掃除
**アリー
変な娘ね。髪で遊ばれたから、いたずらが過ぎる無礼な娘かと思っていたけれど、お掃除においては完璧だった。細かいところまで行き届いていて、注意するところがないわ。
指で窓枠の隅を撫でながら、私は心底感心していた。
「アリーさん、分かりましたか?こういう風に拭くんです。ちょっとやってみますか?」
本当にお掃除が好きなのね、目がキラキラしている。ミラはあまり好きじゃないけど、お掃除をしているミラは、見ていてなんだかほっとした。
「お掃除の仕方はだいたい分かったけど、まだ結構よ。ミラのお掃除は素晴らしいから、もう少し見ていたいわ。」
「そ、そうですか?では、もう少し・・」
「あ、そうだ。ねぇ、そっちのドア、中におトイレがあったのだけど、まだお掃除していないわよね?」
忘れていた。大事なことだわ。
ところがミラは、気まずい顔をした。
「あっ、ええと、それは、使わない方がいいので、そのままでいいですか?」
「使わない?なぜかしら?せっかくそこにあるのに。」
不思議に思って聞くと、今度は苦笑いを浮かべた。
「あ・・、ええと、そのトイレはなんと言うか、アリーさんは驚くと思いますけど、下の豚のところに繋がっているんです。」
「どうして?」
「つまり、そのまま、豚が・・」
「・・・いいわ。分かったから、それ以上は言わないで。」
想像しそうになって、慌てて頭を振った。聞かなかった事にしよう、そっと胸の奥にしまいこんだ。
ああでも・・、昨日の呻き声はそういう事だったのね。
**
「はぁっ、綺麗になりましたね。」
ミラが、やりきった顔で床に座り込んだ。
「ええ、本当に素晴らしかったわ。侍女として雇いたいくらいよ。」
「え?じ、侍女ですか?」
最高の褒め言葉なのに、ミラは狼狽えた。本当に変な娘ね。
「ええ。素質があるわよ。あ、そうだ、最後に雑巾の絞り方を教えて頂ける?雑巾を絞れなくちゃお掃除が出来るとは言えないものね。」
綺麗な部屋を見たら、ノアはきっと驚くと思う。その上、私が雑巾の絞り方まで知っていたら・・、ふふ。私だってお掃除くらい出来るのだから。
「は、はい、分かりました。」
「ふふ。」
お掃除する姿を眺めていたせいで、ミラがほんの少し可愛く見えてきた。
「あ、そうだミラ、今度、ここの仕事も教えてもらえないかしら?」
忙しいと言っていたから人手は多い方がいいと思うし、私も仕事を教わっていれば今後の役に立つかもしれない。ノアはゆっくりなんて言っていたけど、それではいつまでも変わらないもの。
私はお掃除を体験したことで、気分が高揚していたのだ。
「ええっ!?アリーさん、もうそんな話まで進んでいるんですか?」
ミラが飛び上がって驚き、私は首を傾げた。
**ノア
荷物が多くなりそうだから、馬は置いて行くことにした。それに、しばらくは休ませてやりたい。
村の入り口まで歩くと、馬車が通る道に出た。定期馬車が来るのが早いか、顔見知りの馬車が来るのが早いか。タリェンは何もない村だが、近くの町同士を繋ぐ道が、ちょうど村の前を通っているのだ。
しばらく待っていると、村の方から呼ぶ声が聞こえてきた。誰だ?振り返ってぎょっとした。クレアだ。息を切らせながら、走っている。
「何か、あった?」
置いてきたアリーのことが脳裏に浮かぶ。
「はぁっ、はぁっ、な、何も、ない、わっ。はぁっ、はぁっ、」
「アリーは?無事?」
「はぁっ、だ、だからっ、何もないって、はぁっ、」
・・・じゃあ、何で来た?
その時、定期馬車がやってきて、俺達の前で止まった。
「乗りますか?」
「っ、乗りますっ!」
「え?」
「ほらっ、早くっ、乗りましょ、はぁっ、はぁっ。」
何なんだ?急に。
とりあえず乗った馬車の中で、クレアが落ち着くのを待った。
「で、何か用事?」
「えっと、ええ。そうなの。実は買わないといけない物があって、ずっと行きたいと思ってたのだけど、行ってなくて・・、今日行こうと思って家を出たら、ノアが見えて。その、ずっと向こうの方に、少しだけ。」
「・・・そっか。」
「一緒に、行ってもいい?」
「まぁ、構わないけど。」
クレアに話もあったしな、と思った。ただ、どういう風に言うべきか。保守的な人間を、こじらせない方がいい。
**
「ふふ、ノアと町に来るなんて、初めてだわ。」
町に着いて、目的の店を探していたらクレアが嬉しそうに言った。
「そうかな?村に来てたアン先生が連れて来てくれたことがあったよね?」
町のことも知っておいた方がいいと言って、皆を引き連れて町中を見学させてくれた。俺が騎士に強く憧れを抱いたのも、その時だったのだ。
「嫌だ、そんな昔のこと。それに、2人で、って意味よ。」
言いながら、腕に絡み付いてきた。
「なんだよ。」
「いいでしょ、久しぶりに会えて嬉しいんだから。」
「お前、そんなに懐いてた?」
どちらかというと、ジョンとよく一緒にいたような。
「前は、恥ずかしくて近寄れなかっただけよ。今は平気になったの。」
「はぁ・・・、まぁいいけどさ、村では止めてよね。」
「え・・?どうして?ア、アリーさんが、何か言ったの?」
「どうしてそうなる・・・なぁ、クレアはアリーが気に入らない?」
「ノアは、気に入っているの?」
「聞いているのは俺なんだけど。俺はさ、クレアが保守的だって事は、なんとなく知ってる。でも、アリーは悪い人間じゃないからさ、そっとしておいてくれないかな?」
「わ、私、何もしてないわよ?ノアが思っているような事、何もないわ。昨日だって、あれは本当にただ、部屋がないっていうから、ちょっと思っただけで。私、そんなっ、アリーさんがよそ者だ、なんて、考えもしていないわ。」
「本当に?」
「本当の本当よ。とても素敵な人だと思ったもの。お、お友達になりたいって、思ったわ。」
「ははっ、そっか、ありがとう。俺の考え過ぎだったな。悪かった。」
友達か・・、アリーに友達は必要かもしれないな。
「・・お。なぁクレア、帰りにあれを買って帰ろう。」
ちょうど真正面に、甘味の屋台が出ていた。アリーが大好きな揚げ菓子だ。
「わぁ、美味しそう。帰りじゃなくて、今じゃ駄目なの?」
クレアが俺を見上げた。
「アリーのさ、好物なんだ。」
1袋・・じゃ足りないか?2袋・・か、3袋・・か・・?
アリーの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
ありがとうございます。