怖くて寒い
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「ハート!」
「ハートちゃんだめ!ちょっと翔汰なにしてるの、止めて!」
スマホの画面の中で直哉が叫び、心はそのスマホから手を離し玄関に走る。
ハートに咬まれたであろう左手を痛そうに押さえる男を見たが、急ぎ靴を履き外に出ると家の左側の角を曲がる尻尾を見つけ懸命に追いかけた。
◇◇◇◇◇
心に翔汰と呼ばれた男は落ちているスマホを手に取った。画面に直哉が映っている。
「翔汰、心と一緒に来たのか」
「ああ。悪りぃ…猫外に逃げてった。俺も今捜すから」
「ハートのご飯とかおもちゃとか持ってかないと、だめかも」
「分かった。すぐまた連絡する」
「ハート咬んだんだろ、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
◇◇◇◇◇
「はぁはぁはぁ…ハートちゃん逃げないで」
心が必死で追いかけ庭中を走り回ったが、ハートを捕まえる事ができない。ただでさえ以前から撫でさせてもくれないのだ。嫌がられてもこの手で捕まえるしかないと、腹を括って息を切らしながらジリジリと間合いを詰める。
もう少し…
「心、エサとかオモチャ持ってきたぞ」
ザッザッザッと翔汰が足音を立てて近寄ってきたため、ハートはより警戒し身を低くした。
二人の方を向きながら後ずさりするが、もうこれ以上は下がることができない。
ハートのしっぽが隣家とのブロック壁に当たった。
(もう駄目!)
決死の覚悟をしたハートは、ブロック壁上部のフェンスまでジャンプし、落ちそうになりながら乗り越えて隣家の庭に入りこんだ。
「あっ!」
一瞬二人の方を振り向くが、一目散に逃げていくハート。
それを見て、心は翔汰から猫用ドライフードを奪いガサガサと音を鳴らす。
「ねえ待ってハートちゃん!ご飯だよ!直哉悲しむよ、帰ってきて!直哉ね明後日手術なんだよ、ハートちゃんいなくなったら心配で乗り越えられないよ、ねえ、大変な手術なんだよ…!」
遠くで心が叫んでいるのが聞こえた。
◇◇◇◇◇
「行方不明…なのか。そんなに遠くに行ってないと思うけど」
直哉がため息を漏らす。
(なんで玄関のドア開けっ放しにするかな。なんで勝手に家に入ってくるかな。なんで一緒に…)
不満はたくさんある。しかしハートの世話を長期任せた上に捜すことも頼まなければならず、表立って文句は言えなかった。
「…本当にごめんなさい。今翔汰が近所捜してるから。私も行くね、見つかったら連絡するね」
「頼む。任せきりでごめん」
「直哉は…なにも言わないんだね」
「えっ?」
「ううんなんでもない」
回線は切れた。
◇◇◇◇◇
ハートは自宅の二軒隣のウッドデッキの下に隠れていた。
(あの男の人、本当に怖かった。お家に戻ったらまだいるのかな。)
体が震えていた。怖かったのもあるが、外は雪がちらついていて寒い。
(心さんが言っていた。ご主人様は手術をすると。大変な病気なんだ。ご主人様は病院にいるのよね)
助けたい、と思った。捨てられていた自分を拾ってくれて大事に育ててくれた大切な飼い主様。
猫の自分では何もしてあげることができない。考えても考えても助ける術も浮かばない。
傍にいない事には温めてあげることさえ叶わない。そもそもそれがご主人様の命を救うことにすらならない。そしてそれは傍にご主人様はいないんだと思い知らされる。
さっきスマホの中にいた直哉をもっと近くで見れば良かったと後悔した。
(何もできなくても。それでもご主人様に会いに行こう。病院に行ってみよう)
直哉を助けたい、会いたい一心でとにかく動く事に決めるハート。
でも本当は助けが自分に必要なものだとは気付かなかった。
ハートの知っている病院はひとつだけです。