邪魔者
***ジョン
アリーさんが出て行くと、残された皆の目はクレアと俺に向けられた。
「おっ、お前らっ、見るなよ。向こう行ってろっ。」
そう言いながらも、向こうってどこだよ、と胸の内では自分に突っ込んだ。今から夕食だというのに、ダイニングから出ていけは、ない。
・・俺はクレアを外へ連れだした。
「クレア、クレア、ごめんよ母さんが。」
農具用の倉庫の横で、クレアと向き合った。
ぐすぐすと泣くクレアの手を握ると、顔をそむけて、それを振りほどこうとする。
「おばさんは、私よりアリーさんがいいのだわ。だから、アリーさんがいなくなるのは嫌なのよ。」
「そんなことないよ。クレアの方が大事に決まってる。」
「じゃあ、なんで私のことを?」
やっと、俺を見てくれた大きな瞳からは、ぽろぽろと涙が溢れていた。母さんに叩かれた頬は、赤く腫れている。
胸が、ぎゅっと、痛い。
「分からない。けど、何か理由があるはずだよ。」
「理由なんてないのよっ、みんな私が邪魔なんだわ。おばさんもっ、ノアもっ。お父さんも、お母さんだってっ、みんなみんな、私の事なんてどうだっていいんだわ。」
「違うっ、違うよクレア。俺はクレアが大事だ。・・・っ、誰よりも、大事だ。」
肩を抱き寄せると、クレアは嗚咽をもらした。
傷付いて悲しむクレアを、どうにかしてあげたい。全身に、ぐっと力が入った。
「俺、俺がっ、味方だから。」
守るのは、俺だ。
しゃくりあげる声と、鼻をすする音がしばらくの間続き、次第に落ち着き始めた頃に、クレアがぼそりと言った。
「・・・本当に、ジョンは、・・っ・・私の、味方なの?」
「っ勿論だよ。クレアの為なら、なんだって出来るよ。」
当然だ。本当に、心からそう思った。
「・・・じゃぁ、ジョンが、アリーさんを、追い出してよ。」
・・・・・・・
「え?」
今、何と言った?
クレアの言った言葉が、上手く処理出来ない。
「アリーさんを、早く私の前から、消してよ。」
「え?ど、どうして急に?さっきまで、クレアはアリーさんを手伝いたいって」
「ええ、そうよ。アリーさんが早く、元の場所に戻ってくれたらって、思ってる。だってそうしたら、ノアは解放されるでしょう?」
「兄さん?解放って?ど、どうして兄さんの話になるんだよ?」
胸がドクドクと音を鳴らしている。
最近、よく俺に話し掛けてくれてたよな?よく、笑いかけてもくれたよな?
「ジョンは知ってるでしょ、私がノアを好きなこと。本当に味方なら、どうにかしてよ、ね、お願い。」
高まっていた想いが、泥水の中に沈んでいく・・・。
「・・・兄さんは、ここに帰って来た訳じゃないよ。」
地面に向かって、話し掛けた。クレアに聞かせたいのに、言葉は地面に跳ね返って、俺の胸を抉る。
「ええ、そうね。私も、ずっとこんなところに居たい訳じゃないわ。」
予想外のはっきりとした言い方に、ハッと顔を上げるとクレアは、どこか吹っ切れたような目をしている。
「そうじゃない。そういう意味じゃない。俺、聞いたんだ。兄さんはもうじき出て行く。」
「じゃあ、その前にどうにかしてよ。」
「違うっ、兄さんは、アリーさんを連れて出ていくんだ。」
「・・アリーさんさえいなければ。」
「・・っ、クレア、アリーさんは関係ない。兄さんはっ、クレアを見ていないっ。今までだって、ずっと1度だって見たことがないよ!」
**クレア
ジョンは嘘つきだ。味方になってくれるどころか、私を否定しようとした。
言われなくったって、知っている。どうせノアは私を見ていない。だけどもう今さら、ノアのことを諦めるなんて、出来ないのだ。
ノアが悪い。こんな風に私の前に現れるから。逃げ場がなくて苦しくて苦しくて堪らない私の目の前に、希望を見せたんだもの。
「・・・・もういいわ。やっぱりジョンも、味方じゃなかったのね。」
「味方だよっっ!味方だから言ってるんだ。クレアがこれ以上傷付くのを、見たくない。」
ふっ、笑ってしまった。だって、ジョンは勘違いしている。傷付くのは、私じゃない。
―ねぇジョン、傷付くのは、アリーさんよ―
「ジョン、私、少し1人になりたい。」
「え、じゃ、じゃあ、送るよ。ええと、その、ごめんよ。言い方が悪かった、ただ俺は、本当にクレアが心配で。」
「ええ。」
もういいの。ジョンには頼まないから。
ノアとアリーさんが一緒に出て行くなんて許さない。私を置いて行こうだなんて、許せない。
ジョンに送ってもらった後、一旦部屋に戻り、時間をおいてから再び外へ出た。
どうしてもアリーさんと会って話さないと。どれだけ周りに迷惑を掛けているのか、ノアを困らせているのか。だけど、どうやったら分かってもらえるかなんて、考えもまとまっていない。
あ・・、もうここに、着いてしまった。家畜小屋の階段の前だ。
無意識に噛んでいた親指から、血の味がした。
そのまま吸い寄せられる様に階段を上り、ついにドアの前まで来た。
ドアをノックしようか、どうしようか。訪ねるには、時間が遅すぎたもしれない。
その時、急にドアが開いた。
心臓が飛び出そうになって、息を飲み込んだ。
中からは、俯いたアリーさんが出て来て、私に気付かないままドアを閉め、階段を下りていこうとする。
呼び止めようと延ばした腕が、後ろ姿見た途端、躊躇し、空を切った。
あ・・・
次の瞬間、悪い事だとかどうとか考えるよりも先に、足が一歩前に出て、延びたままの腕が、アリーさんの背中を思い切り突き飛ばした。
ありがとうございます。