31前半ルーナ視点 後半ジュリ視点です
****ルーナ視点***
楽しいのお出かけだった筈なのに、ここ数日私は自分が不安定になっていくのを自覚していた。
毎日お茶の時間だってあるし、殿下との濃厚な触れ合いだってある。それなのに傍にいてくれないと、たちまち不安になるのだ。
用意されていた部屋は、殿下と隣同士だった。不安を拭いきれない私は、自分でも異常だと思うのだけど、頻繁に壁に耳を押し付けて殿下の様子を探っていた。
殿下は1日に何度も私を置いて何処かへ行ってしまう。
だから殿下が部屋を出る音がした時、こっそり後をつけてみた。
すると殿下は慣れた足どりで、建物をでて庭を抜け別の建物へと入っていった。
こんな所へ1人きりでなんて、胸騒ぎがした。
人を払ったのか、侍女達が出てきた。私は物陰に隠れて人気が無くなるのを待った。
盗み聞きに慣れてしまうなんて、、、自分が益々嫌になる。だけど、聞かずにはいられなかった。
耳を当てると、聞こえづらいけど殿下の甘く優しい声がする。ハンナ? 、、君と結婚? もっとよく聞こうと、ドアに耳を押し付けた。心臓がドクドク鳴っている。
「ねぇ貴方、何をしているの?」
「きゃっっ、、ご、ごめんなさい。」
突然後ろから声がして飛び上がった。
ところが振り向いた私を見て、今度はその人が息を飲んだ。
「まぁ、、ずいぶん整った顔ね。身なりもいいし、、、もしかして、貴方が陛下のジェミューなの?」
「え? え? 違います。」
陛下のジェミュー、、、レイラの事だと思った。
「そう、、、そうよね。こんな所にいるはずがないわ。陛下の寵愛を受けているのに、私達を見に来たりなんてしないものね。」
「、、寵、、愛、ですか?」
耳を疑った。レイラが寵愛、、、?
汚れた女が、、?
私はてっきりレイラも私と同じ地獄を味わったのだと思っていた。それは、勘違いだったの?マイクという男の顔が思い浮かんだ。マイクはレイラも酷い目にあったと言っていた気がする。でも陛下ともあろう方が、そんな女を寵愛するなんてありえない。
それではマイクは私に嘘を付いて嘲笑っていたの? レイラは、、綺麗なままだったの?
不意に、捕らえられ汚されていった自分が脳裏に浮かんだ。
「ええ。ところで貴方は何をしていたの?」
「あ、あの、この部屋の方に、、」
「ハンナ?」
「あ、、いえ、、もういいんです。大丈夫です。ごめんなさい。」
咄嗟に走って逃げてしまった。
綺麗な身体で陛下に寵愛されるレイラと、今ここで殿下を疑い盗み聞きまでしている私。
自分が酷く卑しい人間に思えた。
部屋に戻り、1人で悶々と考え込んでいたら、ドアがノックされた。はっとして窓を見ればもうすっかり日が暮れている。
入って来たのは殿下で、私を見てがっかりした様に見えた。
その顔が、惨めな私の心をより惨めにさせる。これ以上惨めになりたくなくて、私は殿下に駆け寄って唇を押し付けた。
自分の価値を確かめたくて堪らなかった。私を見て欲しい。殿下は少し驚いた様子で、でも直ぐに応えてくれた。ほっとした。繋がった時に、やっと自分を肯定する事が出来た。
落ち着いてから、殿下はアリア様との夕食に誘ってくれた。家族の仲間に入れた様で嬉しかった。
食事を終えて寛いでいると、ふと、アリア様の手首のブレスレットに目がいった。
「あ、あれ? あの、そのブレスレットは、、」
「ブレスレット? ああ、これかしら?」
「はい、あの、友人が作る物によく似ていて、、」
「ん? ルーナの友人って、ジェミューって事かな? よく見せてくれないか?」
殿下が言うとアリア様がブレスレットを外して手渡した。
「ああ、そういえばルーナはレイラの友人だったわね。これはシンっていう者が作ったのだけど、2人は恋人なんですってね。陛下は本当にどうなさるおつもりなのかしら。」
アリア様が深く溜め息をついた。
「恋人ですか!? 」
私は恋人という言葉に驚いた。
「ええ。シンはあなたの知り合いではなくて? 細工の腕は素晴らしかったわ。」
「、、、シンが恋人だなんて」
信じられない。
だって、かつてシンと私は許嫁同士だったし、私のシンへの気持ちをレイラは知っていた。
2人は一体いつから?
