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思えば、私の知っている陛下はほんの一部分だけで、あの部屋の外にいる陛下を私は知らない。陛下の事を知った気になっていた自分を情けなく思った。
町の騒ぎで存在がばれてしまった後、陛下は出掛ける事が多くなった。煩わしい、と口にしながらも私を残して外へ出て行く陛下が遠く感じる。
庭を出歩く事は許されたので、退屈を紛らわす為に1人で散歩した。陛下と2人で歩いた時は心が踊ったのに、1人になった途端に、なんだか色褪せて見えた。散歩から部屋に戻ってくると、丁度女の人が2人、部屋を整えてくれている最中だった。2人とも髪を後ろで1つにまとめて団子にしている。1人はしっかりしていそうで、もう1人はまだ若くてあどけない感じがした。
「申し訳ありませんっっ。もう終りますのでっ。」
私を見た途端に慌て出し、何度も謝られたけれど、私としてはこの屋敷で見た初めての人達で嬉しかった。でも本当にすぐに終わってしまったので少し残念に思った。
「いいえ、私こそ急に入ってきてしまってごめんなさい。それにいつもありがとうございます。」
私が頭を下げると2人は意外そうに顔を見合わせた。
「お優しいのですね。やはりあなた様が王妃様なのですよね?」
年が若い女の人の方が聞いて来た。
「え?」
「陛下はご結婚なさったと聞きました。今回は新婚旅行では、と噂していたところなのです。」
「ちょっと、駄目よっ! そんなに馴れ馴れしくしては失礼でしょっ。 あの、、大変申し訳ございません。この娘はまだ入ったばかりで教育中なのです。どうかお許し下さい。」
年上の女の人がその娘の頭を押さえて下げさせた。
「あ、あ、そんなっ、大丈夫です。私は気になりませんし、それに、、、ごめんなさい。私は王妃ではないのです。」
王妃、、新婚旅行、、
まさか王妃だと勘違いされていたなんて。
でも状況から見るとそれが正常な考えで、私はそれだけ異常な存在なのだった。場違いな所にいるのだと、嫌でも思い知らされる。自分を中心に考えていたのだけれど、周りから見たら私の存在ってどう見えるのだろう。ジュリが渡そうとしたあの避妊薬が思い起こされた。
、、、愛、人?
ぞわりと鳥肌が立った。それなのに、もうとっくの前から私の心はどうしようもないところまで来てしまっている。きっと陛下が突き放してくれないと、、、突き放されても離れられる自信がない。
「も、申し訳ございませんっっっ。」
「大変失礼を致しましたっ。申し訳ございませんっ」
2人は顔を青くして、あたふたと部屋から出ていった。
ぽつりと部屋に残された私は、愚かな自分がやるせなくてしばらくの間涙を流した。泣き疲れて一眠りすると気持ちがすっきりとしていた。
**
「魔力合わせ、ですか?」
そういえばお祭りの時の、あの男の人がそんな事を言っていた。
1日外に出ていた陛下が夜にやっと戻ってきて、ソファーで寛ぎならが突然そんな事を言い出したのだ。
「それは悪い事ではないのですか? だってあの人、、」
あの時陛下は罪を犯した、と言っていた。
「いや、悪い事ではない。あれは、、あいつは、別の罪だ。魔力合わせは、占いのような、遊びのようなものだ。レイラは知らないか? 相性をみる為にする。」
「相性ですか? あ、、、そういえば村で赤ちゃんが生まれた時に、大人達が何かしていたような、、」
相性が合ったとか合わなかったとかで、喜んだり残念がったりしていた気がする。
「生まれた時? レイラの村では生まれた時から相手を決めるのか?」
陛下が身を乗り出した。
「え、ええと、そういうことなのでしょうか?詳しくは分かりません。でも確かにほとんどの人に決められた相手がいました。」
シンとルーナも決められていた。今まで理由なんて気にしていなかったけれど、そういう経緯があったのかと納得した。
「っレイラも相手がいたのか!?」
肩を捕まれて声を荒げられ、私はたじたじになった。指が肩に食い込んで痛い。
「わ、私は、いなかったですっ、、」
「あぁ、、良かった。そうか、ならいい。」
ぱっと手を離された。
「ウィレム陛下は、したことがありますか?」
「ああ、一度だけ、オーウェンとな。」
「オーウェンさんですか!? 」
つい声大きくなった。まさかオーウェンさんとは。私が目を見開いて驚くと、陛下が慌てて付け足した。
「勘違いするな。男女でなくとも相性をみることはある。側近を決める時にしたのだ。」
「あ、そうなのですね。ふふ、びっくりしました。それで、結果は良かったのですか?」
「まぁまぁだな。悪くなかった。やってみたいか?」
「ウィレム陛下とですか?」
「他に誰とするつもりだ。」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて、、、もし悪かったらと思うと、、」
「心配か? 可愛いな。よし、やってみよう。」
「え、え? 聞いてました? 」
「俺は見てみたい。お前の相手だと確信したい。」
「う、、、そういう言い方はずるいです。」
嬉しくて悲しい。
結局断れずにやってみることになった。
「私、やり方を知らないのですけど。」
「ああ、簡単なんだ。自分の体液を水に入れて魔力を流すと色が出る。その自分の色を知った上で、今度はお互いの体液を混ぜて水に入れ、2人で魔力を流すのだ。その時に混ざりあった色を見る。」
「色、、。それで、どうなったらいいのですか?」
「合わない相手は混ざらない。合う相手はよく混ざる、それだけだ。」
「オーウェンさんとはよく混ざりましたか?」
「混ざったというか馴染んだというか、まぁ俺の邪魔はしなかったな。ん、これを口に含んで出してみろ。」
陛下は説明しながらてきぱきとグラスと水差しを持ってきて準備をし、水を入れたグラスを差し出してきた。私は言われた通りにしてみた。
2人で同時に、それぞれグラスに魔力を流した。陛下の色は藍に近いくらいの深い蒼で、私は虹色だった。淡く透き通った虹色で見る角度によって色が変わる。
「わぁ、、なんだか不思議ですね。初めて見ました。」
「ああ。レイラは魔力の色まで美しいな。」
「え、ええと、ありがとうございます。」
陛下に言われるとくすぐったい。
「レイラ、口を開けて」
「へ? はい。、、んむっ」
唐突にそう言われてぽかんと口を開くと、陛下の顔が急接近してきて私の唇の開いた隙間から舌が滑りこんできた。
心臓が早鐘を打ちはじめる。
いきなり濃厚過ぎる口付けに頭がくらくらした。陛下の右手に私の後頭部はしっかり押さえられ、後ろに逃れる事も出来なくて、必死で受け止めた。生暖かいそれは口の中をかき回した後に ちゅっ、と音をさせながらぬるりと離れた。息があがる。身体が熱い。
陛下はテーブルに置いていたグラスを持ち上げると中の水を少し口に含んだ。
そうして くい、と私の顎を持ち上げて含んだ水を私の口に流し込んできた。驚いた私は目を瞬かせた。うっかりその水を飲み込みそうになったけれど、陛下がすぐに口元にグラスを持ってきた。
「出しなさい。」
「ん、、。 はぁっ、、あ、あの、、オーウェンさんともこんな事を、、?」
火照った顔で呼吸を整えながら、つい気になってしまった事を口に出した。
「そんな訳がないだろう。」
呆れた顔でじろりと見られた。
ありがとうございます。