20 前半アリア視点です
***アリア視点***
「アリア様、手紙が届いています。持ってきた者が、この場で返事を、と待っていますが、どうなさいますか?」
「お父様ね、ありがとう。直ぐに読むわ。」
私はさっそく封筒を開けて、中の手紙を取り出した。角ばった字が懐かしい。
「ふふ、やったわ。あら、あらあら、まぁ、、お兄様、大丈夫かしら、、ふーん、そういう事ね。」
「ふふ。ハンナを義姉様に、と伝えてくれる?上手くいくといいけど。」
「分かりました。伝えてきます。」
お父様の手紙には、問題なく婚姻を結べると書いてあった。あと数ヶ月もすれば私は王妃だ。お父様の力が働いたとは言え、やはり嬉しいもので、つい口元が緩んでしまう。
それからエレノアとハンナの事も書かれていた。2人の国の名はそれぞれ、ディクフとツェンぺという。それらは隣り合って海に面していて、その真ん中辺りに大きな港を持っている。
港は2つの国が共同で作ったもので、それは以前の王同士の仲が非常に良かったから成し得た事だった。
そして、王が代わった今でも、ややこしい争いを避ける為にお互い顔色を伺いながら仲良くしているのが現状のようだ。
今までこの2つに国にお父様は無関心で、干渉もなさらなかった。
けれど今回、どちらか一方を取り込んでおけば、今後の国益にも繋がると判断なさったのだ。私は即決でハンナの国を推した。ハンナを好ましく思っている訳ではなくて、ただ追い払うならハンナだと思った。お兄様には申し訳ないけれど。
王妃候補を辞退しろと言っても、簡単に辞退出来るものではない。彼女は王妃、もしくは側室になるつもりでここに来たのだ。国に帰ったとして、恥をかくだけだろう。
そこでお父様は、お兄様との婚姻を約束なさるおつもりの様だ。
ハンナは気が強くて生意気だけれど、お兄様の前ではまた、違うかもしれない。器量だけは問題ないから、遊び歩くのが好きなお兄様は案外気に入るかもしれない。
そう思い直して、お兄様への申し訳ない気持ちを打ち消した。
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「アリア様、おめでとうございます。」
その後、婚礼が正式に決定し、ミアとメリッサを含めた私の使用人達が揃って祝福してくれた。
日取りも決まって、あとはのんびり待つだけだ。
「ふふ、陛下のご意志ではないのが残念だけれどね。」
「アリア様、ご安心を。床を共にしていれば、情も移るものです。」
ミアがにっこり微笑んだ。
あの能面みたいな顔で情など持っているのかと、疑ってしまう。
それに、床を共になんて、、、覚悟はしていたけれど、顔しか知らない様な相手と破廉恥な行いをするとは、、、
「いやだ、恥ずかしいわ。」
初夜を想像してしまって、顔が赤くなった。
「それより、準備が大変ですね。婚礼の衣装はどういたしましょう? アリア様はもう、こちらの人間ですから任せてしまっても良いのですが、、、何かこだわりがありますか?」
「うーん、そうね、、、お父様のお顔を立てたいから、少し色を入れるわ。リサに相談しましょう。」
「分かりました。それと、部屋はいつ移られますか? 既に整っていますので、直ぐにでも移動できますが。」
「ふふ、嫌だわ。まるで私が焦っているみたいじゃない。婚礼の少し前でも大丈夫よ。それに、あの2人様子も見ておかなくちゃ。」
ハンナは今頃大慌てで、身の振り方を考えていることだろう。想像しただけでも愉快な気持ちになった。
エレノアは、、、どうにかして使えないかしら、、、 もう少し様子を見て決めようと思った。
「それからアリア様、これは主要人物や主要国と、その贈り物のやり取りについての詳細なリストです。今後の役に立つと思いますので。」
「ありがとう、目を通しておくわ。」
***レイラ
もはや起きろと言わんばかりに、陛下は私が寝ているソファーに、どっしりと腰を下ろした。
陛下の温度が布団越しに伝わってくるようで、胸がトクトクと音を立て、心なしか上気している自分に気付いた。そっと目を開けて見ると、陛下はこちらを見ているのではなくて、正面の壁をぼんやりと見つめていた。
「どうかしましたか?」
思うより先に声が出て、自分で驚いた。陛下はもっと驚いた風に、こちらを見た。
「初めてだな。」
「え?」
「初めてだ。レイラが俺を気にかけたのは。」
「、、、そうでしたっけ?」
「ああ」
「元気が、、ないように見えて、、」
「そうか、、」
身体を捻って、そっと私の輪郭をなぞる。私は恥ずかしくなって、目をそらした。
「しばらく、忙しくなる。」
「、、、はい。」
目をそらしたまま頷いた。陛下こそ、こんな風に自分の予定を教えてくれるのは初めてだった。
指は、首筋を撫でながら下りてきて、鎖骨辺りで止まった。私の心臓の音は、トクトクからドクドクに変わっていた。
その状態のまま沈黙が続いて、不審に思い、ちらりと窺うと、陛下は真っ直ぐに私を見ていた。
心臓が跳ねた。
「あ、、」
咄嗟に、何か言わなきゃと思ったけど、言葉が上手く出てこなかった。
首に触れる指の感触がとても鮮明に感じた。
「だから、ここに印を付けておこうと思う。」
私を見つめたままで、陛下は言った。その吸い込まれそうな瞳に、思考も止まってしまいそうで、、、ん?
「? 印、ですか?」
首を傾げながら答えた。印ならもうすでに付いている筈だけど、、、
「俺の印だ。いいな。」
「、、、はい。」
と言って、後悔した。返事をした直後に、陛下が覆い被さって来たかと思うと、首筋に噛みついた。
「きゃっ っっっ痛!! 痛いですっ!やぁっ! 痛い!」
押してもびくともしなくて、ドンドンと叩いた。痛くて目に涙が滲んできた。
ぱっと歯が離されたら、今度は胸元に顔が落ちてきた。混乱してしまう。温かい吐息を感じて、恥ずかしくて堪らない。
「やっっ、ウィレム陛下! 止めて下さい!」
「しばらく、、、」
「え?」
「しばらく、このままで。」
「ええ? ちょっと、起きて下さい!」
「、、、」
「ウィレム陛下、、?」
バシバシ叩いても反応がなくて、泣いているのかと思ってしまった。なんとなく。いつもと様子が違って見えたから。そう思うと、何だか可哀想に感じて、つい、よしよし という具合に頭を撫でた。サラサラの髪が気持ち良くて、サラサラ、撫で撫で、と繰り返した。
「おい。何だその手は。」
気に障ったらしく、むくっと起き上がるとそのまま立ち上がり、
「ふん、俺がいない間に逃げたりするなよ。」
と言って出ていった。
サラサラした髪の感触が、いつまでも手に残っていた。
後から鏡を見ると、首筋の歯形は、痛々しく血が滲んでいた。
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