その数日前のこと
***クレア
ノアが帰ってくる。おばさんにそう教えてもらって、嬉しくて嬉しくて涙が溢れた。信じて待っていて良かった。
「そんなにあの子がいいのかねぇ。」
おばさんは困った風に笑い、背中をさすってくれた。
「ごめんなさい、私どうしても・・」
「うんうん、こればっかりはねぇ、仕方のないことだから。」
ノアがある日突然出て行った後、私はおばさんに、次男のジョンとの結婚を薦められていた。ジョンは私の1つ上で少しどんくさいところもあるけれど、結婚相手としては悪くない。何より家を継ぐのだから生活の心配はないし、見知った私なら、おばさんも安心なのだと思う。私の家は妹が継ぐことになっているから、私の家族にとっても都合がいい話だった。だけど・・・。私は素直に頷くことが出来なかった。ノアのことが忘れられなかったから。
「帰ったら、会いに行っても・・、いいですか?」
「当然じゃないか。はぁ・・、正直私はねぇ、クレアはいつかはジョンと一緒になってくれるって思ってたんだよ、それもついさっきまでもだよ。だってねぇ、こんな風に言ったら気を悪くするだろうけどさ、あの時クレアは12歳だったろ。まだまだ子供だと思ってたからさ。それが未だに忘れられないなんて。しかも間が悪い子だねぇ、クレアが適齢期になった途端帰って来るのだから。」
「おばさんは、私がノアの相手じゃ嫌ですか?」
おばさんはきっと、本心では会わせたくないのだと思った。だから、私は敢えてそう聞いた。おばさんは優しいから、私を傷付けない。
「嫌な訳ないじゃないか、ありがたいくらいだよ。ただ、ねぇ・・・」
何が言いたいのかは、分かっていた。
「やっぱり、私なんかじゃ・・」
「いやいや、大丈夫だよ。私はクレアの味方だからね。」
そう言ってもらえて、ほっとした。おばさんが味方になってくれるならきっと大丈夫。
私はもう、以前みたいに「お兄ちゃん」とは呼ばないと決めていた。
**ノアの母
さて、どうしたものかねぇ・・
少し静かになった赤ん坊のロパを抱いたまま椅子にどっしりと座り、天井を仰ぎ見た。
狭い村っていうのは本当にやっかいだ。なんせ若いもんが少ないんだもの、選びたい放題とはいかないもんねぇ。くっついたり離れたり、取ったり取られたり、いざこざが必ず起こる。
だから跡継ぎには早いとこ相手を決めておこうと気を回したのに、ノアがいけなかった。後を継ぐ気が全くなかったのだ。途中でそれに気付いてどうにかしようとしたけれど、本気で騎士になりたいと頑張っているノアには何も言えなかったし、その矢先、次男のジョンがクレアのことを想っていることを知ってしまった。
それにその時クレアが既にノアに憧れの気持ちを持っていたからややこしい。
結局、私は誰を応援するわけにもいかずで、黙って村を出る準備を進めるノアのことは見て見ぬふりをして、ジョンのこともクレアのことも触れずに過ごしていた。
でも、本当にどうしようもなかったものねぇ。
その後、ノアが出ていった後に、1度だけクレアにジョンを薦めたことがあったけど、返事はもらえなかった。無理強いはしない。だけど、いつかは誰かとくっつくんだから、と期待していたのも本心で。
・・・はぁぁ、全くやんなっちゃうね。
さっきまでぐずっていたロパは、腕の中で気持ち良さそうにプクプクと寝息を立てて眠っていた。
「あんたはいいねぇ、飲んで寝るだけだもの。」
ゆっくり立ち上がって、寝室のドアを開けた。
皆にも伝えないとだ。ノアが戻って来ることで、ジョンはがっかりするだろう。だけどそれはクレアも同じかもしれない。出来ることなら力になってやりたいけど、ノアが手紙のやり取りで1度もクレアのことを聞いてこなかったのは、たぶんそういうことだろう。
ロパをそっと、そおっとベッドに下ろすと途端にまた、ぐずぐずと泣き始めた。
「いやだ、あんたまで母ちゃんを困らせて。背中にボタンでも付いてるのかねぇ、まったく。」
また最初からやり直しだね。抱き上げて腕の中で揺らしながら、部屋の中をゆっくり歩く。
いろいろと思うところはあるけれど、ノアにはご馳走を作って出迎えてあげよう。急に帰って来るなんて何かあったに違いないのだし。
事情を知らず根掘り葉掘りは聞けない私がしてやれるのは、それくらいだろうね。
今度こそ深く眠りについたロパを、優しくベッドに寝かせた。やれやれだね。さて、肉は白黒アヒルと、子豚も産まれたばかりの柔らかいのがいるね、それから・・。
ノアが帰って来るまでの数日間、忙しくなりそうだね。
ありがとうございます。