12 後ろにちょっぴりルーナです
「どうした? どうしてそんなに驚く。」
ご主人様は、私のすぐ後ろでしゃがみ、私の左側にぴたりと顔を寄せてきた。私は咄嗟に胸元を押さえた。今着ている服の様な物は首周りが緩くて、上から覗かれると丸見えになるのだ。下着を付けていても恥ずかしい。ところが私の動作が気に触ったらしい。
「俺に見られて困るのか?」
背後から伸びてきた手が、私の手を掴んでどけた。後ろから抱き付かれる格好になった。
「い、いえ、、」
「ふん、鎖を取って何がしたいのだ。」
「怪我を、、治したくて、、」
「それだけか?」
ゆっくり上がって来た冷たい指に頬をなぞられ ぞくり、とした。
「、、それだけです。」
「ここから逃げたいか?」
「え? い、いえ、、そんな事は。」
「隣国の、話を聞いたのか?」
「隣国、、、?」
何のことか分からなくて首を傾げると、触れていた手はぱっと離された。
「いや、いい。それよりもジェミューは魔力を使って、自害すると聞いた。まさか死にたいのではあるまいな?」
思いがけない事を言われて思わず目を丸くした。
「っっ私は、まだ死ねません。死ぬつもりはありません。」
「死ねない? おかしな言い方だな。」
「あっ、いえ、、死にたくないです、、」
「ふん、」
不意にしゃらり、と音がして腕の鎖が外された。
「え?」
「怪我を治すんだろう? 今 治せ。」
「あ、ありがとうございます。」
あまりにあっさりと外してくれたので何かの罠ではないのかと疑いつつ、おずおずと手の平を頬と足首に当て怪我を癒した。最後に内腿も癒したいところだけれどさすがに足をさらけ出すのは気が引ける。ちらりとご主人様を振り返ると息が当たるくらい近い位置に顔があった。
「いつ、そんなに怪我をした?」
「え、ええと、昨日、、落ちた時に、です。」
「あの時か?」
こくりと頷いた。意外なことに、驚いて目を見開いている。
「他には?」
「ええと、足の上の方にもう1箇所。」
「見せろ。」
「あ、、いえ、これはちょっと、、すぐ治しますので、後ろを向いて頂けますか?」
「駄目だ。」
「え? そんな、、。 ええと、では、これだけで大丈夫です。」
きゅっ、とスカートを握り締めると、直後に両横から手が伸びてきた。
「早く見せなさい。」
「っきゃあっっ!」
抵抗虚しく スカートが引き上げられ腿が露になり、両手はしっかり押さえ込まれた。
「これか、痛そうだ。」
「は、は、離してくださいっっ。」
酷すぎる。身体中が赤く染まり汗が吹き出ているのにご主人様は気にも止めずに私の両方の手を片手で掴み直した。さらに身を乗り出してまじまじと見ては空いた手でそっとなぞっていく。傷を見つめるご主人様の口の端が少し上がっているように見えて恐怖を感じた。
「俺が付けた傷か、、、消してしまうのは、少し惜しいな、、、」
「ええ?」
「いや、何でもない。もういいぞ。」
ぱっと解放されたので急いで癒してスカートを元に戻した。
「ところで、今日マイク、という男と話をした。」
「マイクと!?」
不意に耳に飛び込んで来た名前が嬉しくて顔が綻んだのだけど、ご主人様は私の反応を見て目を見開いて信じられない、という顔をした。
「? 、、、ご主人様?」
「、、、」
何がいけなかったのか分からず冷や汗が出る。
「ご主人様?」
「、、、不味いな、それは、止めよう。、、ウィレムだ。」
「え?」
「言ってみなさい。ウィレム、だ。」
「な、名前でしょうか?」
「他に何だと思う?」
「あ、、ええと、、、名前です。」
「言え。」
「ウィ、、ウィレム、、、陛下?」
「ふーむ、、、もう一度。」
「ウィレム陛下?」
「んーむ、、、まぁ、いいだろう。レイラ。」
「へっ?」
「それで、レイラはマイクに、何を話したんだ?」
「私がですか?」
「レイラしかいないだろう。奴に何を教えた?親しくなったのか?」
突然、名前を呼ばれる回数が多くなった気がする。というか、何を話したとか、教えたとか、私の事を間者か何かだと疑っているみたいだ。
変に勘繰られないように慎重に言葉を選んだ。
「マイクとは、場所で移動している時に、少し会話をしました。けれど彼は捕まえる側で、私は捕まった側なので、それ以上の関係ではありません。」
ウィレム陛下は私の答えを聞いて満足げにしている。
「では俺との関係は何だ?」
「所有者と、所有物? でしょうか?」
「それだけか?答えによっては、その足枷を外してやらんでもない。」
ごくり、と唾を飲み込んだ。この男が満足する答えを、言わなければ。
私は、、、従僕、、?召し使い、、玩具、、、そういえば何処かで献上品とか聞いたような、、、贈り物、、?
「わわ私は、ウィレム陛下への贈り物です。」
「ほぅ、贈り物か。贈り物、、贈り物、、、レイラ、贈り物とは、嬉しい物か?」
「もちろんですっ、贈り物は相手に喜んでもらう為にするのです!」
そこまで言い切って、少し焦った。だって、贈り物が私で、私が嬉しい物って、なんだか図に乗り過ぎたかもしれない。
ところが私のそんな心配は考えすぎで、ウィレム陛下はすっかりご機嫌になっていた。
この人は想像と違って、そんなに恐くはないのかもしれない、と密かに思った。
そうして私の足枷は無事に外されたのだった。
***ルーナ視点***
狭い檻に閉じ込められた私の前に、薄ら笑いを浮かべた男が立っていた。
「お前は幸運だったな」
**
シンが行ってしまった後、私は自暴自棄になって村を飛び出した。シンを探す当てがあるわけでもない。レイラが何処にいるのかさえ知らない。それでも私は何処かに走った。
もしも2人のどちらかにでも会っていたなら、殺して、自分も死んでいたかもしれない。
でも会ったのは知らない男達で、呆気なく捕まった私は男達の玩具となり、代わる代わるに弄ばれた。
捕まってから、もう何日経ったんだろう。魔力を封じられた私は毎回なす術もなく、ただただ涙を流した。
もしかしたらレイラも私と同じ思いをしているのかもしれないと、あの時シンに投げ付けた心無い言葉を後悔した。
男はそんな私に向かって幸運だと言ったのだった。
読んで下さってありがとうございます。