62 前半マイクです
***マイク視点***
馬車の中で俺は、進行方向と逆向きの席の端っこに縮こまる様に腰掛けた。右斜め向かいにエドさん、ほぼ向かいにブライスさんだ。
エドさんとブライスさんは俺と同じくディクフへ向かうところだったらしい。だけど買い付けですか?と聞くと 違う と言われた。よくよく話を聞くと、同業者というよりは何でも屋といった風だった。
「ところでマイクはどこに、何しに行く予定だったんだ?」
ブライスさんが今更ながら聞いてきた。
エドさんは聞いているのかいないのか、じっと腕を組んだまま動かない。どんな人物なのか、もっと観察したいけどそこにいるだけで威圧感があり、直視出来なかった。もし覗き見て目が合ってしまったら、と思うと視界の端に入れるのがやっとで、目が開いているのか閉じているのかも分からない。
「俺はその、、実は仕事じゃなくて、ですね、、その、、気分転換? といいますか、、」
対してブライスさんは、気安いというか、馴れ馴れしいというか、、よくしゃべる。ただ彼の鋭い目付きでまっすぐに見られると、どうも俺は捕らえられた獲物の様に感じてしまう。
投げ掛けられる質問にも何か意図がある様な気がして答えづらいし、加えて自分の情けない事情も知られたくない。誤魔化しつつ答えた。
「お、じゃあ何も用事は無いんだな?助かるよ。」
助かる、、? いちいち何か不安が渦巻く。
「はぁ、すみません。あの、、もしディクフにお知り合いがいるのでしたら仕事を紹介してもらえると助かるのですが、、」
「仕事? マイクはディクフで就職したいのか?」
「いえ、そういう訳ではなくて、、ただ、俺、ほら、お金を全部取られちゃっててですね、、助けて頂いた上にいつまでもお世話になるのも申し訳ないですし、、。」
状況に身を任せる他ない、とは分かっているのだけど、それでも出来るだけ早いうちに別れた方がいい気がして気が急いる。
「でもマイク、その足じゃあ足を引っ張るだけじゃないか? 俺がちゃんと面倒見てやるから心配すんなよ。」
「はぁ、あの、、ありがとうございます。でもあの、俺、お仕事の邪魔になりませんか?」
「邪魔だなんてとんでもない。寧ろありがたいよ。ところでマイク、お前普段はどんな仕事をしてるんだ?」
「俺は、、、仕入れ、といいますか、必要があれば狩りもします。」
「狩り、か。ふんふん、いいね。じゃあさ、マイクはジェミュー狩りについてどう思っている。」
どくん、と心臓が鳴った。気付けば視界の端にいるエドさんの顔もまっすぐに俺を見ている気がする。とても見て確かめる勇気はないけど、、。
「どど、どう、とは、、?」
「うん、ジェミューは人間だろ? マイクはそれは知ってるか?」
「は、はい。知っています。」
「でも彼らの持つ目や髪、身体の部位はそれぞれ価値がある。」
「、、、はい。」
ごくり、と喉が鳴った。
「知ってるんだな? もしかしてマイクは狩った事があるのか? もしくは商品を扱ったことがあるとか?」
「、あ、、う、、ええ、と、、お、俺は、、一度だけ、狩った事が、、あり、ます、、。」
「当たりだな。」
低い声が響いて ぞくっ とした。首を軋ませてエドさんの方を向くと、2つの目玉がぎょろりと俺を捕らえている。身体中の毛穴から汗が吹き出した。
「そうかそうか、で、どう思った?」
ブライスさんは構わず続けた。
「お、俺は、、、か、可哀想だと、思いました、、」
ちらり、とブライスさんを見ると満足そうに頷いた。答えは間違えていなかったようでほんの少しほっとした。
「そうだろう、そうだろう。彼らは可哀想なんだ。でも、それでもマイクは狩ったんだろう?」
ほっとしたのもつかの間、すぐにぐさりと質問が刺さって来る。まるで尋問だ。
「すす、、すみません、、、。」
「いやいや、マイクは悪くない。だってマイクはやりたくてやったわけじゃないだろう?」
「、、そうですけど、、」
「じゃあ、誰かに命令された訳だ。」
「そ、そんなっ、、違いますっ! マルクスさんだってやりたい訳じゃっ、」
「ふぅん。じゃあ、マルクスも命令されたんだろう。マイク、それは誰だと思う?」
「え、え、、? だ、旦那ですか? でも、旦那様は、、、」
「マイク、お前は何故、ジェミューが商品として価値があるのか、考えた事があるか?」
「そ、それは、、欲しがる人がいるからで、、」
「だよな。でもそれがおかしいんだよ。もし俺が誰かの心臓が欲しいって言えばマイクは取ってきてくれるのか?」
「い、いいえ、、それは犯罪です。」
「だろう? それはジェミューでも同じはずだよな? つまりマイクの国では犯罪が許されている。それどころか国王自身も喜んで推奨しているそうじゃないか。」
「す、推奨、、?」
陛下が捕らえられたレイラをそばに置いている事を言っているのだろうか?
