29 前半ルーナ視点です
***ルーナ視点***
殿下と一緒に、私は再びアリドゥラムの地に足を踏み入れた。
「人前に出るのはまだ不安かな?辛かったらすぐに言うといいよ。」
殿下は優しく気遣ってくれた。
「ありがとうございます。でも殿下が傍にいてくださるなら、恐くありません。」
このアリドゥラムでは色々な目に遭わされたから辛いはずなのだけど、殿下の隣では不思議と平気だった。
王宮に着いてからはまず、ウィレム陛下にご挨拶に伺った。私まで付いていっていいのかと不安になったけれど、殿下はレイラに会える様に頼んでみよう、と言ってくれた。
そして執務室の前で呼ばれるまで待っていた。少しだけ開いたドアから、殿下と陛下の声が聞こえた。
「ああ、来たか。」
「ウィレム陛下、お招き頂きありがとうございます。」
「ふん、思惑道りに事が運んでさぞ愉快だろう。」
陛下の口振りに、あまり歓迎されていないと感じた。レイラは大丈夫なのか、少し心配になる。同時に、私の殿下は優しくて良かったと思った。
「まさか。そんな風に考えた事などありません。ただ、純粋に妹の婚姻が喜ばしいだけですよ。これを期に二国間の絆も深まるでしょう。」
「ふん。」
「ところで陛下、1つお願いがあります。」
「なんだ。」
「実は、、、おいでルーナ。」
呼ばれてはっとして、慌ててドアを大きく開いた。
「おいで。 陛下、この娘はルーナといって、、」
「ルーナだと?」
陛下は話を遮って私に目を向けた。
「、、? はい、少し前にアリドゥラムで捕らえられたジェミューです。今、我国で生活しているのですが、こちらにいるレイラと友人だというので、、、」
「駄目だ。」
またも言葉の途中で遮られた。強く、はっきりと拒否され、殿下も私も唖然とした。
「ええと? まだ何も言っていませんが、、」
「何故わざわざ余計な事をする。無事に婚礼を済ませたいならこれ以上その話題を振るな。名前も口にするな。」
「、、、ええ?」
殿下が呆気にとられて、立ちすくんでいる。
陛下の目が私を一瞥し、殿下を睨んだ。
「うろつかせるな。目障りだ。
オーウェン、アリアのところにでも案内してやれ。」
私達はあっという間に部屋から追い出されてしまった。
レイラは大事にされていない様だと思った。大事にされていたら、友人と会うくらい許されるはずだ。私のように、、、
不本意にも優越感を感じてしまい、自分の心の歪みに気付いて自己嫌悪した。私はいつからこんな嫌な人間になったんだろう。
「ごめんよ、ルーナ。こんな筈じゃなかったんだ、、、。よほどこの婚姻が気に入らないらしい。まぁ、折を見てまた話してみるさ。」
「いいえ、私の為にすみません。 、、、この婚姻は望まれたものではないのですか?」
おめでたいと思っていたのに、そんな風にいうなんて。
「望まれてるさ、本人達以外はね。これは国同士の結婚だから仕方ないんだよ。」
**
案内された部屋に入ると、甘い濃厚な香りと共に小柄な女性が出迎えてくれた。一部を丁寧に編み込んで飾りにした、長いウェーブのかかった髪が揺れている。小柄なのに存在感のある、いかにも王妃らしい風貌だった。
「お兄様、予定よりずいぶんお早かったのですね。」
「ああ、アリアおめでとう。少し事情があってね。」
気取らない雰囲気が、実の兄妹なのだと改めて感じさせた。
「事情ですか? あら、お兄様、そこにいるのは一体誰かしら?」
「あぁ、ルーナ、ご挨拶しなさい。妹のアリアだよ。」
殿下に言われるまま前にでて挨拶をした。
「あ、あの、初めまして。ルーナといいます。」
「綺麗だろう。この娘は、ジェミューだよ。」
頭の上から足の先までじろじろと見られ、あまりいい気はしなかった。
「まぁ、これが。ふぅん、、、 確かに綺麗ね。でもお兄様、あまり感心しないわ。お兄様もじきに、、」
「アリア、その話はまた後で。」
じきに? 感心しない? まるで私と一緒では良くないような言い方で不安になった。胸がざわつく。
「あ、あの、」
「ん? ああ、そうだった。アリアはレイラを知ってるか?」
「レイラ? レイラって、陛下の、、」
「あのっっ!」
不安を残したまま話がずれていく。慌てて無理やり話を割って入った。2人が、ぽかんと私を見た。
「あのっ、感心しないって、どういう意味ですか?」
殿下は困ったように私を見て、髪を撫でた。
「何でもないよ、ルーナ。大丈夫だから。」
「何でもない? 本当ですか? でも、でも、、」
ぎゅっと抱きしめられた。
「大丈夫だよ、ルーナ。あぁ、そろそろお茶の時間だったね。部屋に行こうか。 悪いアリア、話はまた後でゆっくりな。」
殿下の香りは安心する。
***レイラ視点
私が寝ていたのは陛下の寝室だった様で、だるい身体を起こして部屋から這い出ると、ジュリが駆け寄ってきた。
「お嬢様っ。目が覚めて良かったです。ずっと眠っていたんですよ。」
言いながら身体を支えてソファーに座らせてくれた。
「ずっと?」
「はい。ずっとです。陛下が、それはもう心配なさって」
「陛下が心配を?」
正直、陛下の気持ちが分からなかった。
私に触れたり、口付けをしたり、好意を持ってくれている様で、でも自由を奪ったり、怒鳴ったり、話も出来なくて、、陛下にとって、私の中身は必要ないのかもしれない。
そうするとそれは、愛情なんかじゃなくて、もっと別の何かだ。虚しくなる。
「もちろんです。」
ジュリの言葉が私を揺さぶる。期待したいと思ってしまう自分がいる。
陛下の振る舞いが、他人の言葉が、こんなにも私を乱すなんて、、、。
小さく溜め息をついた。
「あの、ところでお嬢様、、陛下が、あの、、お嬢様の部屋であれを見つけまして、、」
「あれ、って何かしら?」
「あの、、お嬢様が寝ている間に、へ、陛下が引き出しの中を見まして、、 あ、、あの手紙は入っていませんでした。それで、片方だけのピアスを見付けて、、。 それを持って行ってしまわれたのですが、、」
ジュリがちらちらと私を見る。
「私のピアスを?」
片方だけといったら、マイクの手紙と一緒に受け取った私のピアスだ。どうしてそれを持っていったのか分からなかった。
「はい、ピアスです。」
「、、、そう。」
「ええと、あの、ピアスは大切な物ですか?」
「、、そうね。大切といえば大切よ。」
「えっ、ど、どれくらい大切ですか?」
「どれくらい、、、? うーん、友人から貰った物だし、、、」
「友人!? やっぱり友人ですよね!?」
「え? ええ。ジュリ、どうしたの?」
ジュリがほっ、と息を吐いた。
「良かったです。お嬢様は、やはり、、あ、、ごめんなさい。私が聞くことではありませんでした。」
「、、、?」
「、、、でも、きちんと陛下とお話をしてください。」
ジュリは寂しげに笑っていた。
ありがとうございます。