来客
**ミラ
お昼を食べようと家に戻ると、ドアが開いていて、すぐ見えるところに父さんが立っていた。
「・・(ねぇ、父さん入らないの?)」
聞こうとして、立ち止まった。やばい、中にノア兄さんがいる。慌てて、壁に張り付いた。アリーさんが怪我した上に、ノア兄さんに黙って療養施設にいるなんて、どう説明しよう。お小遣いを返せ、なんて言われたら、たまったものじゃない。母さんが上手く言ってくれるかしら?
耳をすませると、ノア兄さんの乾いた声が、聞こえてきた。
「隣国・・?何の話だ?隣国の者って、誰の事だよ。」
ん?気になって、再びドアのすぐ横に張り付いた。
「なぁ母さん、それじゃ何にも分からない。ちゃんと、分かるように説明してくれないか?でないと、俺、何をするか分からない。」
ノア兄さん、すごく怒っている。
会話の内容は、やっぱりアリーさんの事かな。そわそわしながら聞き耳を立てていると、お父さんが話し始めた。
お父さんが、ノア兄さんに話したのは、私の知らない、話だった。
***ノア
母さんはうつむき、代わりに父さんが、ぼそぼそと話し始めた。
「つい先日に、アリアという娘を探している男が来た。その男が、隣国から来たと言っていた。それだけだ。」
「は?探す?誰が?何の為に。」
頭が混乱する。隣国の男って、誰だよ。陛下だけじゃなく他にもいるってことなのか?
「何も教えてくれなかったさ。ただ、あれこれ聞き回っていっただけだ。」
は・・・?
「それで、何を答えたの?というか、あれ?俺、アリアなんて名前、一言も言った事がないんだけど。」
「だが、同じ人物なんだろう?」
は・・・?何を、言っている?
「アリアじゃない。アリーだ。まさか居場所まで教えていないよね?」
「・・・・」
妙な沈黙だ。嘘だろ・・、本当に教えたのか?
「父さん、どうなんだ?」
「仕方がないだろうっ!そうでもしないと、ロパが危なかった。お前はっ、家族まで危険にさらしたんだぞ!分かっとるのか!?」
「危険?どうしてだ?さっき、男が来ただけだと、言ったばかりじゃないか。」
言ってることが、めちゃくちゃだ。
声を荒げる父さんが、段々他人に思えてくる。
「・・・剣を、持っていたんだよ。」
母さんの、小さな声が聞こえた。
「・・・は?」
つまり、剣でロパを危険に?
「は?そんな男に、本当に教えたのかっ!?・・・信じられない。何で知らないって言わなかった。俺、何も言うなって、言わなかったか?ねぇ、母さんっっ!」
母さんに向けて言ったのに、母さんは、肩をびくっと震わせただけで、黙っている。
次の瞬間、ぐい、と胸ぐらを掴まれた。
「その時、母さんは1人で対応したんだぞっっっ!!」
「・・っく。」
唇を噛んだ。やはり母さんには、何も言わなければよかった。
「どんなに恐かったか、お前に分かるか?ロパを失いそうで、どんなに苦しかったか、お前に分かるか?嘘でも何でも思いつくことは何でも言って、相手を納得させるしか、無かったんだ。」
・・・何でも言って、か。
父さんは、背に母さんを庇っている。
分かってないのは、父さんだ。母さんのそのお喋りな口のせいで、俺は今、アリーを失う恐怖に襲われている。
手を、力任せに振り払った。
握り締めた手は、爪が深く食い込んだ。
「場所を、教えてくれ。」
これでも、精一杯、必死に、爆発しそうな感情押さえ込んでいる。
「ノア、お願いだから、行かないでおくれ。2日も前の話だ、どうせもう間に合わないじゃないか。」
ガァンッッ!!
母さんの言葉にテーブルを、強く、蹴りあげた。怒りと恐怖ともどかしさで、おかしくなりそうだ。
「ねぇ、俺は、お願いしているんだ。どこの施設か、場所を、教えてくれ。」
母さんは、何も答えず泣き始めた。
そんなんじゃないだろう。俺は今、質問をしているんだ。苛つく。目線を父さんに移した。
「父さんでもいい、答えてくれないか?」
笑って聞けるのは、もう限界だ。
「答えるわけがないだろうっ、母さんの気持ちが分からんのかっ!?」
父さんに俺の気持ちが分からないように、俺にだって分かるはずがない。
これ以上は無駄だと理解し、踵を返した。
**ミラ
これはただ事じゃない。屈んだ格好で、そろり、とドアから覗こうとすると、ノア兄さんの服が、がスッ、と鼻をかすめた。
あ・・・、い、行っちゃうの?
家の中ではお母さんが泣いていて、お父さんが肩を抱き寄せている。
どうしよ、どうしよっ。
あああ、ううう・・・・・・・ええいっ!
「兄さんっっ、ノア兄さんっっっ、待って!」
正直恐い。ほんっと恐い。一生分の勇気を振り絞って、ノア兄さんを追いかけた。
お小遣い分の働きは、返しておかないと。
ありがとうございます。