18 最後にちょっぴりリサです。
今日の昼食はパスタで、気が遠くなった。ミートソースがたっぷりかかっている。
陛下が一口分のパスタをフォークに巻いている間に、思いきって話掛けた。図書室の事だ。
「あの、ウィレム陛下」
「何だ。」
「お願いがあるのですが、、」
「言ってみろ。」
巻ききれなかったパスタの端が、ぴょこんと飛び出ているのが見えた。ソースが艶々と光っている。そのまま口に運ばれるのだろうか、、ひやひやしながら話を続けた。
「あの、ジュリがいつも本を持って来てくれるのですが、、」
「ジュリが? ふん、それで?」
ああ、やっぱり。フォークはそのまま口の前にやってきた。
「はい、それで、私、、本を自分で選んでみたいのですが、、」
瞬時に、かちゃり、とフォークが下ろされた。
「部屋から出ようとしてるのか?」
陛下の顔が曇っている。言われた言葉は、まるで地の底から這い上がって来た恐ろしい物の様に感じた。足元から凍りつきそうだ。
「、、、私は、ただ、図書室に、、」
「シン、とは誰だ?」
突然シンの名前が出てきた。
「え、し、シン? シンは関係なくてですね、ただ、図書室に、、」
「部屋から出てどうするつもりだ。シンが、探していると言っていたな。」
「ぁ、、、」
私はこの前、寝ぼけて何て言ったのだろう。覚えていなくて、焦る。陛下の目が恐い。
「言っていたな。」
「シンは、、友人です。ここに来る前の、、」
「探している、とは?」
「返さないといけない物があって、それで、、」
「出せ。」
ひっ、、心臓が飛び出るかと思った。汗がたらたらと出てくる。
「それは出来ません。見えない物ですから。」
「、、、それは何だ。」
「い、言えません。私の物ではないので。」
「、、、」
「言えません。」
「、、、」
無言で睨まれて泣きそうになりながら、手をぎゅっと握りしめ、大きな声を出した。
「本当に、言えないんです。」
「 ふん、返すだけか?」
「え? は、はいっ。返すだけです。」
「ただの友人か?」
「はい、友人です。」
「そいつは今どこにいる?」
「そ、それが、、、分かりません。待ち合わせた後に捕まってしまいましたので。」
私の声が通じたと思って一瞬ほっとしたのに、すぐに質問攻めにされて、たじたじになった。
「そいつはここにいることを知っているのか?」
「ええと、たぶん、分かると思います。」
「何故だ?」
「か、返す物が、シンの大切な物だからではぅっ」
「食べろ。」
口にパスタをねじ込まれた。ソースが、、、と思ったけれど、口を拭う暇もなく、ぐいぐいとねじ込まれてくる。必死に咀嚼していると、ふと、陛下の、フォークを持つ手が小刻みに揺れるのに気がついた。
何なの?と陛下を見て、私は目を疑った。陛下は、片手で半分顔を覆い、肩を震わせていたのだ。怒っているのかと思ったのに、もしかして、私の事を笑っているのかと、動揺した。
こんないたずらをする人だとは思わなかった。私が唖然としていると、思い出したかの様に野菜もねじ込まれた。
そしてとうとう陛下は、食べ終わった私の顔を見て、吹き出した。
「ぷっ、、くく」
腹が立つのと、呆れるのと、それから、戸惑う気持ちとで、どう反応していいのか分からなくて、
「酷い。」
と言うのが精一杯だった。
それに陛下が笑うのは初めてで、その、いつもの冷たい顔からは想像できない無邪気な顔に、つい可愛いと思ってしまった。
「くく、、仕置きだ。レイラが悪い。」
私、変だ。自分でもそう思うけど、私の頬は陛下を見て勝手に緩もうとする。必死に堪えながら訴えた。
「本当に、あんまりです。」
そして、口を拭おうとナフキンを持ち上げようとしたら、その手を陛下の左手が覆った。
またいたずら?と思って、顔をあげた瞬間、今度は陛下の右手が、がしっと後頭部を掴んだ。間髪いれずに顔が近付き、べろりとソースを舐められた。
「なっっ! んっ、」
喋ると口の中まで舐められそうになって、しっかり唇を閉じた。生暖かい物がぬるりと、結んだ唇の上を這うように動いた。見開いた目から見える陛下は、瞳を伏せていた。最後にちゅっ、と音を鳴らして離れる時、伏せていた目が開かれ、蒼い瞳が私を捕らえた。
ものすごくドキッとした。
「、、、 な、何をっ、、」
顔どころか、全身が赤く染まる。身体が熱くて汗も出る。私の心臓は壊れてしまいそうに凄い速さで鳴っている。
「、、、許可なく会うことは許さない。そいつの名前も呼ぶな。いいな?」
「 、う、、はい。」
私は恥ずかしさのあまり、陛下の顔を直視できなかった。
「それと、レイラ、午後、ここに商人を呼んでいるから気に入った物があれば教えなさい。」
「? は、い、、」
うつむいて返事をした。身体はまだ熱い。
**
並べられたのは、普段着から豪華なドレス、煌びやかな宝石や装身具、ハンカチなどの小物など、沢山の品々で、、、私は困っていた。特に欲しい物はないし、何はさておき、部屋から出ることも出来ないのだ。着飾っても意味がない。
そして一番困っているのは、陛下が時々、どうだ?とか聞いてくる事だった。顔を覗かれる度に心臓が跳ねあがる。
その時ふいに、端の方に置かれたピアスに目が吸い込まれた。
他の装身具とは明らかに違う。糸の様に細い金属を複雑に絡めた華奢な作りで、この細工には見覚えがあった。これはシンの細工だ。
「ウィレム陛下、、私はあのピアスが、気に入りました。」
***オリバーの店にて***
「っリサ、」
呼び止められたリサが振り向いた。
リサは商品を持って王宮へ行こうとしていた時だった。
「なあに?サイラス。私は今、忙しいのよ。」
「あ、、ごめん、、。少しでいいんだ。これを、」
サイラスが握っていた手を開くと見たことのないピアスが顔を覗かせた。
「わぁ! 凄く綺麗! どこで手に入れたの?」
「最近、来るようになった爺さんがさ、それ、作ったから売れないか、って、」
「売れるわよ! 凄く素敵だもの。私、これから王宮に行くところなのよ。せっかくだから持って行くわね!」
「あ、いや、それは、、俺が、リサに、、」
サイラスの声は届かず、リサはピアスを握りしめ、行ってしまった。
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