ところが考えて直ぐに府に落ちた。
だからあの時シンはレイラを追いかけて行ったんだ。 、、、酷い。
レイラは綺麗なままで、寵愛されていて、しかも影で私を裏切っていた。
どこまでも惨めにさせられる。
「恋人がいたなんて。」
殿下が小さな声で呟いた。
「お兄様?」
「ん? いや、何でもない。それよりアリア、このブレスレットはどうして持っている?」
何でもない、、、?。
「あんまり大きい声では言えないけど、陛下がね、細工をお気に召して、国の産業に取り入れようとなさっていたの。」
「何だって? アリアはジェミューの魔力の話を陛下にしたのか?それは俺がしたかった事だ。」
「まぁ、お兄様、濡れ衣だわ。陛下は彼がジェミューだって事、つい先日までお気付きになっていなかったのよ。」
殿下は苛立っているように見えた。
「あ、あの、、それで、シンは一体何処に?」
「それが私にも分からないの。落ち着いたら探してみるわ。」
**
その日、私は人を殺める夢を見て飛び起きた。夢なのに鮮明で、手には生暖かい血の感触が残っている。相手が誰なのかは分からないけれど、夢の中の私は強い殺意を持っていた。
自分の中に違う自分がいる様で、恐くなった。
こんな時には殿下の入れてくれるお茶が飲みたいのに、殿下はどこにもいない。どんなに壁に耳を押し付けても、物音ひとつしなかった。
ハンナ? あの部屋にまた行ったのかしら?
そう思ってしまったらもういても立ってもいられなくて、私は裸足のまま部屋を出た。廊下はしん、と静まり返っていた。
***ジュリ視点***
陛下の部屋に入ろうと、鍵を開けたところで見知らぬ男の人に話し掛けられた。
「やあ、ちょっといい? 少し迷ってしまってね。」
張り付けた様な笑顔も、優しそうな口振りも、胡散臭い。
「どなたですか? ここは特別な者しか入れません。」
「おや、それは申し訳ない。気付かなかったよ。ということは、、君は特別なんだね。まだ若いのに凄い事だ。」
褒められて悪い気はしない。警戒しつつも口が緩んでしまった。
「まぁ、、、そうですね。私は特別です。」
その時突然、廊下の向こうから騒がしい声が聞こえた。
「何だか大変そうだ。早く見てきた方がいいのでは?」
男の人に促されて、騒ぎの方へ向かった。陛下の部屋の近くで騒動を起こされては困る。
行ってみれば、なんと王妃候補のうちの1人、ハンナが取り乱して、おさえられていた。
私に気付くと、それを振り切って駆け寄ってきた。
「あぁ、ジュリ、貴方に会いたかったの。」
扱いに困っていたその者達は、私に任せて立ち去ってしまった。そしてよく訳が分からないまま時間を取られた。支離滅裂な事を言いながらも、結局ハンナは、王妃が決定してしまった事で、自分の立場がどうなるのか心配だったらしい。少し落ち着きを取り戻してからは、お嬢様の存在がどのような物なのか、側室になるのか等、私に答えられる筈がないのに、質問ばかり浴びせきた。
解放され戻った私は陛下の部屋の前で、鍵を開けっ放しだった事の気付いた。
さっきの胡散臭い男の人が頭を掠める。
ありがとうございます。