でも今、アリドゥラムはジェミューを守ろうと動き始めているわけで、、、。どうしたらいいのか思考が追いつかない。
「ああ。 おっとマイク、そんなに固くならないでくれよ。誰も責めちゃいないだろう?
マイクの気持ちも分かった、今まで辛かっただろう、俺達のことは味方だと思ってくれていい。」
ブライスさんは細い目を更に細めて笑った。
満足しているエドさんとブライスさんに今更どう伝えていいのか、また口外禁止の内容を勝手に話す度胸もなくて、、、空っぽだった俺の胃はキリキリと痛みだした。
ふいに、目の前のブライスさんがエドさんに向かって身体を横に傾かせて耳打ちした。
「オリバーの人間なら信用も厚いから本当、適任だよ。」
耳打ちなのに声が大きい。しっかりと俺の耳にも入ってきた。不安しかない。
***レイラ
数日ぶりに姿を見せたジュリは想像していたよりも元気そうで、私はほっと胸を撫で下ろした。
「あぁ、ジュリ、、、良かった。すごく心配していたの。この間は驚いたでしょう? 怪我はなかった?」
「、、お嬢様、、あの時はごめんなさい。つい気持ちが高ぶってしまって、本当に本当にごめんなさい。 ええと、私は平気でしたけど、お嬢様はお怪我はありませんか?」
「私は何ともないから大丈夫よ、ありがとう。」
「いえっ、ありがとうなんて、とんでもないです。私の方そこ、あの、、心配までして下さって、ありがとうございます。
それであの、もう2度としないと約束します。だから、あの、、またお仕えしてもいいでしょうか?」
「もちろんよ、ジュリがいないと淋しいもの。」
にっこり笑って見せた。
ジュリをここに戻して欲しいと言ったのは私だ。あの後、私はどうしてもジュリの事が気になって、ウィレムがご機嫌な時にそれとなく聞いておいたのだ。だってジュリはいつもウィレムの役に立とうと一生懸命で、そんなジュリは決して悪い子じゃないと思うから。この間の事は、一生懸命過ぎて暴走してしまった結果だと思う。
ウィレムはその場では ふん、とか 無理だ、等と言っていたけれど、ちゃんと聞き入れてくれた。嬉しい。
「お嬢様、、。本当にありがとうございます。」
ジュリは今まで以上にせっせと世話を焼いてくれて、最近出来た友人に習った、という髪結いも披露してくれた。ジュリによって細く編まれた私の髪は、耳の横で花を咲かせた。
「わぁ! すごい。 ジュリって手先が器用なのね、素敵だわ。」
「へへ。練習すれば誰だって出来ます。でもそんなに喜んでもらえるなら、これから毎日髪を結いますね。」
「ふふ、嬉しい。 ありがとう。」
ジュリは以前よりも明るくなった気がする。きっとその、最近出来た友人、という存在のお陰だろうと思った。
ありがとうございます。