4 マイク視点
発動しても直ぐには向かわない。しばらく泳がせ、村ごと狩るのだとマルクスさんは言った。
どうか気付いて逃げて欲しい と願うが、印はもう発動してしまっている。どこに逃げたとしても探し出せるのだ。考えれば考える程、心が重くなっていった。
「どうした?さっきまであんなに張りきってたのに。」
「いいえっ、ただ緊張してきちゃって、、」
マルクスさんに指摘され、汗が滲んだ。これは仕事だ、と自分に言い聞かせ、無理やり口角を上げる。
「はは、今から緊張してたら身が持たないぞ。そろそろ夕飯の時間だが食べれるか?」
「だ、大丈夫ですっ。」
もうそんな時間なのか。発動したのが昼前だったからもう、半日は過ぎた。彼らはまだ移動中だろうか、食事をしたりしているのだろうか、何も知らずに笑ったりしているのだろうか、、、。考えてもしょうもない事ばかりが浮かんでくる。
外に出ると、俺の心の内とは裏腹に
そこには賑やかな世界が広がっていた。
「すごいですね。」
思わず呟いた声をマルクスさんが拾った。
「そりゃそうだろう。ここは眠らない町なんだ。今日はパッと前祝いといこうか。奴は明日になってから追いかけるぞ。」
マルクスさんはもう、捕まえたも同然だと言わんばかりの態度で、上機嫌で歩いていた。
広場を挟む様に2つの大きな通りがあり、片方の通りに飲食店が並ぶ。もう片方は土産物の店が多く並んでいた。広場では、店で食事を済ませた者達が楽しそうに歌ったり踊ったりしていた。
店を選んでいたマルクスさんが ふと、何か思い出したように、向こうの通りを見渡した。
「マイク、夕飯の前にちょっとあの店に寄ろう。」
言いながら指差した先は、土産物店のなかでも特に見映えの良い 洒落た店だった。その時丁度、視界に入った長椅子に、フードを深く被った者が座っているのが見えた。目立たない様にフードを被っているのかもしれないが、この賑やかな場で暗い雰囲気を纏っているのは逆に目についた。
「リサが誕生日だったろ?お前が何か選んでやれ。」
唐突に、マルクスさんに言われてたじろいだ。
「、、、あ、、はぁ、よく覚えてましたね。」
曖昧に返事をするが、マルクスさんはずんずん店に向かって行く。
リサは旦那様の愛娘で、正直彼女の事は苦手だった。やたらと話しかけてきたり、素っ気なくなったり、態度が急変するのだ。2人の時に一度、勘違いしないでよ、と強く言われた事もある。出来れば近寄りたくない人物だ。
マルクスさんがポケットから財布を出そうとした時、急に足を止めた。
「あれ?おかしいな。石が光ってる。」
「どういうことです?」
見るとマルクスさんの胸ポケットがぼんやりと光を放っていた。
「近いってことだよ。」
ごそごそとポケットから石を引っ張り出すと、光はよりはっきりと確認できた。
何が、、と聞こうとしたところで、後ろの椅子に座っていた者が慌てて立ち上がるのに気付いた。
「おい、そこの!」
マルクスさんが大声をだすと、弾かれたように走り出した。
「え、、、?」
「、、っ あいつだ。捕まえろ!」
次の瞬間にはもう、マルクスさんは人混みの中に消えていて、俺は訳が分からないまま2人ともを見失い、突っ立っていた。
とりあえず何処かに、、と焦って細い道に出てみると、奥から物音が聞こえたので、急いで向かった。
そして次の瞬間、視界に入ってきた場景に目を見開いた。
「マルクスさんっ!! やり過ぎです!」
マルクスさんは相手の腕に魔力封じの鎖を巻きつけ、地面に押し付ける様にのし掛かっていた。ちらりと見える腕は今にも折れそうだ。
「、、っ ああ、死なれたら困ると思って焦ったが、杞憂だったようだな。それにしてもどういうことだ? まさか、印に気付いたのか?」
マルクスさんがぶつぶつと何か言っているが耳に入ってこなかった。心臓がドクドクと音を立てている。
気付いてくれとは願ったが、どのみち無理だとも分かっていた。
だから、仕事だと言い聞かせた。
けれど、こうして目の当たりにしてしまうと、やりきれない、、、。
「まあいい。1人生け捕り出来たんだ。 っと、、おお! これは信じられない。女だ。おい、マイク!これはかなりの値が付くぞ! 早く連れて帰ろう。」
マルクスさんがフードを取り、歓声を上げた。
見れば妖精かと思ってしまうくらいの、本当に綺麗な女がこちらを見ていた。
「本当に、連れて行くんですか?」
つい、口から出てしまった。
「当然だろう。見てみろマイク、これはすごいぞ。傷は絶対付けるな。」
マルクスさんは慣れた手つきで、薬を含ませた布を鼻と口に押し付け眠らせた。
ここが人気のない場所で良かった。不自然に見えないよう背中におぶって、介抱するような振りをして連れて行き、準備しておいた馬車の荷台の檻に閉じ込めた。檻には分厚い布を被せた。
「宿を出る手続きをしてくるから、お前はここで見張っておいてくれ。」
マルクスさんが行った後、こっそり布をずらして、檻を覗いてみた。目をそらすことが出来ない程美しい。その美しさと檻との組み合わせがとてもいびつで、切なくなった。しばらく見つめていると、僅かに動いた。俺の存在には気付かずに、自分の腕に巻かれた鎖を見ている。
「なぁ、」
あまりに可哀想で、我慢できずに話しかけた。けれど返事はなかった。
「なぁ、起きたか?」
構わず話しかけてみる。
「、、、逃げたいか?」
自分が何を言っているのか。頭と口がばらばらになっている気分だ。
泣きそうになりながらカチャカチャと鍵を回した。檻に閉じ込められた姿を見るのはこれ以上耐えられない。
「どうして?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったので、とても驚いた。顔を見ると目が合った。
「、、、綺麗だ、、」
この状況下で口から出た言葉はこれだった。自分でもどうかしていると思う。
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