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「旅行に、行ってみるか?」
朝食の時、ウィレム陛下に唐突に言われた。
最近は朝、昼、夕と3食の食事を一緒に取っていて、先に食べ終えた陛下が私を見つめながら思い付いた様に口にしたのだ。
見つめられるのに慣れなくて食べるのが早くなった私だけども、やはり陛下よりは時間がかかってしまう。咀嚼していたハムを水で喉に流し込んだ。
「旅行、ですか?」
慌ててグラスを傾けたので、口の端から水が溢れてしまった。瞬時に私の指より先に陛下の指先が唇を拭った。恥ずかしくて顔が火照る。小さく、ありがとうございます、と言った。
「ああ、レイラは誕生日がもうすぐだと言っただろう。丁度休暇が取れるから2人で別邸に滞在しよう。」
先日、ピアスはシンから誕生日に貰ったという話をしたら、陛下に誕生日を聞かれていたのだった。
私は何だかわくわくしてきた。今まで村の仲間と頻繁に移動していたけれど、楽しむ為の旅行というのは初めてで、しかも部屋の外どころか屋外に出られるなんて。
「ふふ、嬉しいです。」
「ふむ。」
陛下も嬉しそうにしている。自然に私の手からフォークを抜き取り、残りの食事を私の口へ運び始めた。距離がぐっと近くなる。最後の一口を飲み込んだ途端に唇が重なった
。
「んむ、、ウィ、ウィレム陛下、た、食べたばかりです、、、」
陛下を胸をぐいぐい押し返すと悲しい顔をする。
「レイラは嫌なのか?」
「嫌とかじゃなくて、、ええと、そうだ、いつ出発ですか? 準備はジュリに手伝ってもらったらいいでしょうか?」
いくら陛下が好きでも、こう頻繁に吸い付かれていると私の唇はひりひりと腫れてしまう。最近、唇が赤くて痛いなと思っていたところで、今朝顔を洗いながらやっと原因にたどり着いたのだ。もう少し控えたい。それに心臓だって壊れてしまいそう。
「、、、いや、そのままでいい。」
上手く話をそらせて、陛下は私に覆い被せていた上半身を起き上がらせた。
「そのまま、ですか?」
「ふむ、では行こうか。」
「え? え? 今からですか?」
急すぎる。旅行って、もっと時間を掛けて準備するのだと思っていた。
「ああ。早い方がいいだろう。」
「、、、」
呆気に取られれいる間に、私は着の身着のまま陛下に抱き抱えられ、気付けば馬車の中にいた。中に座ると馬車がぐらりと揺れて動き出し、咄嗟に陛下の腕を掴んだ。
「おっと、もっと近くに来なさい。」
私が掴んだ陛下の腕は、そのまま私の腰を抱いて引き寄せた。密着して胸が高鳴る。
「どうした?」
「あ、、いえ、何でもないです。」
覗き込まれると益々鼓動が早くなった。空間が狭い分、いつもより陛下を感じる。
膝に置いていた手が、陛下の大きい手に上から包み込まれて握られた。私はもぞもぞと手をひっくり返して、手の平同士を合わせた。自然と指が絡められる。
陛下の手はひんやりと冷たくて、その冷たさが感触を鮮明にさせる。私の体温が陛下に移っていくにつれ、繋いだ手が1つになっていく様で心地良かった。陛下にもたれ掛かって肩に顔を埋めた。陛下の匂いがする、、、。
馬車の揺れが眠気を誘う。
**
「レイラ、レイラ、、」
「、、っはい!」
「着いたぞ。起きれるか?」
「え、着いた? どこにですか?」
身体を起こそうと手をついたら、そこは何だか温かい。
「わ、わ、ごめんなさいっ」
いつの間にか私は眠っていて、陛下の膝に頭を預けていた。
「構わない。可愛いらしかった。」
陛下がぎゅっ、と私の肩を抱き寄せて額に口付けをした。か、可愛らしい? そんな言葉が陛下の口から出てくるとは思わなかった。
「、、、あ、ありがとうございます。」
火照った頬を手で冷やしながらちらりと陛下を見ると、陛下も頬を染めていた。
別邸は森の中にあって、空気が気持ちいい。
馬車を降りて深呼吸をすると肺が少しひんやりした。回りを見渡して、そこで初めて、今日は陛下の護衛が1人もいないことに気が付いた。
「行こう。」
陛下が私の腰を引き寄せて歩きだした。門は私達を待っていたかの様に開かれ、中に踏み入れると閉じられた。同じ屋外なのに、門の中の方が暖かい。
「お腹が空いただろう。昼食にしよう。」
陛下に連れられ建物に入り、そのまま食堂へと直行する。
「ここには誰もいないのですか?」
食事は出来立ての様だけど、人を見かけない。
「いや、ここにも使用人はいる。いるのだが、邪魔をしないように言っているのだ。2人で過ごしたい。」
「、、、そう、ですか、、。あ、では、護衛の方もどこかに潜んでいるのですか?」
「護衛? 護衛がいないと心配か?」
「えっ、いえ、そういう訳ではなくて、、、ウィレム陛下って、護衛を付けずに出歩いても大丈夫なのですか?」
「ああ、対外的には良くないが今回は特別だ。2人でいたい。」
先程から2人でと繰り返してくる。陛下の熱のこもった目に見つめられると身体が熱くなり、戸惑って目をそらした。
「何だ?」
「何だか恥ずかしくて、、」
「レイラは可愛いな。」
陛下はいつにも増して甘い気がする。
**
食事を終えた私達は、滞在する部屋を確認しに向かった。
「わぁ! 可愛いお部屋ですね。」
ドアを開けて目に飛び込んできたのは、柔らかな白色に小さな花が散りばめられた壁紙で、部屋全体が可愛いらしく統一されてあった。ソファーにはフリルも付いている。何というか、陛下らしくない部屋だ。
「レイラは可愛いのが好きなのだろう。」
陛下が少し照れた顔をしている。
「ふふ。ありがとうございます。」
私の為なのも嬉しいし、陛下がこんなにふりふりとした可愛いらい部屋にいるのも新鮮で嬉しい。
さっそくふりふりのソファーに座ってみると、陛下も横に座ってきた。
「この後は何をして過ごすのですか?」
陛下の顔を覗き込んで聞くのと同時に、陛下の頭が私の膝に落ちてきた。
「レイラ、少し眠らせてくれ。」
ぽつりと一言だけ言って黙ってしまった。
「ウィ、ウィレム陛下?」
既に目蓋は閉じられていて、すーすーと呼吸が聞こえる。起こすのも忍びなく、馬車の中では私が膝を借りていた事もあり、仕方なく諦めた。覗き込むと、眠っているのに陛下の眉間には皺がよっている。
ここ数日、部屋に戻ってくるのが遅かったのは今日の為に頑張っていたからかもしれない。
銀色の、さらさらした髪をそっと撫でてみた。ほんの少し、顔が穏やかになった気がして、しばらくの間撫でる事にした。
顔に落ちてきた前髪をそっと後ろに流したら、こめかみに、3つ並んだ黒子を見つけた。
可愛いくて愛おしくて、もっとよく見ようと顔を近付けて指でなぞってみた。
「ひっ、」
がしっと手を捕まれて心臓が飛び出るかと思った。
「誘っているのか?」
陛下が私を見上げるけれど、とても目を合わせられなくてそらした。
「、、、ごめんなさい。」
「ふん。」
私の手を握ったまま、陛下はもう一度目を閉じた。心臓がばくばくする。
ありがとうございます。