クレアの思いつき
***クレア
朝、おばさんに会いに行こうと歩いて向かっていたら、バスケットを持ったミラとばったり出会った。
「どうしたの?そんなものを持って。」
私の顔を見るなり気まずそうにするから、アリーさんに関係しているのだとは分かるけど。
「あ、ええと、ちょっと・・ええと、朝食を・・」
「どうして?」
「いえ、ええと、分からなくて、だから、」
「まさか寝坊?」
寝坊して朝食をミラに運ばせるだなんて、なんて図々しいのかしら。
「いえ、だからその、分からなくて・・も、もしかして、体調がわるいのかもしれなから」
おばさんもミラもどこまでお人好しなのかしら。
「呆れた、そんなことっ、・・・・」
・・・と思ったけど、体調が・・?
「・・・ねぇミラ、早く行って確かめてきてね。私、おばさんと待ってるから。」
もしも本当に体調が悪いのなら。いいことを思い付いて、うきうきとノアの家に入った。
「おばさん、おはようございます。」
「ああ、おはようクレア。毎日悪いねぇ。」
「ふふ、全然。あ、おばさんは休んでいてください。後は私がしますから。」
ロパの世話で疲れているおばさんの代わりに私が家事を手伝ってあげる、そういう事が、最近は普通になってきて、私はすごく嬉しい
と思っていた。ここが私の居場所だから。
「あ、そういえば、さっきミラに会いました。」
洗い物をしながら、後ろのおばさんに話し掛けた。
「ミラに? ああ、アリーさんが朝、顔を見せなくってね。体調でも悪いのかと思って行かせたんだよ。」
「おばさん、アリーさん、最近無理し過ぎているのではないですか?」
「無理・・?そんなにたいした事はやらせてないつもりだけどねぇ。早朝の仕事なんかも、うちの人ががやってるし。」
「でも、アリーさんは記憶もないじゃないですか。元気そうに見えてもかなり無理してるんだと思います。」
「そうかねぇ。」
「絶対そうです。だから、ゆっくり休ませてあげないと。」
「ゆっくりかい?でもこれ以上ゆっくりって言ってもねぇ。」
困ったような声を出すおばさんに、私はさっき思い付いたことを告げた。
「おばさん、あの人、療養施設に、入れるのはどうですか?」
「ええ?」
療養施設は、色々な病気の人が治療の為に入る施設だ。入るための条件はあるけど、記憶がない上に体調も悪いアリーさんなら、きっと入れてもらえる。
「療養施設です。あそこなら安心じゃないですか?」
おばさんがどんな顔をしているのか気になって、振り返ってみた。
「ね、どうです・・・・」
あれ。
おばさんならきっと話にのってくれると思ってたのに、顔が強張っていた。
「クレア、あそこは頭のおかしくなった人が入るところじゃないのかね、アリーさんを入れるのはちょっと・・・」
まずい。
「あっ、いえ、違いますよっ。そういうつもりじゃなくって、私はただ、アリーさんの記憶のことも気になって。ああいう大きな施設には詳しい先生だっていらっしゃるし。それにっ、大きな怪我とか、病気の人もいますよ。」
「・・・そうなのかい?でも・・」
おばさんが何か言いかけた途端、ロパが大きな声で泣き始めて、おばさんは部屋に行ってしまった。・・・失敗したかしら?
その時、おばさんと入れ替わりになるように、ミラが戻ってきた。
「アリーさん、どうだった?」
「ええと、ただの、寝坊だったみたいです。」
「え、そうだったの?」
体調でも崩してくれたら丁度よかったのに。期待が外れてがっかりした。
**ミラ
―――療養施設に、入れるのはどうですか?――
家のドアの前で、クレアさんの声が聞こえてきて驚いた。確かにあそこは身寄りのない怪我人や病人でも入ることの出来る施設で、回復後はそのまま施設で働くことも出来ると聞いた事がある。だけど、アリーさんが?ノア兄さんが知ったら、大変な事になるのでは?
ノア兄さんは仕事に行く前に、私に「アリーを頼む」と言った。お小遣いを握らせてくれたからじゃないけど、いや、お小遣いをもらってしまったからには、それに見合うだけの働きはしておかないと後で恐い。
クレアさんがお母さんを説得してしまう前に、どうにかしなければと思った。
**アルロ
情報収集を進めていくうちに、姫様に関する2つの異なる噂を手に入れた。
1つ目は、俺が最も恐れていること、つまり姫様が既に殺されているという噂で、返り血を浴びたウィレム陛下が姫様の部屋から出てきた、とか、運悪く目撃した女中も全て殺された、とか、叫び声を聞いた翌日から姿を見なくなったとかだった。だが実際にご遺体を見た者がいないのは、何よりの救いだ。
2つ目は、ごく1部の人間から聞き出した噂で、夜中に城を抜け出していた、というものだった。実際に目撃した者の話を直接聞きたかったのだが、皆が揃って「誰かからは覚えていないが、人に聞いた」と言うから、信憑性には欠ける。が、俺はそれを信じてしまいたい。
それから、姫様の侍女についても分かってきた。3人のうち1人は、陛下の怒りを買って処刑され、残り2人は行方知れずなのだとか。
一番最後までいたのはミアという侍女で、姫様の姿を見なくなって数日後にいなくなったという。いなくなる前日に話した、という者に聞いた話、その時は特に取り乱した様子もなかったらしい。
となると引っ掛かるのはサーヤだ。あの時、俺が侍女をさがしていると言った時、何故目をそらしたのか。行方知れずならそうと言えばいいのに、言わなかったのはなぜか。この際、駆け落ちがどうとかはどうでもよかった。とにかく自分の目で姫様をもう一度見たい。俺は、サーヤにもう一度聞いてみることにした。今度はお願いじゃなく、強制的にでも。
ありがとうございます。