私は無害な猫です
30歳を目前にして、私は猫になった。
猫になっていた。
しかも、雑種でなんの変哲もない、ごく普通の猫だ。
毛色はサバシロと呼ばれるタイプのやつで、血統書なんてついてない。
実家で昔買ってた猫そっくりの猫。
それが、今の私だ。
運悪く、馬車の屋根に落ち、そこで捕まった相手が、ゲームのキャラクターだった。
嘘みたいなホントの話。
夢って、何でもありだな。
私を鳥かごの中に入れ、興味深々と言ったように眺めているのが、王様のお抱え腹黒魔導士。
先々代の時代からこの国に遣えている、この世で唯一の魔法使い。
不老不死の魔法で、死ぬことはないが、今更ながらにそれを悔いているらしい。
他にも色々設定はあるけど割愛。
その隣にちょこんと座って、こっちをじーっと見ている子供が一人。
誰だろう?
どっかで見たような気はするんだけど。
ふんわりした金髪に、宝石のような緑色の瞳。
整った顔立ちで、見るからに将来有望なこの子は一体?
「魔導士様、危険はないのですか?」
「問題ないと思いますよ」
「しかし、魔獣は危険だと教えられました」
「従属させてしまえば危険はありません。さっさと手続きをしてしまいましょう」
子どもは、不安そうな顔でこちらを見てくるが、その何倍も、私は不安だった。
この腹黒魔導士は、自分の利益にならないことは絶対にしない。
絶対にだ。
しかも、従属だと?
そんな魔法が使えるなんて話は聞いたことがない。
しかし、世界でたった一人の、何でもできる魔法使いだ。
空だって飛べるだろう。
猫一匹を従属させることなんて、ものすごく簡単なことなのかもしれない。
「さぁ、王子。指を出してください」
「にゃ?(王子?)」
王子、という言葉が気になって、男の子の顔をじーっと見る。
金髪で緑色の目で、口元にはほくろが一つ。
「にゃーーー(もしかして、アルバート王子?)」
「………」
私のつぶやきに、腹黒魔導士がこちらに振り向いた。
「にゃおぉ(アルバート王子に腹黒魔導士って、どういう組み合わせ?)」
思わず首を傾げると、腹黒魔導士が不思議そうに、ぱちくりと何度か瞬きをした。
「にゃーにゃん、にゃぁ(アルバートの過去話って、あんま覚えてないんだよねぇ。最推しじゃないし)」
「最推し?」
「ふにゃ?(え?なに?腹黒魔導士、最推しって言った?)」
「腹黒……」
「にゃあ!(もしかして、言葉通じてる?)」
次の瞬間、彼はにこりとこちらに笑いかけたきた。
「ふみゃー(まじかー。全部聞かれてたとか、死にたい)」
今まで、鳥かごの中で行儀よく澄まして座っていたのだが、腹黒魔導士の含みのある笑顔を見てしまい、とたんに背中の力が抜けた。
やらかした、信じられない。
動物の言葉までわかるとか、どこまで万能なんだ、こいつ。
「魔導士様?」
王子は不思議そうに魔導士の顔を見ている。
「王子、少しお待ちください」
「はい」
王子は安堵の顔で、出した指を急いでひっこめた。
契約とやらには、きっと血が必要で、指を切らねばならなかったのだろう。
あんな小さい子になにやらそうとしてんだ、この腹黒は。
「さて、あなたに少々お話があります」
ぐでっと寝ころんでいたのだが、魔導士からの呼びかけに、ぴっと寒気が走った。
「にゃおー(にゃおー)」
何も知らない無害な動物を装うために、わざと猫の鳴きまねをしてみた。
まぁ、猫が猫の鳴きまねなんかしても、にゃーとしか鳴けないんだけど。
「ふうん、そう来ましたか」
にやにやと悪い笑顔を向けられて、ものすごく居心地が悪い。
ぐるりと寝返りを打ち、背中を向けてみたら、ぎゅっとしっぽを掴まれた。
「にぎゃー!!(しっぽ!しっぽ!いたいいたいいたい!)」
狭い鳥かごの中で散々騒ぎまくる。
だって、こんなに痛いなんて知らなかったんだもん。
おかげで、檻に頭やら足やら、体中をぶつけることになった。
「あなたに聞きたいことがあります」
「ふみゃぁ(暴力反対。こんな小さくてかわいい生き物をいじめるなんてどうかしてる)」
「こちらは他を手配しても構わないのですから、発言には気を付けてください」
こくこくと頷くと、王子はぱぁっと目を輝かせた。
「魔導士様は、この生き物と会話ができるのですか?」
「少しだけですが」
「にゃああ(嘘つき)」
腹黒魔導士は、こちらに向かって手を伸ばしてくる。
思わず、自分のしっぽを抱きかかえてた。
しっぽだけは死守しないと死ぬ!
「あなたには、これから王子の遊び相手になっていただきます」
「みゃー(なんで?)」
「魔獣の一匹でも連れていれば、箔が付くというもの。それに、あなたを召喚したのは私です。召喚された魔獣は、召喚主には逆らえない縛りがありますからね」
「うみゃ?(どういう意味でしょう?)」
「そのままの意味ですよ。万人に好かれる魔獣を願ったのですが、……まぁ、見た目は合格でしょう」
当たり前だ。
猫は老若男女、生きとし生けるものすべてを魅了して止まない生き物ぞ?
ここで不合格のレッテルをはる奴なんて、気がしれん。
「人に危害は加えぬこと、王子の遊び相手になること。それさえ守っていれば、あなたの身の安全は保障されます」
「にゃーーーーー(よくわからないのですが、王子のお目付け役になれってことですか?)」
「そのようなものです」
「にゃーーー(私のメリットは?)」
「……わかりましたね?」
余計な詮索はするなということだろうか?
有無を言わせない物言いに、恐る恐る頷くしかなかった。
まぁいいか、どうせ夢だし。
その時は、そう思っていた。