてもらった全てを、それから今の私の気持ちを全て話終えると、暫く沈黙が続いた。反応がなくてどきどきしていたら、急に立ち上がって近付いてきた。
「リサ、横に、座って いいか?」
「す、座るだけなら、、」
ベッドが、サイラスの重みで沈んだ。
「話してくれてありがとう。リサ、抱き締めるのは、、いいよな?」
「な、なんでさっきから いちいち聞いてくるのよ。そんなの、答えられないじゃない。」
「駄目ってことか?」
「ちがっ、、あぁもうっ、聞かなくていいって言っているのっ。」
サイラスの目が見開いた。
「リサ、ここ、、ベッドの上、だ。聞かなくて本当にいいのか?」
「はっ! まま待って待ってっ!それは、待ってっ! あっ、休憩終わりっ、ねっ。仕事行こうっ」
何だろう、、、難しい、、。
それから数日後、第2便の準備がそろそろ整う、という頃になって再びパパは王宮へ呼び出された。理由は分からないけれど、出荷を一度停止させるというものだった。
ありがとうございます。