32 前半リサ視点です
***リサ視点***
あんなに安易に手紙なんて持ち掛けなければ良かった。今さら後悔しても遅いけど、まさかこんな事態になるとは思いもしなかった。
マイクは騒動を聞き付けて直ぐに自分の仕出かした事を謝りに来た。シンさんの手紙を自分のと偽って私に運ばせたのだと。
このどこまでもお人好しの馬鹿な男のせいでと、心の何処かで思ってしまうけど、私もマイクの事は言えない。
手紙を渡す代わりにマルクスさんの情報を教えてと頼んだのは私なのだから。私こそ馬鹿な女だ。
マイクは全て話して一緒に謝罪を、と言ってきたけど、私はそれを受け入れなかった。
馬鹿な女だとマルクスさんに伝わるのだけは避けたいと思った。
その為、何も知らないサイラスは事の発端は自分だと思い込んでいて、ひたすら私に謝った。
彼には申し訳ないし、本当に心苦しかったけど私はその思い込みを訂正出来なくて、サイラスと2人でパパに呼び出されて長い時間お説教を聞かされた。
店はといえば、しばらくの間の営業停止を言い渡され、依頼されていた婚礼衣裳その他諸々も取り消された為、大損失を被った。
けれどどういう訳か、営業停止の方は直ぐに解除され、罰は保留扱いとなった。有難い反面、後からとんでもない事を要求されるのではと、心配になる。パパも戸惑っていたけど命令は受け入れる事しか出来ず、不安を抱きながらも、店は営業を再開させたのだ。
私とサイラスはお説教の他に罰として、[商売の心得]という分厚い本を精読する事と、突然の休業でご迷惑をかけたお得意先へ頭を下げて回る事、それから1ヶ月間、掃除等の雑用を2人で行う事を言い付けられた。
と言っても、お得意先への謝罪は、何故か温かく迎えられ、只の挨拶回りの様で拍子抜けしたし、雑用も罰とは言い難かった。サイラスが、自分のせいだからと言って、譲らなかったのだ。
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「ねぇサイラス、それ、私もするわよ。」
2人で従業員の制服を洗濯しなければいけないのだけど、サイラスが1人ですると言い張っていた。でも量は多いし、彼は不器用で、効率が悪いように思った。
「いや、リサはいい。手が荒れるし。」
「でもそれじゃあ、終わらないじゃない。」
「それでもリサはいい。全部俺のせいだから。」
「サイラス、、あなたは最初にシンさんの作品を見せてくれただけよ。王宮に引き入れたのは私だわ。」
手紙の事を黙っている手前、罪悪感がずしりとのし掛かる。
「じゃあ、これだけは俺がする。別の事を手伝ってくれればいい。」
サイラスがこんなに頑固だったとは。
彼はもっと要領のいい人だと思っていたのに、意外だった。
仕方なく横に座り、次第に上手になっていくサイラスの洗濯を見守っていた。
ふと、サイラスが手を止めて私をちらりと見た。
「リサはさ、マイクと仲がいいのか?」
「マイク? 別に仲が良いわけじゃないわよ。」
取り引きしただけで仲が良くなったつもりはなかった。サイラスの口元がほんの少し、綻んだ気がした。
「そっか。マイクは腰抜けだしな。」
「ぷっ、あはは。腰抜けだとは思わないけど、お人好し過ぎるところがあるわね。」
思わず吹き出すと、サイラスが嬉しそうにした。今まで個人的に話をする事はあまりなかったけれど、思っていたよりも話しやすいのかもしれない。
「俺さ、」
「なあに?」
「ここの店、継ぎたいと思ってる。」
「へぇ。そうなんだ。」
パパは喜びそうだと思った。息子がいないから。
「リサは、どう思う?」
「いいんじゃない? パパはサイラスを気に入っているわよ。」
「、、、それって、、」
「私も後を継がなくていいのは気が楽だしね。」
正直、私が後継ぎなんて想像できない。サイラスだったら適任だと思った。ところがにこにこと答えたのに、サイラスの顔には影が落ちた。
「どうしたの? 私、応援するわよ?」
「ああ。、、、ありがとう。」
***レイラ視点
ソファーに座ってシンの事を考えていたら、ドアが開いた。ジュリが入って来たのだと思って振り返ったのだけれど、立っていたのは知らない男の人だった。その人は私を見た途端、驚いて目を見開いた。
「どなたですか?」
私が話しかけると、はっとした。
「突然すみません。迷ってしまって、、、」
「そう、、ですか。 、、教えてあげたいのですけど、私も詳しくなくて、、ごめんなさい。」
目が合っているのに上の空の様な感じがする。
不思議に思いながら立ち上って近付くと、手を伸ばしてきたのでたじろいだ。
「あなたが、、レイラですか?」
「そうですけど、私をご存知ですか?」
警戒して距離をとったまま聞いた。
「もちろんです。 あぁ、すみません、驚かせてしまった。ぼ、僕はディランといいます。」
「ディランさん、、。」
「ディランと、呼んで欲しい、、。」
「ディ、ディラン?」
「ああ、ありがとう。 レイラは綺麗ですね。、、、このまま連れ去ってしまいたい。」
「え!?」
縋る様な目で見つめられ、恐くなった。
「いや、何でもありません。もう行かなくては、、、一目見れて良かった。」
ディランは名残惜しそうに去って行った。
そして去って直ぐに血相を変えたジュリが入ってきた。
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
「ええ? 大丈夫だけどどうしたの?」
ジュリは走ったらしく、息を切らしていた。
「胡散臭い男が、来ませんでしたか?」
「迷った、という男の人は来たけれど?」
「ひぃっ! なんて事っ!何かされませんでしたか? 何か言われましたか?」
ジュリが取り乱した。
「ジュリ、私はこの通り無事よ。少し話しただけ。大丈夫よ。」
「お嬢様、、。本当にすみません。私の不注意でした。」
すっかり元気を無くしたジュリが頭を下げた。あまりの落ち込みように焦って話を変えようとしたら、先程まで考えていたことが口から飛び出した。
「あっ、ねぇ、そういえばジュリはシンが何処に居るか知っているの?」
空気が凍って、しまったと思った。
ありがとうございます。